第48話「外伝 ショートカットの通行料で稼ぎまくる」

 彼女、山田涼子やまだ りょうこはつい先日、伊東屋に入職していた。

 丸メガネに地味な顔というあまり特徴的ではない容姿で、普通の人間だ。

 強いて特徴をあげるなら、どちらかというと、不幸な感じの普通の人間であった。


 金の亡者とモンスターが跋扈するこの亡鋳半島において、山田は特に戦闘力が高い訳でも金稼ぎに燃えているわけでもなく、なんとなく過ごしていたら逃げ遅れ、いつの間にかこの半島から出られなくなっていた。

 それどころか、日中に仕事に行こうとしたらゴブリンに拉致され、あわや美味しく調理されるという所まで死に近づいていた。

 たまたま自衛隊と聖女様が助けに来てくれた為、九死に一生を得たのだが、それだけでなく、幾度となく不幸な目にあっている。

 ついでに仕事は、ゴブリンに拉致されたことにより無断欠勤が続き、クビになっていた。


 そんなこんなで職もなく路頭に迷っていると、シスター姿の女性から伊東屋への入職を勧められ現在に至る。


 妖しさ満点のシスターだったので、普通の職を手にするのはほぼ絶望的と思っていた中、お弁当屋というこの街ではかなりまともな職につけたことは僥倖であった。


 しかし、山田の不幸は留まることを知らず、普通の職だと思っていたら、仕事内容はお弁当屋ではなく――。

 山田の職場はダンジョン10Fへと繋がるショートカットの道の通行料を取ることだった。


「まままま、待ってください。あたしのような普通の人間が、そんな役出来る訳が」


 移動を命じられて、すぐに上司のグレイさんへ直談判するが、


「お役所仕事が得意そうでしたので。今回の仕事は、腕っぷしよりもいかに規則を守るかが重要だと伊東も考えての配置です」


「そ、そんな~」


 それ以上の質問は許さないという圧で、普通の山田は押し黙るしかなかった。


 確かに前職は病院の事務で、かなりキッチリと規則に則って仕事をしていた自負は少なからずあったが、それとこれとは完全に別の話である。


               ※


 そして、通行時の関所としてのプレハブはあっという間に出来上がり、山田の一日はそこに常駐することで始まるようになった。


「うえええ、どうしよう。どうしよう」


 荒くれ者が通るときに金を払わず通ったらどうしようという不安にこの道からもしモンスターが出てきたらどうしようという不安が山田を占める。


 そして、最初の通行者が現れる。

 その者は自衛隊のようで、迷彩服に帽子を被った体躯のよい爽やかな人物であった。


「お疲れ様です。自分は峰岡少尉と言います。伊東エリックさんから、自分一人なら無料で通ってよいと言われているのですが、聞いていますか?」


 山田は急いで、リストを確認すると、確かにそこに峰岡少尉の名前が載っている。


「は、はい。大丈夫です」


 通行証として、スマホにQRコードを読みこんでもらう。


「はははっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。実は伊東エリックさんから言われて貴方の様子を見に来たんですよ。安心してください。何かあれば下にいる自分たち自衛隊がすぐに駆けつけますから」


 それを伝えると、峰岡少尉は来た道を戻っていった。


「今の自衛隊の人って確かわたしを助けてくれた……」


 ドラマチックな再開に今までなんとなく生きてきた山田。だが、もしかしたら、ここで過ごせばドラマのような展開が……。


「そ、それなら、もう少し頑張ってみようかしら」


 身を引き締めたのだが、受難はまだまだ続き。

 吸血鬼王なるものの出現で一気にこの道の需要が上がった。

 各国の軍隊も入って来るし、攻略報酬が上がったことで、腕自慢も来るようになった。

 軍人はまだ国を背負っており、つまらない小競り合いは避ける為、すんなりお金を払ってくれる。


「ありがとうございます! お気をつけていってきてください!」


 普通の感性の持ち主である彼女は、もちろん軍人が帰って来たときには無事なら全力で喜び、犠牲者がいたら目に涙を浮かべ悼んだ。


 そうした国を背負った人物たちなら、大きな問題も無く良かったのだが、腕自慢の荒くれ者は少しでも利益を多く挙げようと、通行料を払おうとせず強硬突破しようとしてくるものが後を絶たなかった。

 山田は自分が舐められる容姿をしているからだと常々思っており、その度に凹んだ。

 それでも自分の職務は真っ当しようと、恐る恐るも決して退かず声をあげる。


「あ、あの~。通行料を払っていただかないと困ります」


「あぁんっ! この道はダンジョンにもともとあったもんだろ。それをなんで俺たちがテメーに金を払わなきゃならねぇんだ!」


 襟を掴まれ脅されるが、山田は譲歩することは一度もなかった。

 その度に怒鳴られ、拳を振り上げられるが、そのくらいのタイミングで自衛隊の誰かが割って入ってくれたり、他国の軍の人が止めてくれたりして、ほとんどの荒くれ者からしぶしぶとではあったが金を払ってもらえた。


「うぅ、やっぱり、この仕事向いてないよなぁ」


 連日の叱責に辞めたいと思いつつも辞める勇気もなく、なぁなぁに続けて行く。


 そんなある日、この日もいつも通りプレハブで通行料を徴収していると、「ぐるるるるっ」という唸り声が聞こえてきた。

 

