第4話・二人目の妊娠と出産

 佑太が2年生になる前、私は自分の年齢的なことも考えて産婦人科に通院するようになった。ずっと悩んでいたけれど、二人目を作ることを決めたからだ。

 佑太ももうすぐ8歳になるし、私達夫婦もそこまで若くはない。妊活を決めたとなれば、少しでも早く結果を出したいと、自己流ではなく最初から医療を頼ることにした。


 通院を始めたのは佑太を産んだ病院で、家から少し遠いので知り合いと遭遇することはないし、個人病院だけれど結構大きいところ。毎朝の基礎体温を計って、生理周期に合わせて薬を処方して貰ったり、注射を打ちに通ったりと月の半分が一気に慌ただしくなった。

 検査や診察を繰り返し、注射の影響で両腕がパンパンに腫れて上がらなくなったりと、辛くないと言えば嘘にはなるが、佑太に兄弟を作ってあげたい一心で病院へと通い続けた。


 お腹の大きな妊婦さんの横で、生理が来ましたと受付で報告しながら基礎体温表を出す虚しさ。それでも、不妊治療の助成金の対象年齢の内は頑張ってみようと決めていた。諦めなければ可能性はあるはずなのだから、と。


 運が良かったのか、主治医の腕が良かったのか、妊娠検査薬が陽性を示してくれるまであまり時間はかからなかった。妊娠の確認に訪れた病院で、院長先生が「やったね!」と、とても良い笑顔を送ってくれたことは忘れない。


 二人目の妊娠のことは家族以外にはしばらく知らせなかった。今回は高齢出産になってしまうこともあったし、8歳の歳の差はネタにされやすいと思ったからだ。

 実際、お腹が目立つようになってから気付いたママ友達には、「また最初から子育てかぁ……」と同情を含んだ目を向けられた。小学生になって楽になったと思ったら、また一からかと、乳幼児を育てることの大変さを彼女達は良く分かってるから当然の反応だ。


 元々、働いているカズ君ママとは生活パターンが違うこともあり、同じマンションに住んでいるにも関わらず妊娠中に出会うことはなかった。学年が変わってカズ君ともクラスが離れたから、学校に行っても見かけることもなかった。

 カズ君と別のクラスになったのは、間違いなく1年生の時の担任の先生のご配慮だろう。


 無事に年度末に二人目を出産した時、8歳になっていた佑太が感動のあまりに半べそになっていたのはいつ思い出しても胸にぐっとくる。もっと早くに兄弟を産んであげられたら良かったのかもしれないが、それは今言っても仕方がない。


 産後しばらくは参観日も遠慮させて貰い、2か月になった娘を抱っこして小学校に行ったのは3年生の春のこと。教室の前の廊下でカズ君ママと、とても久しぶりに会った。

 二人目を産み、一人っ子の男の子ママという共通点が無くなったからか、私は彼女へと気楽に声を掛けることができた。


「わー、久しぶりだね」

「あ、うん……」


 でも、保育関係の仕事をして誰よりも子供好きだと思っていたカズ君ママは、赤ちゃんを黙って見ているだけだった。その目がとても怖くて、私はあえて何も言わずに3年C組の教室の中に逃げるように入った。


 私の妊娠と出産を知らなくて驚いたとかいう反応ではなかった。彼女の情報網の広さから、同じマンションに住む私の妊娠を知らない訳はない。

 あのじっと見つめる暗い視線が何を物語っていたのかは、その時の私には推測すらできなかった。


 そう、それの意味が分かったのは、それから8か月ほど経った後だった。


「カズ君のお母さんとさっき駐車場で会ったけど、お腹大きかったよ」

「カズ君も、お母さんのお腹に赤ちゃん居るって言ってたよ」


 ほぼ同時に夫と子供から聞かされた言葉に、あの時のジト目の意味を思い知ってしまった。

 勿論、8歳や9歳の歳の差兄弟なんて珍しいことじゃないのは分かってる。でも、あの参観日の数ヶ月後に二人目を妊娠した計算になり、私はさらにカズ君ママの存在が怖くなった。これまで何年も一人っ子を通してきたのに、どうして我が家に二人目が生まれたのを見たタイミングで? と。


 ――ただの私の被害妄想なら、それでいい。いや、被害妄想であって欲しい。


 一人で抱え込んでいられず夫に考えを打ち明けてみると、彼は笑い飛ばして言ってくれた。缶酎ハイを片手に持って、反対の手で私の背中をトントンと優しく叩きながら。


「気にしない。いちいちライバル視してくる人を気にしても、いいことなんか何もないよ」


 夫の言う通り気にしないようにして、我が家は我が家の生活を守り続けよう。そして、モンペと思われてもいいから、学年末には必ず学校へ相談の電話をして、カズ君とは同じクラスにならないように頼むことにしよう。


 カズ君ママの暗い瞳を思い出し、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

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