第5話『08-10』
昔を思い出す地方都市じみた築木市の中でも、それは異質だった──。
近場の駅からはおよそ30分、春風高校からは同じく30分ほどな丘の上の立地に、ソレは建っていた。
前時代的な木造建築なお屋敷。
元の持ち主は、月城白亜という今は亡き芸術家であったが数年前に他界。
管理自体は同居人に任せてあるが、今現在はその孫である月城千歳の所有となっている。
「──あ~、ホントに酷い目にあった……」
そんな、歴史的価値が付きそうな屋敷の門を、千歳はため息を付きながらもくぐり抜けるのだった。
いやあれは、千歳自身ため息を付きたかなるのもしょうがない話。
最初こそ“春風高校”の芸術科目の課題として、後から追加で対価を貰うつもりだったがエスカレートして。
最終的には、誰かに千歳自身の作品として見せようとの話となって、その作品とやり取りを女子生徒に見られらるとは。
ここまで思い出してみて、──“事実は小説より奇なり”とは、よく言ったものだ。
「……しかし、こうして思い出してみると、あの子可愛かったよな。なんて言うか、可愛い系とでも言うか、幼なじみ系とでも言うか」
それが引き金となったか。
千歳は、あの時突然美術室に入ってきた女子生徒の事を思い出すのだった。
あの時は衝撃的過ぎて感想なんて何処かへと流れていった気がするのだけど、こうして後になって思い浮かべてみると、確かに可愛かった。
馴染みある可愛い系とでも言うべきか──。
茶色と言うよりブラウンめとでも言うべき茶色の髪をそのまま垂らし、焦げ茶色めいた透明な瞳。
それだけなら所謂遊んでいる系と形容するかもしれないが、そんな彼女の制服の着こなし方がどうも優等生じみていて、それがより対比による魅力を増幅させていた。
しかして残念な事に、そんな当の千歳はその茶髪な彼女の名前を知らない。
それも当然の話。
一人が好きな千歳からすれば、他愛のない会話など所謂他人事。話題に挙がっていたとしても、彼に知る術なぞは存在しない。
別にそれ自体、後悔している訳ではない。
ただ、高校二年生という青春からかけ離れているような、そんな疎外感を不思議にも覚えるのだ。
/6
さて、今日6時から来客が来るそうなので、一番最初に帰ってきた千歳は、歓迎の会を準備する必要がある。
そんな千歳の手には、買い物袋が幾つか。
その中には勿論、今回の歓迎会で使用する食材が、色彩豊かに揃えられていた。
「──さて。仕込みもありますし、さっさと始めましょうか」
そんな言葉と共に、今現在はこの屋敷の台所の主となった千歳は、さっそく料理を始めるのだった。
まずは最初に、食材の下ごしらえから──。
別に普段だったら多少の手間で済むかもしれないが、今回は来客。それ以上に頑張る必要がありそうだ。
そして、そんな材料を手に千歳は、メインディシュの全段階となる、前菜と軽く摘まめるものを作ろうとする。
今現在の時刻は、およそ午後5時過ぎ辺りを指し示していた。
勿論、千歳が遅れたのにも訳があって、あの場から逃げたした後に屋上にて時間稼ぎをした彼が、その後にパレットやイーゼルなどを片付けたためだ。
正直言って本日は多忙な千歳しては、片付けて欲しかったのだが、今はそうな事を言っている暇ではない。
「(前菜とかと言っても、どうせメインでも食べるよな……。なら、ラスク系何種類か作っておけば、その後のスープとかにも合うか)」
千歳が前菜として選んだものは、ラスクの上に様々な食材を乗せた、ひどく簡単で手軽なもの。
手抜きと侮る事勿れ。
実際にコース料理でも使われる事のある、由緒正しき料理であるのだ。
勿論、味や見た目も食欲を誘う、そんな一品となっている。
「あー、やっと仕事が終わって帰ってこれたぁっ!!」
「……」
千歳が前菜を作り終えた、その直後の事だった──。
玄関の方から聞こえる、とてもとても騒がしい声。
台所にいる千歳からは一体誰かは見る事ができないが、それでも騒がしい声からある程度は判別できる事だ。
その証拠に千歳は、やっと帰ってきたと、深く溜息をつくのだった。
「おっ! ビールビール。あったあった! ──やぁー、やっぱりビールは冷たいなぁっ」
「……梓沙姉、夕食前──それもお客さんが来るのですから、ビールは後に取っておいてください」
「えーいけずー。今日は彼女の歓迎会だから、別に無礼講でも良いでしょう」
「待ってください。歓迎会とは聞いていましたが、彼女とは聞いていないんですけど!?」
「……──ぷはぁ。だって今言ったし。──それにしても相変わらず千歳は、料理が上手だよねぇ。ついついつまみ食いしちゃう」