「えっ? 何、何? 獣の声? モ、モンスターだったらどうしよう……」


 山田はすぐに自衛隊へ連絡を入れる。

 峰岡少尉はすぐに来てくれるというが、それまでどのくらい時間が掛かるだろうか。10分か15分。それくらいは見積もるべきだろう。


 獣のような声は依然無くならず、山田はプレハブの小屋で身を潜めるべきか、外に出て逃げるべきかの選択を迫られる。


「に、逃げれば、自衛隊と合流も早くなるし、映画の主人公なんかは動いていた方が死ににくいのよね。でも、でも……」


 あくまでそれは主人公の話で、リアルであれば動かない方が生存率は高いことが多い。


 本当は恐怖で足が動かないのだが、わずかな自尊心を満たす為、こちらの方が生存率が高いからと言い聞かせる。


 唸り声は次第に大きくなり、プレハブを引っ掻くような音まで聞こえてくる。


「っ!!」


 両手で口を押え、声を、音を出さないように努力する。


(誰か、助けて……)


 バリバリとプレハブが壊され、壊れた壁から、狼の顔が覗く。


「きゃっ!!」


 その狼の顔とバッチリ目が会ってしまった山田は、小さな悲鳴を上げる。


「fhうぇおぱjどrhぽgjrpfじぇおjwww!!!!」


 何やら分からない言語を話すが、ニタリと嗤うその顔、ダラダラと流れ出る涎。

 なんとなくで翻訳するのは簡単だった。


「ぜ、絶対、わたしのこと、旨そうとか、ごちそうとか言ってるよ~」


 俄然やる気を出した獣は壊れた壁に手を差し込む。


「狼なのに手? もしかして、人狼とかってやつ!?」


 バリバリとプレハブは破壊され、人狼がその全身を露わにする。


「や、やっぱり、外に逃げておくべきだったのね」


 二択に失敗した。自分は今から喰われるか、またお持ち帰りされるのだろうと思っていると、


 パァン!!


 銃声が轟く。

 それは一発に留まらず、次々と音を鳴らす。


「があっああ」


 人狼は断末魔の悲鳴をあげる間を少ししか与えられず、そのまま山田に覆いかぶさるように倒れた。


「きゃああああっ! きゃっあ! きゃああっ!!」


 思わぬ事態に、何度も悲鳴をあげる。

 そんな山田にすぐに駆けつけたのは峰岡少尉であった。

 人狼の死体を荒々しくどかすと、怯える山田を抱きしめる。


「無事でしたか? お怪我は?」


 震える山田だったが、「は、はい。大丈夫です」となんとか返事を返す。


「本当に良かったです。もし外に出ていたら、きっと自分たちは間に合わなかったでしょう」


「そ、そなんですか?」


「人狼は以前にも対峙したことがありますが、やつらの動きはすさまじく早く、人間の足ではまず追いつけません。山田さんが隠れていたおかげで時間が稼げ我々が間にあったのです」


 安心して、視野が広がると、助けに来てくれていたのは自衛隊の方だけでなく、各国の軍人さんが揃っていた。

 全員が山田の生存を喜んでいるようで、サムズアップをする人物が多く見られた。


「そ、そうなんだ。よかった~。間違えてなかった~」


 人狼への対処なのか、それとも普段の仕事に対しての間違えていなかったなのかは分からないが、安心しきった山田は峰岡少尉の腕の中で気を失った。

 ただ、その顔は満足そうで、まだまだ、惰性でもこの仕事を続けていけそうであった。


              ※


「エリックさま。どうして彼女をあの場所に派遣したのですか?」


 暗い室内の中、グレイは主である伊東エリックに質問を投げかけた。


「ん? あ~、彼女、自覚がないみたいだけど2つ才能があったんだよね」


「2つの才能? ふむ。確かに、周りの者から好かれる才能はあるようですが、もう一つはなんでございましょうか?」


「それは、単純に運が良い!」


「運ですか? 私が調べた限りでは不幸の連続のようでしたが?」


「まぁ、何を持って不幸とするかだね。俺の見立てでは彼女は命に関わるときに毎回最善の行動を取り、運よく生き残っている。今回もそうだっただろ。たまたま10Fへの需要が増え、自衛隊、及びその他の軍隊の出入りが多くなったから、人狼に襲われるまでに装備を持って辿り着けた訳だし、たまたまプレハブから出なかったのもそうだ。それにたまたま色んな軍人と懇意にしていたこともあって、急造のチームでも人狼を退治できた訳だ」


「なるほど。エリックさまは彼女の運の良さを見込んで、あの場を任せたと。そしてあわよくばその運でもって負債の返済にあたらないかと考えたわけですね」


「その通り! いや、実際、吸血鬼王なんかがあんな宣言だしてくれたおかげでウハウハよ。これも彼女の運だと思うんだよね。下手するとあのタイミングで現れたのも、職場を失くさないようにする彼女の運だったかもね」


「それは、足を向けて寝れないですね」


「ボーナスでも出してあげないとね」

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吸血鬼商人は突然現れた異界のダンジョンを足がかりに稼ぎまくる! ~目指せタワマンオーナー! のはずが、凶悪聖女のモンスター退治に巻き込まれて先に墓標を立てる羽目になりそうです!?~ タカナシ @takanashi30

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