虹色の花

赤月 朔夜

虹色の花

「……夏、だなぁ……」

「暑いねぇ」


 とある町にある冒険者ギルドに併設された酒場。小さな机を囲み対面に座る2人の男がそんなことをぼやいていた。

 昼をとっくに過ぎてあと数時間もすれば日が沈むという時間帯で彼らの他には冒険者の姿はない。


「やる気、出ねぇなぁ……」

「まぁね。依頼を受けようにもこんなに暑かったら依頼の途中で干上がりそうだよ」


 彼らは日々依頼を受けてそれを達成することで金銭を得ている冒険者だった。

 しかし所持金もそろそろ底を尽きそうである。


 だったら真面目に依頼を受ければいいのだが、暑さで依頼を受ける気にならないためこうして酒場でたむろっているのである。


「何かいい依頼はないのかねぇ。簡単で報酬がたんまり貰えるようなやつ」

「あったらすでに取られてるでしょ。残ってたとしても怪しすぎて受けられないよ」


 自分にとって都合の良いことをぼやいていた男は相棒のもっともな言葉にため息をついた。


「なーにぶつくさ言ってるんですか?」


 そこへギルドの職員である女性が2人の近くへとやってきて声をかけた。


「次に受ける依頼について話してたんだよ」


 男の1人が先ほど話していたことを多少は誤魔化して答えた。

 相手は女性。かっこ悪いことを言っていたとは思われたくない男心だった。


「そういえば変わった依頼が出ていましたよ。北の森で『虹の花』を探して欲しいっていう」


 北の森と言えば多様な野草、果実の成る木が豊富で動物や魔物も生息している。動物と魔物の違いは体内に魔石を持っているかどうかで魔物でも大人しいものはいる。

 2人は何度も北の森へ行き依頼をこなしてきた経験があるため北の森で何かをすること自体は大変ではない。


 しかし彼らは『虹の花』というものを知らなかった。


「『虹の花』って何だ?」

「私も詳しくは知らないんですけど、そういうのがあるらしいですよ。依頼書持ってきますね」


 職員に尋ねても彼女も大したことは知らなかったようで彼らは彼女の持ってきた依頼書を見た。


 依頼人は植物学者で旅をしながら植物について調べているのだという。期限は彼がこの町にいる間で報酬は他の依頼に比べて破格だった。

 上手い話には落とし穴がある。これだけなら警戒して2人も受けようとは思わなかった。だが依頼書には伝聞やおとぎ話のように語られている花で存在しているか不明であること、もし存在していれば自分の夢が叶うことが書かれていた。

 また、もし『虹の花』を見つけたらその場所まで同行するので護衛をして欲しいとのことだった。


 一応は、とこれまでに依頼者が出した依頼の達成率などを確認したが失敗率が異様に高いなどおかしなところはなかった。


 肝心な依頼の品については『虹色に輝く花弁、花弁ごとに色が違うことが考えられる』という花の特徴というよりは考察が書かれていた。そしてその考察の元になったと思われる書かれた伝承も記載されていた。


「……探してみるかい?」


 相棒が依頼書を見ながら目を輝かせていくのを見た男は彼にそう尋ねた。

 答えは聞くまでもなかった。




 翌日の早朝。


 『虹の花』の依頼は探してみて発見できたら報告して改めて受けるということになった。それだけでは見つからなかった時に赤字になるため北の森に関しての依頼を受けてから2人は北の森へと出発した。


「もし本当に虹色の花があったら面白いよな。どうやってそんなものが育つのか謎だ」

「だからこそ依頼人も研究したいんだろうねぇ」


 特にトラブルもなく北の森へと到着して慣れた様子で森を進む。


「あると思うか?」

「あったら面白いとは思うよ」


 何度も来たことのある森。その時には見たことがないので普段はいかない場所を中心に見ていくことになった。

 森に住む生物に時折襲われながらも危なげなく対処して持ち帰れるものは剥ぎ取り不要な部分は処理をする。

 そうして歩いていれば洞窟を発見した。


「こんなところに洞窟なんてあったんだな」

「音だったり足跡、何かを引きずったような跡はないね。でも入るの?」


 周辺を確認して情報を伝えつつも1人は洞窟に入りたくなさそうだった。


「少し見てみるだけだ。ゴブリンや害獣なんかが巣を作ってたら厄介だろ?」


 彼の言葉にもう1人は諦めたように肩を竦めた。


 ランタンを使用して洞窟へと入った2人。洞窟は曲がりくねっていてすぐ先が分からないような構造になっていた。


「あっ」


 先頭の男が角を曲がった時に声を上げる。もう1人も慌てて角を曲がる。


 洞窟の少し先には1つの花を形作る花弁が別の色に光っておる花がいくつも咲いていた。それは虹色の花の小さな花畑と言っても過言ではないかもしれない。


「すげーっ! 虹色の花だ!」


 男は興奮した様子で声を上げると近くの花を覗き込んだ。


「とりあえずこれを1輪持ってってこれが生えた洞窟がありますって報告して連れてくればいいんじゃないか?」


 問われた男は目の前の光景が信じられないという様子で考え込んでいる。

 安全か危険か。

 こんな花は聞いたことがないしそういう魔物の話も聞いたことがない。


「下がって。とりあえず石を投げてみるから」


 だから彼は少し試してみることにした。指示された方は大人しく下がって彼が投げた石を見る。

 放物線を描いて石は花に当たった。

 花は石に潰されてしまった。


 特に何も起こらない。


「……花を抜くのはいいけど、手袋をしてからね」


 もしかすると毒を持っているかもしれないと補足して伝える。

 男は手袋をして手前にある虹色の花の茎を引っ張った。


 その瞬間、地面が盛り上がり花を引いた男に覆いかぶさろうとした。

 様子を窺っていた男がもしものためにと準備していた氷の魔術が封じられた魔石を盛り上がった地面に投げる。魔石が当たった箇所を中心に地面は盛り上がった状態で凍り付いた。