「……どうも。他にも夕食作りますから、その皿持って行って下さい」
「らじゃー!」
本当に溜息をつきたくなる千歳。
対して、今日の朝方は凛々しい先生という感じだったのに、今は酔いどれ飲んだくれでつまみ食いまでしている梓沙。
歓迎会──。
今日の朝方、梓沙が言いに来る前から事前に聞いていた。
そもそも、その手の誰か来るという梓沙の話は、十中八九亡き祖父である白亜の関係者か何かしらのどんちゃん騒ぎな会と、そう相場が決まっているのだ。
故に千歳は、今日が歓迎会か何かだとは予想する事ができた。
「(でもまさか、誰とも知らぬ女性が来るなんて……。美術室の件が尾を引きそうだなぁっ)」
──ピィンポーン。
チャイムが鳴る。
誰が来たのだと、存在証明が如く平凡な音が聞こえてくるのだ。
はて誰か。
梓沙が反応するという事は、恐らくそうなのだろう。
「──千歳ーっ! ちょっと出てくれないー?」
「すみません。メインデッシュの肉焼いているから、手が離せません」
「アタシに任しておけ! 料理ができないアタシだけど、焼き具合が得意だから任せておけ」
「分かりました……」
如何やら千歳は、この眼前の
厄介事──。
夕方めの話な厄介事だったあの美術室の件を思い出すだけでも頭が痛くなるものだが、こうして目の前に鎮座しているのもかなり溜息を漏らしたくなるものだ。
「はいはい。どちら様で……──」
「──この度は、此方に住まわせていただく事になりました、蔵瀬……遥華……」
玄関の扉を開けた先にいたのは、紺色の髪をした女性。
名を、“蔵瀬遥華”というらしい──。
そんな女性が千歳の顔を見て、とても驚いた様子をしている。
嗚呼、正直言って千歳自身も、蔵瀬遥華という名前に心当たりがあって、そして幼き日の面影が残る見覚えのある彼女だった。
「……どうも」
「──っ!」
挨拶と共に千歳は、彼女がいるであろう居間へと急ぐ。
正直千歳自身、我ながら平静ではないと思う。
そして、千歳が居間へとたどり着くと、勿論そこには梓沙の姿がそこにはあった。
「──おい梓沙姉!? さっき玄関に見知った顔があるんだけど!」
「まぁね。少し前に遥華ちゃんがこの町に引っ越す事になって。それで何処か借りられる家がないか聞いてきたから、この家を紹介したっていう訳」
「けどな!」
「幼馴染でしょう。特に問題はないと思うけど」
「──私も聞いてませんけど!? ルームシェアなんて」
いつの間にか、先ほど千歳が玄関にて遭遇した遥華が、そんな彼のすぐ横から顔を出しているのだ。
別に、幼馴染であるが故に千歳は、夕方頃な美術室の出来事ほど
だからこそ、隣に一女性である遥華に対しても、ドキドキしたりはしないのだ。
「まぁねー。最初から言っていなかったのもあるけど」
「……」
「でも今なら、変わりの家を用意するつもりだけど、どうかな?」
「……分かりましたわ。これから此処に住まわせていただきます」
「え゛っ!?」
しかし、まさかの展開──。
いや実際、遥華が他の家を選ぶ可能性もあり得た筈だ。いやむしろ、そちらの方が高いと言わざるを得ない。
少なくとも、ある程度の危機的意識があれば、その選択肢を選ぶ筈がないのだ。
だが、現実は非情と言うより、ある意味奇をてらうと言うか。
最終的に遥華は、この家を居住地として構えるつもりなようだ。
「……──まったく」
「──と言いつつも、ちょっと嬉しそうじゃないか、千歳」
「そんな訳ないです。今後のメニューや食材を考えると、ホント頭が痛くなる思いだよ……」
「あれ千歳さんって、そんなに料理得意でしたっけ?」
「本当に美味しいんだよ。──ささっ。早く食べないと冷めちゃうよー」
「……えっと、本当に食べて良いんですかね?」
「当たり前でしょ! 折角歓迎会のために料理を作ったんだから、食べないともったいないよ」
夜は更け、灯は微かに灯る。
当たり障りのない日常は、これからも続いていくのだ──。
/7
「梓沙姉の奴。酒で悪酔いするわ、夕食はかなりの量を食べるわ。ホント、今日が歓迎会だという事、覚えているんだろうか……」
それから少しの時間が経った頃の話だ──。
屋敷という事で、この家には が存在している。
そして夕食を食べ終えた千歳は、酒臭くなった居間からそこに逃げ出して夜風に当たっている最中。
ちなみに、先ほどまでは夕食が色彩豊かな晩餐は、今は残念な事に死屍累々と化している。
台所で夕食を作っていた千歳が、その後の片付けをこうして一時箒している理由の一つがそれだ。
「──横良いかしら?」
