JC妹とはじめるVtuber生活〜まさかこんなに人気が出るとは思わないじゃん〜

ぴとん

第1話 美少女Vtuberになってみた

 うだるような暑い夏。クーラーが壊れてしまったため、俺は窓を全開放して室内に少しでも風を取り入れようとしていた。


 現在、俺はデスクトップパソコンと睨めっこ中である。パソコンは元気にウォンウォンと稼働しているので、できれば気遣って冷やしてあげたいところだが、エアコン業者は大忙しで来るのは2週間後らしい。


「壊れてくれるなよ〜全部オシャカになったら泣く」


 ぶつぶつ呟きながら、最後の動作確認に入る俺。


 ……よし、不調はなし!きっちりと動く!


「できたぞー!」


「ん、おつかれお兄」


 背後から、ピトっと頬に冷たいグラスが押しつけられる。振り向くとそこには、妹がいた。


 上はキャミソール、下は丈の短いホットパンツと涼しそうな装い。髪は後ろで結んでおり、ポニーテールとなっている。


 仏頂面でグラスを俺の頬に押しつける彼女が、俺の妹、美優である。


「美優、これなに?」


「……んー」


 グラスを受け取って、一気に流し込む。ぐっと気持ちのいい清涼感が喉を通る。


 妹……美優は俺が飲みきったのを確認して、手に持った自分の分のグラスにも口をつけた。


「うん、よかった」


「どういう意味?」


「めんつゆか麦茶か、いちかばちかだった」


「兄で試すな!こっちはお前のためになぁ…」


「ん、見せて?わぁーほんとに動いてる」


 椅子に座った俺をぐいっと押し退けて、美優はモニターを覗き込んだ。


 モニターの中では、猫耳をつけた巫女衣装の女の子が笑っている。


「お前の描いたラフ画を元にモデル作ったんだ。兄が器用なことに感謝しろよー」


「かわいい…!想像してた通り!ありがとお兄!オタクくんでいてくれて!これでVtuberになれるよ〜」


「バカにしてんのか」


 美優はここ2年ほどVtuberにハマっていた。


 ゲームはそれほどしないタイプなのに、どうも詳しいと思い、深く聞いてみたらずっとVtuberにハマっていたことを明かしてくれたのだ。


 そして中学に上がったところで、美優は恥ずかしそうに俺に頼んできたのだ。


『その、私もやってみたいかなって』


 美優が自分からなにかをやりたがることなんて、見たことがなかった。そんな妹が興味を持ったのだ。兄としては応援してあげたかった。


 そこで俺は独学でいろいろと調べて、美優のVtuber活動用のモデルを自主制作してあげたのだった。


 美優はモニターの女の子に夢中で目を離さない。俺は身を乗り出してくるこいつに、仕方なく椅子を明け渡す。


「ほい、じゃあ設定教えるぞ。マイク感度とか画面切り替えくらいは自分でできるようになっとけ」


「うん、うん」


 美優はモニターのカメラに向かって、口角を上げ下げしていろんな表情を試していた。


 それに連動して、女の子は美優と同じ表情をとる。カメラがセンサーで捉えて、顔の筋肉や首の動きに合わせてくれるのだ。


「ふぉー!すっご!」


「おう。でもカメラがバグることは……なくもないからなぁ。とりあえず連動させるより表情オートにしたほうがいいんじゃないか」


「えー」


「もし急にカメラが解除されたら、顔バレしちゃうぞ」


「むむむ……わかったよお兄任せる」


 俺はパソコンを操作して、女の子が数秒ごとにランダムに表情を変える設定に変えた。


「この部屋にクーラーがついて、パソコンが正常に動く確証ができるまではこれでやってくれ」


「むぅ。わかった。できるようになったら首振りまくる」


「傷めないようにな」


「ヘドバンする」


「やめとけやめとけ」


 その後いくつかの設定を教えると、美優はわかったようなわかってないような頷きをした。


「じゃああとは配信するだけだ。チャンネル名は何にするんだ?」


「みゅうチャンネルでいく」


「え?名前バレはいいのかよ」


「この女の子の名前は、みゅうちゃんにするの。みゅうちゃんは設定上ミュータントだから、みゅうちゃん」


「ミュータントのみゅう!?ていうか猫耳巫女衣装なのに、神主とかそういう設定じゃねーのかよ」


「お兄頭大丈夫……?ミュータントじゃない限り人間に猫耳は生えないよ。巫女衣装はおしゃれとして着てるの!」