 2人は踵を返して洞窟の出入り口へと走った。


「うわっ、何だ!?」


 驚いたような声が上がる。隣に視線を向けた男は相棒の握った虹色の花がグニャグニャに動いているところを見た。

 彼は気持ち悪がって持っていた花を手放した。


 そう深いところまでは進んでいなかったため2人はすぐに洞窟から出られた。


 洞窟を出て様子を窺っていた2人だが、あの何かが出てくることはなかった。


 2人はさっさと町へと戻りこの出来事を冒険者ギルドへ報告してから宿屋へと戻った。


 翌日になり冒険者ギルドへと顔を出せば詳しく話を聞きたいと支部長からの呼び出しを受けた。

 2人はそれに応じて冒険者ギルドの奥へと進む。


 2人が通された応接室には支部長と見知らぬ若い男性がすでにいてソファーに腰かけていた。

 若い男性は『虹の花』の依頼人だった。




「――ということで逃げ帰ってきました」


 改めて報告すると支部長は唸り声を上げた。


「それの正体について見当はつかないのか?」

「生物だったのかすら分からないです」


 男は苦笑いした。


「専門家的にはどうですか?」


 話を振られた植物学者は考え事をしていたようだが質問を投げかけられると口を開いた。


「そもそも洞窟に植物が生えていること自体がおかしいです。その洞窟には光はありましたか?」

「いえ、持ち込んだランタンが無ければ何も見えない暗闇でした」

「ではやはりおかしいですね」


 植物学者が言うには、一般的な植物は光を浴びることで必要なエネルギーを作り出しているという。

 だから純粋な植物であれば洞窟の中では生きていけないのだと彼は言った。


「ただ、魔物化した植物であればそれに当てはまらないので植物が魔物化したもの、もしくは植物に擬態した魔物であることが考えられます」

「あ、そう言えばスライムの中には疑似餌を使う種類も存在するって聞いたことがあるね」


 男に視線が集まる。


「いやいや、アンタもその話を聞いた時に一緒に居たでしょうよ」


 何それと言う表情で自分を見る相棒に男は苦笑いした。


 スライムといえばどこにでもいる魔物で様々な種類が発見されている。基本的なスライムは縦横奥行きが1mほどの粘液状の魔物でその粘液の中に核である魔石がある。その魔石を取り出す、破壊することで倒すことが出来るためそう驚異的な魔物ではない。

 そして1番の特徴は置かれた環境や摂取したものによって変化しその特性を変えることだ。


「その時に聞いたのは金銭、木の実、肉、蜜に擬態するスライムがいるって話でしたね。肉であれば死にかけの動物とかに体の一部を擬態させ獲物がそれに食らいついた瞬間に地面の中から現れて獲物を飲み込む。って話だったと思います」

「あぁ、あの魔物クイズ対決の時の話か!」

「ワンテンポ遅いって」


 男は相棒を肘で軽く小突いた。


 その後はとんとん拍子に話が進んだ。もちろん推測が外れてスライムではなかった時の対策もいくつか考えられた。少数で行くのは危険だからと複数の冒険者パーティーへと声がかけられ洞窟調査が行われることになった。


 人数もそれなりに居たことで犠牲者などもなくそれは退治できた。


 結果として推測の通り疑似餌を使用するタイプのスライムだった。

 サイズもかなり大きく、最終的には小さな湖ほどの大きさで長く生きていた個体なのだろうと推測された。


 運び出されたスライムの体のあちこちに虹色の花に見える疑似餌が残っていた。

 植物学者は許可を取ってそのスライムに近づいてしゃがみこんだ。


 その背中は何だか悲しそうに見えた。


「……まぁ、あれだ。今回は偽物だったが、きっと世界のどこかに虹色の花もあるって」


 そんな植物学者に近づき肩を軽く叩いて慰める。


「あなたもそう思いますか!?」


 植物学者は目を輝かせて男を見た。

 その反応は男も予想していなかったもので少し引いていた。


「スライムがするのはあくまでも擬態。つまり、疑似餌であるこの虹色の花の元になった何かがあったはずなんですっ!!」


 熱弁する植物学者は溌剌はつらつとしていた。そんな彼に男は笑って先ほどとは別の意味で彼の肩を叩いた。




 その後、危険な魔物の発見、現場までの案内等で2人には報奨金が入った。

 また、植物学者からも依頼の成功とは言えない結果ではあったが偽物とはいえ虹色の花を見ることが出来たお礼として少なくない報酬を受け取ることが出来た。


「「かんぱーい!」」


 彼らは受け取った報酬で祝杯を挙げた。


「これを機に涼しいところにでも移動するか?」

「それもいいね。新しい町へ行くのも面白そう」


 そして彼らは次に訪れた町でも騒動に巻き込まれることになるのだった。

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虹色の花 赤月 朔夜 @tukiyogarasu

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