第6話・中学受験

 佑太も4年生になってからは、自分の意志で行動して新しい友達もどんどん増えていった。ずっと学童に通っていたカズ君も、さすがに高学年になると学童を嫌がるようになったらしく、放課後はみんなと一緒に下校して留守の家に帰る鍵っ子になっていた。


 元々、あまり気は合わなかったようで、子供達が二人だけで遊ぶということはほとんど無かった。たまに他の友達を介して一緒になることがあった程度。

 育休中のカズ君ママとはマンション内で偶然に会うことはあったが、こちらも下の子を連れて慌ただしくしていたので挨拶を交わすくらい。

 下の子同士の性別が違ったおかげで、次男君が大きくなっても関わることはなさそうだ。そもそも学年も違うし。


 ただ、相変わらず何かにつけて佑太とカズ君はまとめられることが多い。同じマンションの同い年の男子だからと、地域行事やマンション内のイベント事でも二人は必ずセットにされた。親同士も学校の立ち当番なども必ず前後にされて、嫌でも引き継ぎの為に連絡を取り合わないといけない。


 関わりたくない、そう思うのに周りから常にセット扱いされることが、私には苦痛だった。私が佑太の為にと考えて決めたことが、片っ端からカズ君ママに真似されていっているような気がして、怖くて気持ち悪かった。


 だから、もうすぐ4年生が終わろうとしている時、佑太に向かって提案してみた。


「佑太、中学受験してみない?」


 学区内の中学校はとても荒れていることで有名だった。少し神経質な佑太には耐えられないだろうなとは思っていた。


「したい。不良の多い中学には行きたくないし」


 日頃から、近所の中学に対しての悪評を吹き込み過ぎていたのか、私以上に佑太の地元中学への評価は低かったらしい。そう思っていたら、私が本当に言いたいことを息子が先に言ってきた。


「カズ君と一緒の学校には行きたくないし」


 同じ中学に通うことになれば、また学校までの道を一緒に歩かないといけない。それが佑太はどうしても嫌みたいだ。


「なら、どこを受けるかとか、受験することも内緒にしないとね」


 そして、私と佑太の秘密のお受験準備が始まった。家計への負担を考えて、私立ではなく公立の中高一貫校を第一志望にした。

 私は娘を抱っこしながら、まずは近所の塾を巡ってパンフレットと料金表をかき集めた。佑太の性格を考えて個別塾を中心に相談に訪れたけれど、いろいろと話を聞いていく内に志望校への合格実績の高い集団塾に通わせることに決めた。

 と同時に、これまで通っていた公文と体操教室の退会手続きを済ませ、塾以外の習い事は週末のサッカーだけに絞った。


 着々と準備を進めていく私を夫は何も言わずに見守ってくれた。あまりにも何の口出しもしてこないから気になって聞いてみた時も、


「俺、そういうのよく分からないから、仕事を頑張って塾代を稼いでくるわ」


 佑太の為になるなら全面的に任せるから、と缶酎ハイを片手にヘラヘラと笑っていた。


 主な受験勉強は塾にお任せしつつ、家庭学習のスケジュールを立てていく。模試の結果が出る度に苦手分野の分析をして、次へ向けて対策を練る。

 リビングの壁面収納には学習漫画がずらりと並ぶようになった。


 佑太は特に漢字が全くダメで、2年生の漢字もあやふやだった。漢字検定の問題集を8級から買い集めて、毎日1単元ずつさせていく。受験前には5級合格を目指す計画だった。


 中学受験は毎日の積み重ねだった。5年生になって始めた通塾と家庭学習のおかげで、佑太の学校のテストの点数もとてもよくなった。そもそも中学受験がそこまで盛んでない地域だったから、少し勉強しただけで簡単にクラストップが取れてしまう。


 とは言え、佑太が息切れしないように毎日1時間以内のゲーム解禁時間を設定して、塾の無い日は友達との遊びを優先させるようにした。まだ11歳の子供なのだから、無理させないようにすることに一番気を使った。


 それでも、6年生になると何度か受験を辞めると言い出すことがあった。その度に話し合い、励まし、宥めた。途中でやめることになったとしても、それまで頑張った分は地元の中学でも活かせるだろうし無駄じゃない。


 けれど、受験をやめるとなると、またカズ君ママとの付き合いが続くのだ。それが嫌で、私はつい佑太を受験を続ける方向へと誘導してしまう。子供の為と言いつつ、本当は私自身の為の中学受験みたいで少し後ろめたかった。


 必死で隠して来たつもりだったが、同じ塾に通う友達にバラされ、6年生の秋頃には佑太が受験するつもりだということが学年中に知れ渡ってしまった。

 当然、カズ君もそれを聞きつけて、登下校で一緒になる度に「どこの中学に行くの? 受験するの?」と佑太は質問攻めにあっているらしい。


「ごまかしても、カズ君がしつこく聞いて来て嫌なんだけど」


 うんざりと言いつつも、受験する優越感からか佑太は嬉しそうだった。みんなが当たり前のように近所の学校に進学する中で別の選択肢があるというのは、少しばかり特別な気分なのだろう。


 その佑太の優越感が気に食わなかったのか、しばらく後に学校から帰って来た息子から聞いたことに私はやっぱりかと呆れた。


「カズ君も中学受験するんだって。社会の偏差値で70を取ったことがあるって自慢してたよ」

「へー、70は凄いね」


 カズ君の通っている集団塾は高校受験コースのみで、中学受験コースはない。中学受験コースのある教室に転校するのかと思ったが、そのまま同じところに通っているようだった。

 他所様の家のことだから別に良いんだけれど、6年の秋から始めて間に合うんだろうかと心配にはなった。


 その後、佑太は着々と受験勉強をこなして合格圏の偏差値をキープし、苦手だった漢字も秋の検定で5級を合格した。当日に見直しの時間をちゃんと確保できるなら問題ないだろうなという状態で、とても落ち着いて受験に臨めたようだった。

 受験後に迎えに行った時の佑太の笑顔で合格を確信できたので、私は発表当日も娘を抱っこしながら不安なく掲示板を見上げることができた。


『さくらさく』


 発表を見てすぐに夫へと送ったLINEは、とてもありきたりの言葉。けれど、この上なく嬉しい文言。


 私がカズ君ママの呪縛から解放された瞬間だった。


 その後、佑太の話では私立一流大学の附属中ばかりを狙って受験したというカズ君は惨敗だったらしく、「ただの記念受験だから」と言って回っていたらしい。


「受験料だけで10万円払ったんだって」

「じゃあ、5つ受けたんだね」


 記念にしては、なかなかガッツリ受けていることに感心した。


 息子の頑張りのおかげで、晴れやかな気持ちで迎えることができた卒業式。校舎前で記念写真を撮っている時に、カズ君親子が前を歩いて行くのが目に入った。けれど少しも気にならなかった。


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サクラサク~真似したがるママ友からの解放~ 瀬崎由美 @pigugu

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