「……どうぞ」
「失礼しますね」
そう言って、先ほどまで梓沙に悪絡みをされていた遥華が、千歳の隣へと座る。
会話すべき、この数年の積み重ねはある。
けれど、それを話すきっかけをつかめないでいる。
嗚呼、数年という短い歳月だけれども、それが生み出した大きな溝は、そう簡単に埋まりはしない。
そう簡単に埋まるほど、千歳は人間が出来ていないのだ──。
「……──そう言えば、私がこの町を出てから、もう数年が経つのですね」
「まぁな。確か小学校の頃のお別れ会だったから、強制的に参加した分、かなり記憶に残っているからな」
「懐かしいですね」
「ホント、“何事も美化して世界が映っていた”、そんな気がするな」
不意に他愛のないから始めた遥華。
対して、それを好機とばかりに話を続ける千歳。
元々、幼馴染というだけあって、お互いの思考はある程度まで理解をしているつもりだ。
「──それで。絵の方はまだ描いているんですか?」
「……」
「……」
──無音が木霊する。
静寂だけが存在していて、夏風特有の生温さが通り過ぎるだけ。
それでもこの静寂、第三者の誰それに敗れるほど、当たり前な日常ではなかった。
「──いやもう、絵を描くのも辞めたさ」
♢♦♢♦♢
そんな千歳の言葉の後、彼は思い出したかのように、逃げるようにしてこの場を去っていった。
先ほどまでの就職の片付けをするらしい。
気の回らなかった千歳であるが、それこれ程度の事で変わったりしないのだと気づいていた。
──いや、気付いた上でこうすればよかったのだと、ただただ現実逃避をしているに過ぎない。
もっと、千歳と話をしていたかった。
別に、これまでの数年の出来事を確認するだけの事務的なものではなく、変わり映えのしない当たり前な日常的な他愛のない会話をしていたかったのだ。
そこで数年この町から離れていた遥華は、お互いの共通点だったから。
しかし如何やらそれは、ある意味そんな千歳の逆鱗に触ってしまったらしい。
「(……)」
勿論遥華は謝る気ではあるが、それは今ではない。
けれど、今謝るべきだろうか。
そんなぐるぐる巡る思考の中。
いつの間にか遥華は、廊下を幾分か歩いていたらしい。
特に意味はない──。
正直言って遥華自身、どうして此処にいるのか分からないくらいだ。
「……」
そして、そんな遥華が横目に襖を見えると、何処か彼女にとって見覚えのあるところに似ていた。
確信した。
何も遥華自身、意味もなくこの場にいる訳ではない。
──意味あるからこそ、こうして因縁の間の目の前にいるのだと、そう自覚するのだ。
「……」
──屋敷に併設された、“月代庵”。
その扉を開けた先にあるのは、苦節と苦悩がありありと浮かぶ、地獄のような空間だった──。
「──っ!」
遥華が会った頃の千歳は、芸術──特に絵画が好きな普通の男子だった。
先ほどの話や、この屋敷の所々に絵画が飾られているに、別に千歳は絵画を嫌っている訳ではない。もし嫌っているのであれば、それこそ捨てるなり売るなり、すれば良いだけの話だ。
故に本来、様々な素晴らしき作品が生み出された“月代庵”は、かなり綺麗に保存されていると。
……正直遥華は、この時までそう思っていたのだ。
部屋の中心に置かれた、どれだけ使われたのか分からないほど劣化したイーゼル。
丁寧に、そして乱雑に置かれた、パレットと筆。
そしてその周辺に散らばっているのは、どれも評価されるだけの価値がある絵画の作品たち。
どれも最近まで使われた事が分かるほどの、手入れと使用形跡が、ありありと伝わってくる。
──それだけに、この部屋は天才画家の後継者である月代千歳の、苦節と苦悩の空間と化しているのだ。
「……──なんで。なんでこれだけ辛くても辛くでも、それでも頑張っているのに。──どうして夢を諦められるんですかっ」
認められない。
認められる筈がない。
努力する事の辛さ。
結果が必ずしも付いてくる訳ではない、その恐怖。
夢を語り、誰それに嘲笑われるその孤独さを知っているだけに。
遥華は千歳を、同じ夢を追う者として、認められる筈がなかったのだ──。
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
余談ですけど、ジャンル:ラブコメなのに、本作でコメディらしさを挟んだのは初めてかもしれない。
四季織々 ~色彩(いろ)付く明日の世界から~ 津舞庵カプチーノ @yukimn
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