鳥籠のエヴァーグリーン

暗闇坂九死郎

第1話 鳥籠のエヴァーグリーン

 目の前に座る女の顔は犀に良く似ていた。座っているパイプ椅子から尻の肉がはみ出る程の巨体である。動物園の檻の中で食っちゃ寝している犀と瓜二つだった。

 女の名は壇ノ浦キララ。壇ノ浦商会の社長である壇ノ浦彦星の細君である。

「…………」

 俺のようなしがない公務員には理解不能なのだが、どうして金持ちの嫁はこんなのが多いのだろうか? 勿論、外見が全てだとは思わない。思わないが、それにしたってもう少しなんとかなりそうなものではないか。

 あれだけの社会的成功をしておいて、何故嫁が犀なんだ?

 しかし、経営者というのは俺のような安月給には想像を絶する苦労があるのだろう。そうなると妻の内助の功というのも重要になってくる。美人は三日で飽きるという話もある。外見より機能。つまりはまァそういうことかと考えれば納得出来ないこともない。

 しかし壇ノ浦キララの場合、そうではなかった。

 壇ノ浦キララの顔の中央にある巨大な鼻の穴からブフーと空気が漏れる。

「だからァ、あたしは何もしてないわよォ」

 ――壇ノ浦キララには夫殺しの容疑がかけられていた。


 以下、壇ノ浦キララの供述である。

 壇ノ浦夫妻が居間で揃っていやらしいビデオを見ていると、突然緊急地震速報が鳴る。その直後、彦星の頭上に鉄製の鳥籠が落下して直撃。彦星は意識不明の重体で救急車に運ばれ、間もなく死亡した。


「えーと、つまり奥さんは今回の事件は地震によって引き起こされた事故だと言いたいわけですか?」

「そうよ。何度もそう言ってるじゃない」

 キララは顔中の穴という穴から勢い良く空気を放出した。

「そうですか。しかしそうなると妙ですねェ……」

「何がおかしいってのよ?」

「いやね、実はさっき調べてみたんですが、ご主人の死亡推定時刻に地震なんて起きてないんですよ」

「…………」

 俺が笑いを噛み殺しながら言ってやると、壇ノ浦キララは顔面蒼白でブルブル痙攣し始めた。

「う、嘘よそんなの!」

「いいえ。私も直接気象庁に問い合わせてみたんですがね、関東どころか日本中でその時間に地震なんてなかったそうですよ。緊急地震速報も出していないそうですし」

「でも、そんな……」

 そのとき緊急地震速報が響き渡る。


 ――けたたましい。

 ――まるで世界の終わりのような。


「ひッ!」

 キララは慌て机の下に潜り込もうとしている。しかし身体が大き過ぎる所為で、頭しか隠れていない。

「うふふ、奥さん何をそんなに慌てているんです?」

「何って貴方、地震に備えているに決まってるじゃない!」

「ああ、さっきのあの不吉な音のことですか。そのことでしたらご心配なく。奥さんに犯行に使われた凶器を見て貰おうと、ここに持ってきていたのをつい忘れてしまってましてね」

「凶器……ですって?」

「鳥籠ですよ」

「…………」

 俺は覆っていたシートを外し、彦星の頭部に落ちた鉄製の鳥籠を見せた。鳥籠といってもかなりの大きさで、重さにして10キロはあるだろう。

 そしてその中には緑色のオウムが一羽。

「漸くお気づきになったようですね。そう、さっきの緊急地震速報はこのオウムの仕業です。ここのところ頻繁に地震がありましたからねェ。飼い主が気付かない間に自然と覚えてしまったのでしょう。全く、気が滅入ることです。さて奥さん、そろそろ本当のことをお聞かせ願えませんか?」

                                   【了】

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鳥籠のエヴァーグリーン 暗闇坂九死郎 @kurayamizaka

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