第3話・忘れ物と虚言

 休みが明けて2学期になった頃から、またカズ君ママから頻繁にLINEが届くようになった。


『宿題の算数プリントって、どんなの? カズ、持って帰ってくるの忘れたみたいだから、佑太君のをコピーさせて』


 1学期とは違い、学校側も子供達へのチェックが甘くなったのか、カズ君の持ち帰り忘れが多くなった。学童に迎えに行き、夕飯を食べてから気付くことが多いらしく、いつもかなり遅い時間にLINEが来る。


 私は思わずため息が漏れた。

 佑太はとっくに宿題を終わらせているから、プリントにはすでに答えが書いてある。それでもよければ、と返信してから家にあるプリンターで宿題のコピーを取った。


 ピンポーン、と玄関前のチャイムが鳴り、プリントのコピーを持って出てみるとパジャマ姿のカズ君が立っていた。


「はい。コピーしておいたから」

「……ありがとう」


 こういうやり取りは何度もあったが、取りに来るのは必ずカズ君だった。忘れ物をした本人に取りに行かせるのは当然なのかもとは思ったが、巻き込まれている我が家への対応はそれで良いのかと、なんだかモヤモヤする。


 プリント類の持ち帰り忘れだけではなく、佑太の話ではカズ君は学校への忘れ物も多いらしい。家で宿題をしたままランドセルに入れ忘れてしまうのか、筆箱の忘れ物が頻繁にあって忘れると隣の席の子にではなく、席の離れている佑太のところに借りに来るらしい。


「カズ君に貸してあげないといけないから、消しゴムも鉛筆もいっぱい持っていってるんだよ」


 そう言って見せてくれた息子の筆箱は、消しゴム2個と鉛筆が8本も入ってパンパンに膨れ上がっていた。


「ねえ、ママ。歯ブラシって家で洗ったらキレイになる?」

「え、どうしたの?」

「今日、カズ君が歯ブラシとコップ忘れたから貸してって言ってきたから、貸してあげたの」


 不安げな顔の息子の言葉に、私は驚きというか衝撃というか、とにかく頭が混乱しそうだった。歯ブラシを貸し借りする?!

 速攻、給食袋に入れていた佑太の歯ブラシを新しい物と交換して、連絡帳を使って担任の先生へ報告をすることにした。


 翌日の佑太の話によると、担任の先生は終わりの会を使って、歯ブラシの貸し借りは衛生面で問題があるということを説明して、忘れた時は友達の物を借りずにうがいだけにしなさいと指導してくださったようだった。

 私が書いた連絡帳の返事にも、「そんなことをやっているとは知らず、驚いております」と書かれていて、カズ君は忘れ物をしても先生にバレないように佑太を利用していたことが分かった。


 このことでカズ君親子が学校から直接注意を受けたかどうかは分からない。けれど、一年生を受け持つくらいのベテランの先生のことだ、きっと電話連絡はされているだろうとは思う。そして当然、誰が告げ口したかもカズ君親子にはバレているはずだ。


 このことがキッカケなのかは分からないが、佑太はカズ君と一緒に登校するのを嫌がるようになった。


「カズ君、いつも自慢話ばかりするし、叩いてないのに佑太が叩いたって嘘ついて先生に言いにいったりするし嫌だ」


 涙目で訴えてくる佑太をソファーに座らせて、私は息子から詳しい話を聞き出した。自慢話のことは子供なりの些細な見栄の張り合いだろうし、無邪気な物だと笑い飛ばせる。

 でも、やってもいない暴力をでっち上げるのはどうかと思う。佑太の話ではカズ君の虚言が出る度に先生は佑太本人にその事実確認をちゃんとしてくださり、周りの子達からも聞き取りをしてくださっていたようだった。


「こないだは、ドッヂして戻ってきただけなのに、佑太がハサミで友達を怪我させたって言われた。みんなで外で遊んでただけなのに……」


 その時はカズ君だけでなく、便乗して騒ぐ子もいたらしく、思い出しただけで佑太の目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 さすがにこれは、しゃれにならない。そう思った私は、学校へと電話を掛けた。


「周りの子達に聞いても佑太君がハサミを振り回しているのを見た子はいませんでしたし、実際に怪我をしている子もいませんでしたから、あの時は私もバタバタしていまして、ゆっくりと話を聞いてあげることはできなかったんですが……」


 担任の先生はちゃんとその時のことを覚えてくれていた。そして、佑太の無実の確認もしてくれてはいた。ただ、忙しくてカズ君達がなぜそいう虚言を吐いたのかの聞き取りまでは手が回らなかったということだった。

 佑太が無実の罪を着せられて、いわれのない説教をされたという話ではないことが分かっただけで、私は十分だった。まだ幼さの残る一年生だから、度を越えた悪ふざけも仕方ないのかもしれないと。


「佑太君とカズ君は、少し距離を置かれた方が良いと思います」

「私もそう思うんですが、同じマンションに男の子が二人しかいないので、どうしても一緒に登校させることになってしまって――」


 学年が上がって互いに一人で登校できるようになるのを待つしかないかと、先生と一緒に溜息をついた。カズ君の行動は先生達も相当手を焼いておられるようだった。


 春になり佑太達が2年生になったのを見計らって、私はカズ君ママにLINEを送った。


『2年生になったことだし、待ち合わせせずに時間が合えば一緒に行くくらいにしよう』


 途中で合えば一緒に行く、その程度にしないかとの提案にカズ君ママから返って来たのは、


『そうだね、カズが佑太君いつも出てくるのが遅いから待たされてばかりだって言ってたし、新学期からは待ち合わせさせるのは止めようー』


 このメッセージには目を疑った。私が息子からもご近所さんからも聞いていたこととは真逆のことが書いてあるのだから。


「カズ君、お母さんが仕事に行った後、もう一回寝ちゃうらしくて、寝坊したっていいながら遅い時間に降りてくる」


 そう聞いたのは、カズ君ママが子供に鍵を持たせて先に出勤するようになった後のこと。


「朝のゴミ出しに行く時に、佑太君がお友達を待ってるのをよく見かけるわ」


 子供達の登校時刻あたりにゴミを捨てに行くことが多いお隣さんからは、カズ君を待っている最中の佑太によく会うとも聞いていた。


 ――カズ君、家でも嘘ばかりついてるの?


 けれど、そんなことを問い詰めても何にもならないと思った私は、あえて何も触れないような返信を送ることにした。


『一年間、ありがとう』

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