「巫女の方はコスプレなのかよ」


 それなら猫耳もコスプレ設定でいいだろ、とツッコミたくなったが、妹の脳内設定にとやかく言うのも野暮なので、好きにさせることにした。


「じゃあがんばれよ背景画像とかはそこのフォルダに入ってるの使ってくれ」


「うん、今日の19時から配信するからお兄も別室でみててね」


「ここ俺の部屋なんだけど……」


「同じ部屋にいたらお兄の声入っちゃうかもしれないでしょ?配信中は……仕方ない、私の部屋にいていいよ」


 美優は苦渋の決断をした。思春期で自分の部屋に親が入るのも嫌がるのに、俺を入れる許可を出すとは。そんなに配信に俺の気配を感じさせるのがいやなのか。


 理解はできるが、兄としては少し疎外感があった。


「じゃあわかんないことあったらその都度聞けよ」


「うん、配信中わかんなかったら文字で送るからスマホの通知オンしといて」


 


 そうして、その夜、美優は無事初配信を終えた。


 俺の部屋から出てきた美優は、そのまま俺が待機してた美優の部屋に入り、ベッドに飛び込んだ。


「ぷふぅ……」


「おう、うまく喋れてたじゃんよかったぞ。漫画読みながらだったから流し見だったけど」


 俺は美優の持ってる少女漫画をパタンと閉じると、本棚に戻した。


「………お兄見てたんだよね?」


「ん?うん見てたぞ」


「視聴者数2だった」


「……俺ともう1人だけか」


「いや……私別のウィンドウで開いてたから」


「…………。俺とお前で、2ってことか」


「……………」


「……………」


 ライブ配信は、アーカイブとしてチャンネルに動画は残る。


 だが、次の日になっても初配信動画の視聴数は増えることはなかった。


「お兄、Vtuberって難しいね」


「そうだな……」


 しょげる妹に憐れみを覚えたので、俺は出来る限りサポートしてあげようと決めた。




 それでも弱小ながら、毎日決まった時間に配信してると、ちょくちょくと人が集まるようになってきた。


 美優は、同時視聴者数が10を超えた時、歓喜の声をあげて、隣の部屋の俺にも聞こえてきた。


 俺もそのライブ配信を観ていたので、動画内の叫びと、隣からの叫びにタイムラグがあったのには笑ってしまった。


 そうして、クーラーの修理も終わって、真夏にふさわしい配信環境を手に入れた頃。


 美優は壁にぶち当たった。


「お兄、これは深刻だよ」


「どうした妹」


 美優は椅子をくるりと回転して俺の方を向いた。その表情はいつになく真剣だった。


「ひとりで配信するの、寂しい」


「……うおん」


 ずっこけてしまったが、言われてみれば、正論だった。


 いま美優が配信している俺の部屋は、薄暗く、防音ボードも貼っているので、ひどく静かな空間だった。


 配信中ゲームに没頭している時はいいが、ふとあたりを見渡した時に、孤独に襲われるのは無理もない話だった。


 それでも友達と通話しながらゲームをやったりすれば、孤独を感じることはないだろう。


 遠くにいたとしても、気心しれた友達と話しながらするゲームは、寂しさなんて感じる余地がない。


 しかし、美優には一緒にゲームができる友達……Vtuber友達がいなかった。


「うーん、SNSで絡んでるひととかいないの?」


「リアルでコミュ障なひとは別にネットでもコミュ障なのっ」


 ぷんぷんと怒る美優。中学に進学して友達の話を聞かないと思ったら、リアルでも孤独だったらしい。


 リアルの方はまた、どうにか改善していくものとして、とりあえず対策を考えることにした。


「コラボ募集中、とかしてるひと検索したらいるぞ」


「うーん……急に絡んだら変な人って思われないかな」


「いや募集してるんだから大丈夫だろ」


「いや!こわい!理想は向こうから私の方にコラボしてくれませんか?ってしたてになって擦り寄ってくれることなの!」


「無茶言うな」


 そんなスタンスだから友達がいないんだ、と言いかけたが、さすがに辛辣すぎるので、喉元で止めておいた。


 しかしそうなると、兄としてできるアドバイスはもうない。


 お手上げだ、と実際に手を上げようとすると、美優は、ピコーんと閃いたような顔をした。


「お兄お兄お兄!」

 

