雪を溶く熱(改稿)
糸花てと
第1話
やわらかな陽の光。空を優雅に舞う鳥の群れ。餌を取りに地へ降りた鳥を狙うも、すぐに気づかれて飛び立ってしまった。ギュ、ググッと雪を踏む音。移動速度が落ちる。武器を変えて来るんだったな、面倒な事をしてしまった。
アイテムポーチから閃光玉を取り出し、
ふわふわと柔らかな雪が降ってきた。視界に入れた風景に、少しの違和感……崖のほうに人影? 弾か矢が通る赤い予測線が、俺の額を捉えている。訳もわからず盾を構えた。数秒後、盾から腕に攻撃の振動が広がっていた。
崖に積もっていた雪がドサドサッと落ち、画面に吹き出しが表示された。「お見事だね~。久しぶり」
「ミフユ!? 全然連絡無しじゃん、つーかその装備……見ない間にどれだけやり込んでんだよ」
「アッキーとのゲームを華麗にプレイするべく、頑張ったわけよ」
腕を上げ、斜めに、シャキーンという効果音が合うポーズをした。厳つい鎧でそういうお茶目な事をされると、笑えてくる。
「そこまで行かれると俺、逆に居てる意味ないからね?」
「あ、ほんとだね」
「おい~、肯定すんの~?」
キャラクターの頭上に、吹き出し。パソコン画面の左下には、上から下へ流れていくチャット。会話の流れが把握できる仕様になっている。
一定時間動かさないでいると、キャラクターはそれなりに動きを取る。退屈そうだったり、身なりを整えていたり。操作からリアクションを取る事も可能だ。
俺は、自分のキャラクターに落ち込む動きを与えた。頭から肩が項垂れた。
「ちょ、ごめんって!」
そうチャットが慌てて流れ、ミフユは土下座のポーズをする。大袈裟だけど、謝る動きはそれしかないからな。
ネットで出会った関係、名前も、どこに住んでいるのかも分からない俺たち。言わない事が多いからか、踏み込んだ話題も当然避けている。ちょっと寂しい気がするけど、日々の嫌な事を忘れられて心地良い時間だ。
「アッキーに言っとかないとーって思ってね」
「ん? 何を?」
「近々、引っ越すんだよ。ネットの環境が整えば、すぐにでもゲームを再開するけど。お互いの予定もあるだろうしさ、一応、近況報告な」
「んー、了解」
一緒に狩りをしないか、ネットの掲示板に募集をかけた。毒を持つ厄介なモンスターだからか人は集まらず、やっと来たのはミフユだった。初対面とは思えないほどに心地よく、SNSで互いの近況を把握し、時間が合えば狩猟に出た。
遠く離れていても、繋がっていられる。だから、無理に聞く必要はない。
ミフユは俺との関係を、幼馴染みと言い出した。初対面でも息の合う自分たちをそう称したんだろう。電源を切って椅子の背凭れに体重を預けた。ヘッドホンを耳から外す。窓を越えて耕運機の音、田舎の音。一気に押し寄せる現実の音は、時々、あのときを思い出させる──
携帯電話を持たせてくれる、その条件として、しっかり勉強することだった。叶った事に美冬は喜んで、「一番始めは、秋人のアドレス入れるの!」俺の携帯を貸してくれと、飼い主を待っていた犬みたいにはしゃぐ。
気づいたら一緒に居て、小さい頃の限定になるけど、互いの家に泊まったりして。それでも良かったはずなのに、「なぁ、美冬。好きなんだけど」
本気。冗談。無理だったときを考えて、ふざけ気味に。
寒さで赤く色づいた頬に、涙が伝っていった。中二の冬、その出来事をきっかけに、本当の幼馴染みとは疎遠だ。
『見送りなら、今のうちな!』
変なメッセージが届いた。オンラインで? あ、確か採集クエストに、丁度いいシチュエーションあったな。
はじめてのクエスト
男の子がおつかいに行く話。一人じゃ心配だから、ハンターが護衛でついていく内容になっている。親が子どもに色々話しているストーリー後、「アッキーのこと忘れないからぁー!」と吹き出しが出てきた。打つの大変だから、ボタンひとつで済むように予め設定したんだな。列車は段々と、木々に埋もれ、見えなくなった。
ネットだぞ、環境が整えばやり取りは出来る。引っ越しと聞いて、条件反射で遠いところに行ってしまう、そう頭が働いて仕方なかった。
別に、普段からでも、毎日っていう程にミフユとはゲームしていない。いつもみたいに、ふらっと突然にメッセージが届いて、狩りが出来るさ。それまでに俺のキャラクターをレベル上げしておけばいい。
とくに考えも無しに、机の引き出しに両手を掛けた。開けてすぐの位置に、一枚の紙。ノートを破って折り畳んだ、紙。中二の頃だし、美冬の連絡を貰ったのはいいけど恥ずかしさから、登録しなかったんだ。……またすぐに、遊べるよな。引っ越しで忙しいんだよ。唯一の連絡手段、SNSを開いては、過去のやり取りを読み返した。
静かな家に、チャイムが響く。慌てて階段を下りて、ドアを開けた、髪をゆるく巻いた女性と同い年くらいの女子が立っていた。
「隣に越してきた、菅野です――…あら、秋人くん? 背伸びたのねー。ほら、美冬久しぶりじゃない」
相手は視線をあちこちに、会釈するのがやっとのようだった。菅野美冬……美冬!?
