第2話・習い事
「佑太君、公文行ってるんでしょ? 学童の近くの教室なら学童を途中抜けして通えるらしいし、カズも行かそうと思ってるんだ」
学校の宿題が少な過ぎて学童の勉強時間にする課題が無いから、公文のプリントをさせようと思って、とカズ君ママが言っていたのは、二回目の授業参観日だった。
学童内でも保護者会があったりして、学童に通わせるのも単なる預けっぱなしでないのを知って、驚いた記憶がある。
「なんか、大変なんだね」
「そう、結構いろいろ決まり事が多くって、大変よ。迎えの時間も厳しいし」
小学一年生の壁とかって世間でも言われているけれど、子育てと仕事を両立させているカズ君ママのことは凄いと思った。ただ、その後に発した彼女のあの一言は一生忘れない。
「優先順位は仕事が一番だから。子供はその次!」
確かに、キレイ事を抜きにすればそれが本当なのかもしれない。その時の私はただ顔だけで笑って返した。
後日、その言葉をもろに表わすようなLINEが届いた時、私は彼女とは距離を置くことを考え始めた。
『来週からしばらく仕事が早出なんだけど、カズ一人だとちゃんと鍵閉めるか心配だから私の出勤時間に一緒に出させて、佑太君家に行かせてもいいかな? 6時40分くらいになると思うんだけど』
新着のお知らせでこのメッセージを見た時、私はLINE自体は開かずに未読のままにして、夫にこのことを相談することにした。私も夫も普段の起床時間は6時半。だからカズ君ママが子供を送り込もうとしている時間にはかろうじて起きてはいるけれど、起きてすぐに他所の子を迎え入れる余裕はないし、毎朝1時間もカズ君を我が家でどう過ごさせたらいいのかすら分からない。
「は? そんなの、時間になったら鍵閉めて出ろって教えればいいだけじゃないか」
相談した時の夫の反応は最もだと思う。子供とは言え、他人の目を気にしながら朝食や着替えなど、朝から落ち着かない思いをさせられるのはキツイ。何より、それがカズ君ママの仕事と中途半端な過保護のせいなのだから納得がいかない。
結局、そのメッセージは未読のまま数時間放置していたら、その間に新たなLINEが届き、ホッとした。冷たいと思われるかもしれないが、今の私達の関係性で彼女の要望を文句言わずに承諾しろというのは無理な話だ。
『さっき由香里ちゃんママに出会って頼んだから、カズは由香里ちゃん家に行かせることにした。だからもういいわ』
同じ階のママに押し付けることができたらしく、別の階で棟も違う我が家よりも行かせやすいと嬉しそうなメッセージだった。佑太達とは違う小学校に通う由香里ちゃんのママが、どういう思いで受け入れたのかは分からない。確かに二人の付き合いは子供達が赤ちゃんの頃から続いていて、かなり仲が良いのは知っている。
きっと、カズ君ママが由香里ちゃんママに、いつまでも返信してこない私のことを愚痴りでもしたんだろう。で、お人よしの由香里ちゃんママが「じゃあ、うちで預かるよ」と勢いで受けてしまったというシーンが思い浮かんだ。
この一件以降、私とカズ君ママが一緒に参観日に行くことは無くなった。きっと距離を置いた方が良い相手だと、私も気付き始めていた。
親同士の連絡が最小になっても、子供達は毎日一緒に登校を続けている。学校までの20分くらいだったが、お互いにいろんな話をしているようだった。カズ君ママと会わなくても、佑太がカズ君家のことを話してくるように、我が家のこともカズ君経由でネタにされていたのは容易に想像がつく。
夏休み前から、佑太を駅前の体操教室に通わせることにした。元々から身体を動かすのが好きな子だったから、毎週楽しみにしているようだった。そのことをカズ君経由で聞いたのだろう、カズ君ママからLINEが届いた。
『佑太君、体操教室に通ってるんでしょう? 何曜日のコース?』
『日曜のだよ。平日のはもう一杯らしくて、日曜は開講したばかりだから空いてるって言われたから』
『カズも通わせ始めたんだけど、日曜の朝だと週末の予定立てにくくない? 日曜に習い事は嫌だなー』
『元々、旦那が日曜に仕事入ること多いから、うちは平気だよ』
カズ君パパのお仕事は日曜と水曜が休みだって聞いていたので、カズ君ママの言いたいことも分かる。けれど我が家は夫が仕事上のイベントが入ると日曜出勤することも多いし、何よりも定員ギリギリの別曜日よりも、まだ半分しか埋まっていない余裕のある教室で指導して貰えることの方がありがたかった。
あまり関わりたくないなと思い始めていたカズ君ママだったが、習い事までお揃いになるのかと少しウンザリした。でも曜日が違うからと、その時はそれほど気にはしていなかった。
が、その次の日曜の教室で、保護者用の観覧席には笑顔でこちらへと手を振るカズ君ママの姿があった。
「土曜のコースにしたって言ってなかった?」
「昨日休んだから、今日は振替え。日曜は空いてるしいいね、うちも日曜にしよっかなー」
日曜に習い事は嫌だとかってLINEで軽くディスって来てたのは何だったのか……。
並んでベンチに腰掛けながら、私は心の中にモヤが掛かっていくのを感じていた。
自宅マンションから近いこともあり、佑太の教室の付き添いは夏休みに入ってからは無くなった。一人で通える距離だったので、習い事でカズ君ママと顔を合わせることもなく、休み中はとにかく平和だった。
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