第47話 最終話

 ルークが髪を銀色にした。

 これがルークの本来の髪色なのだという。

 光の加減でやや青みを帯びて見えるその色は、ルークにとてもよく似合っている。

 濁った茶色の髪だった時には、野暮ったい重苦しい印象だったけど、銀色に戻した途端に野暮ったさも重さも吹き飛んだ。

 大空を思わせるような爽やかな輝き。風を孕むような軽やかな色合い。格好好くて、凛々しくて、どこか色気のようなものも感じる。

 かつて『美貌の勇者』と呼ばれていたのも頷ける気がする。



 だけど、初めのうちは、本来の髪色で街へ出ることに、ルーク自身はかなり躊躇いがあったようだ。

 玄関ドアを開ける前に、立ち止まって二度、三度と深呼吸をしていたり、アパートの階段を下りる時に、表情が硬かったりした。

 それで俺も、特に用がなくても、ルークの出勤に途中まで付き合って歩いたり、買い物で出掛ける際には、なるべくルークの傍を離れないようにした。

 だけど、気にするようなことは何もなかった。街の人は髪色を戻したルークを見ても何も言わずに普通にすれ違うし、花屋の店主が「やぁ、いい髪色だね」と言ってくれることはあったけれど、その他の人たちは特に何も言わずに、いつも通りに接してくれる。

 そうしてたまに、「これ、おまけだよ」と、果物を余分に持たせてくれたり、「試作品だけど食べてみて」と、新しいお菓子をもらったりした。「騎士様今日も頑張ってね!」と声を掛けられることもあった。

「ルークって、意外と街の人に愛されてるよね」

 と俺が笑うと、ルークは余分に持たされた果物やお菓子をしんみりと見つめ、それからとても美しい瞳で俺を見て、

「アヤトのおかげだ」

 と言う。

「俺はなんにもしてないよ。ルークのこれまでの頑張りのおかげでしょ」

 と俺が言っても、やっぱりルークは綺麗で真っ直ぐな眼差しをして、

「それでもやはり、アヤトのおかげだ」

 と言う。

 

 それに、美貌の騎士様になってからも、中身は相変わらず優しいルークだ。

 俺が「ドアの角で足の小指をぶつけた」と言うと、洗い物の途中でもお皿を放り出して俺のもとへと駆け寄って、屈み込んで足指の状態を見てくれる。

 「なんだかちょっと寒いね」と言えば、躊躇いなく自分の上着を脱いで着せ掛けてくれるし、「甘い物が食べたいなぁ」と呟けば、すぐにエプロンを着けて台所に立ち美味しいデザートをこしらえてくれる。

 俺が泣いている時には抱きしめて、何も言わずに背中を撫でていてくれる。悩みがある時には黙って話を聞いてくれるし、ちょっとしたことでも褒めてくれて、ちっぽけなことでも一緒に喜んでくれる。

 大きくて硬くて優しい手で俺の手を大事そうに握り、「アヤト」って、いつも宝物みたいに呼んでくれる。


「俺、ルークのおかげですごく幸せかも」

 深夜のベッドの中で、ルークの胸に埋もれながら、はたと気が付いて俺が言うと、

 ルークはとても美しい眼差しで俺をみつめ、

「それは俺のほうだ。アヤトのおかげで俺は世界で一番の幸せ者だ」

 と言う。

「じゃあ俺は、勇者ルーカスを幸せにした男かな」

「そうだ。俺にとってはアヤトこそが最愛だ。この世で一番の宝物だ」

 ルークはそう言って、俺の身体をぎゅうっと大事に抱き締めてくるから、俺も負けずにルークの厚い身体を抱き締め返した。

「俺も、ルークのこと大好きだよ!」




 『勇者ルーカスの冒険譚』

 その後出版された書物には、終わりの文章にこう書き加えられることとなる。


『……その後、勇者ルーカスは、とても大切な人とめぐり逢い、いつまでもいつまでも仲睦まじく、それはもう幸せに暮らしましたとさ。』      

                                  fin.



                                 



                                

 

 


 



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勇者のお部屋に居候 むぎごはん @mu_gi_gohan

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