「転校生として、美冬のこと、よろしくね」
泳ぐ視線は、一度ちらりと俺を見やった。高校受験と同時に引っ越してしまったんだよな、確か。美冬の親が話してくれる事へ、短めの相槌をするのがやっとで、会釈をして会話は終わった。
差し出された物を受け取った。キッチンのテーブルへ丁重に運ぶ。どうしようか。美冬が、戻ってきた。ひとつ閃き、階段を駆け上がる。机の引き出しを開けて取り出すのは、ノートに書かれているメールアドレス。
この連絡先、機能しているんだろうか。スマートフォンだとそもそもアドレスも必要としなくなる。ミフユと繋がれているのが、その証拠だ。
悶々としたまま、夕食を済ませ、風呂に入り、その日は終わりとなった。
一歩々、後ろには足跡。ずーっと続く白。両手で雪をすくい、雪玉をつくっていく。二つ出来たところで、重ねた。石で目と口を。小枝で手に見立てて、雪だるまの完成だ。
冷たい塊が当たる。後方から飛んでくる雪玉。
綺麗な白髪、胸元まで伸びた髪は三つ編みに結われている。背に装備されているのは、弓だな。え? さっき飛んできた雪玉は、この女性が投げたの? 広大なネット、誰とでも繋がれる反面、失礼な相手も存在する。初対面の相手に雪玉投げるか……。
「えーと……パーティー組んで、狩りします?」
ゲームに居る以上、目的はそれ以外にあるまい。当たり障りのない文章を打ち込んだ。つーか、プレイヤーの名前は?……カタカナ表記で、ミフユ? 頭に浮かぶ、俺が知っているミフユの姿は、厳つい鎧を纏っていて、近づくのに抵抗を感じてしまう。
広いネットの中、個人情報を守る上で、パスワードが重なってしまうのは厳重に管理されているが、プレイヤーの名前には近いものや同じでも問題にはならない。女性プレイヤーで、同じミフユというだけだ。
簡単なクエストを選択し、二人でやる事となった。
互いの役回りを言い合う事なく、装備している物から、俺が先頭となりモンスターの近くへ行く運びとなった。
口数は極端に少ないが、狩猟中の動きに苛立ちを感じる事なくスムーズ。ミフユも同じだったな──…そう頭の隅に感じた。
選んだクエストもだけど、ゲーム慣れしている人と遊べたのは楽しかった。
「えぇと、お疲れ様でした。時間大丈夫だったら、もう少しやりますか?」
「…………」
返答なし。黙り。
持ち運ぶタイプのゲーム機なら、カーソル合わせてボタンを押して、面倒で大変だ。しかしこれは、キーボードで入力すればいいだけ、平仮名だけでも構わない。何か言って欲しい。
「え、ちょっと? あのー……」
急にキャラクターが動いたかと思えば、野営地へ行ってしまった。装備一式や、武器だけの変更が出来る場所である。狩りを続ける、そう受け取っていいのだろうか。
しばらくして戻ってきたのは、厳つい鎧のミフユだった。あ……? 俺は誰とゲームをしていたの?
「女性プレイヤーで、ミフユって同じ名前だったんだけど、知らない?」
「その女性も、今居る奴も、同一人物だよ」
は……? 同じ人?
頭が追い付かない俺、当然、手も動くはずがなく。謝罪の言葉で埋められていくチャット。
「何で、そんな事……引っ越しは落ち着いたんだ?」
「うん。秋人の家の隣」
「ん?」
「だーかーらー、秋人の家行ったでしょ。無愛想なリアクションしてた女の子がいたでしょ」
「いたけど、美冬の事知ってるの?」
「ゲーム内のミフユも、無愛想な女の子の美冬も、同じ人物なんですぅ……」
スマートフォンに通知が入った。ミフユのSNSだ。添付されている写真、俺の部屋の窓? 同じ高さでないと撮影するのは無理な構図じゃないか。
「中学の冬、覚えてる? 秋人から好きって言われて、あたしびっくりしたんだよね」
「友達だとばかり思ってたから」
「泣いちゃった」
「なんとなーく気まずくて、今回みたいに親の都合で引っ越し。唯一の連絡さえする勇気なくてさ」
「メールアドレス、今もありますか?」
全て美冬の言葉で埋められたチャット。俺にとっての冬は、美冬にとっても特別だったようだ。
指を動かし、キーボードを打つ。高鳴ってくる胸を落ち着かせようと、作成した文章を何度も読み返す。
「俺と知ってて狩りをしてた?」
「まさか、ネットであり得ないじゃない。少人数での募集だったから、初心者のあたしには入りやすかったの。同じ名前の人が居たって不思議じゃないでしょ。本人かどうか調べるのは失礼だし」
人数選べたのか、どうりで来ないわけだよ。美冬と繋がれたのは奇跡だな。
「ねぇ、メールしようよ」
「なんで今さら、SNSで十分できるだろ」
「好きな人との思い出は、たくさん作りたいの!」
「今、すきって?」
「あの時はびっくりして泣いただけで……」
「友達じゃなくて?」
「あの頃も、今だって、拒否してないんだから」
あ~…ワケわかんない。だけど称じゃなく、ちゃんと幼馴染みと話してる、それが堪らなく嬉しい。目頭にじわじわ込み上げる熱。窓から見えた、髪が伸びて少し大人に感じる後ろ姿。好きを知り、大切にしたいと思える初恋の人。
雪を溶く熱(改稿) 糸花てと @te4-3
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