 後頭部を振り回して、俺にポニーテールをぶつける美優。


 毛先が目に入りそうになり、俺は後ずさる。


「どうした興奮するな妹よ」


「お兄もVtuberになって、私とコラボしなよ!」


 美優は、天才的なアイディアだとばかりに興奮して鼻息を荒くしていた。


「えぇ……俺がぁ?」


 興奮する美優とは対照的に、俺は懐疑的だった。


 実は俺も1週間だけであるが、ゲーム配信をやったことがあるのだ。その時はVtuberではなく、生身の顔出しであったが。


 その時の名残で、俺の部屋には防音ボードが貼られていたりする。


 やめた理由は、飽きたから。美優のように視聴数が増えてくるところまで行く前に、やめてしまったのだ。


 だから俺はあまりやる気が起きなかった。


 しかし美優は目を輝かせていた。


「お兄お願い!お兄はね、うーん私を作ったマッドサイエンティストってキャラでやるのはどうかな?」


「ええっ?白衣着てか?」


「うん、あと女の子モデルでやって!ボイスチェンジャー使って。お兄みたいな男と絡んでるって思われたくないから!」


「乗り気にさせようとしてる時は意欲を削ぐようなこと言うな。……って、女の子ぉ?俺がか?」


「お兄ならいけるって!声か細いし、めめしいし、少女漫画読むし!」


 最後のはあまり当てにならないことだったが、俺は考えさせられた。


 単純に、もう一個Vtuberモデル作るのめんどくさいなぁ、と。


 すると、美優は俺の考えを察したのか、提案してくる。


「もしこのまま人気が出て収益化したら、売上折半してあげる!」


「えっまじで?いや、でもこのペースで収益化なんて……」


「できるって!お兄……いやお姉がいれば!スパチャ投げ銭も折半ね!」


「えー……」


 俺は一瞬揺らいだが、そうそううまくいくもんではないだろうと、現実を見ていた。


 だが、可愛い妹が必死にお願い事をしてくるのを兄としては、断れなかった。


「じゃあ試しにやってみるけど、人気出なかったら俺は降りるからな」


「やった!」


 美優は飛んで喜んだ。俺は妹に甘すぎるのかもしれない。



 そうしてできたのが、白衣とミニスカートを組み合わせたような斬新なデザインの衣装をきた、我ながらかわいい女の子のモデル。


 喋り方は〜のじゃ。


 試しにボイスチェンジャーで声を入れて動かしてみたが、なかなか魅力的なVtuberモデルになった。


「いいじゃん!さっそく配信しようよ!」


 妹は意気揚々と、初コラボのサムネを作って配信準備をはじめた。


 俺は久しぶりにネット越しとはいえ、人前で声を出すことに緊張していた。なんどもうがいをして、なるべく声が通りやすくする。


 そして配信が開始された。


「はいどうもー!ミュターントのみゅうちゃんです!今日は初コラボ相手におに……鬼みたいな鬼畜マッドサイエンティストを連れてきました!」


「いや紹介の仕方なんなの…じゃ」


 俺はマイクに声を吹き込んだ。ボイスチェンジャーを通して、か細い声は内気な可愛い女の子の声に変わった。


「我はこのみゅうちゃんを作ったマッドな科学者、……ティス子じゃ。よろしく頼む」


 

 そして。

 

 初コラボ配信から、さらに1ヶ月。


 俺は今やネット界の中心人物とも言えるVtuberになっていた。


 俺の何がそんなにネット民に刺さったのかは、本人としてはいまいちわからないが、チャンネルの登録者数は一気に30万人を超える勢いだった。


 美優は、不貞腐れてしまったが、たまに視聴者から「俺はみゅうちゃん目当てです」とチャットを送られるとすぐに機嫌を治す。


「いや〜わかってるね!」


「まったくかわいいやつなのじゃ」


 俺の発言の直後には、チャットが大量に書き込まれる。「みゅうちゃん目当てです」の文字は一瞬で流された。


 こんなに人気になると怖くもなるが、もうしばらくの間は、妹といっしょにVtuberをやってみようかと思う。


「そういえばワシこの間実験に失敗したのじゃ〜パソコンがフリーズして、右腕が分離してしまったのじゃ。だから新しい腕を募集したいのじゃ」


「ラクダの腕とかどう?」


「それは馬となにが違うんじゃ?」




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