第4話 初恋は秘めたまま。
「あれ? この人、もしかして……」
玄太が人物の名前を言いかけたとき、校長先生が美術室にやって来た。
「安藤先生。美術室の幽霊案件は、どうなりましたか?」
「もうすぐ、解決すると思います」
かすみ先生が手にしているキャンバスの絵を見た校長先生の目が大きく開かれた。
「安藤先生、その絵は……」
「あっ! やっぱり、校長先生だ!」
玄太が叫んだ。
かすみ先生と夏菜が、絵の人物と目の前にいる眼鏡をかけた白髪頭の校長先生を交互に見る。確かに校長先生の面影が、絵の人物にある。
「この絵、探しても見つからなかったのに……」
校長先生は呟いた。
「38年前、私はここの中学校教師だったんですよ。桑田桂子さんという生徒がいましてね、絵の上手な子でした。私が人物画のモデルになったんですが、この絵が完成する前に事故で亡くなってしまいましてね。当時、家族にこの絵を返そうとしたのですが、どうしても見つからなくて。それが、どうして今頃……」
「桂子さんは、この絵を完成させて先生に渡したいそうです」
「もしかして、美術室の幽霊って、桑田さんだったのですか?」
「はい」
「そうでしたか。桑田さんが……。でも、もう絵を完成させることは」
校長先生の顔が切なく歪む。
「できます。桂子さんを私の体に降ろせば、この絵は完成します」
「夏菜、それは少し危険じゃないか」
「大丈夫。何かあったら、藤原君が対応してくれる。でしょ?」
「まぁ、確かに。憑き物を落とす方法なら知っているが……」
「じゃあ、大丈夫」
夏菜が、桂子さんの霊を自分の身体に憑依させ、絵を描き始めた。
筆が流れるように走る。皆が息を飲み、夏菜を見つめていた。
どの位の時間が流れたのだろう。夏菜の瞳から、涙が零れ落ちた。涙の
滴は止むことなく、頬を伝って落ち続ける。
夏菜の中にいる
言葉にできない想いは、苦しくて切なくて、それ以上に相手が愛しくて……
なんて儚く美しい二人の恋だろうか。
やがて夏菜の筆が止まった。口角がクッと上がり、小さな微笑みが浮かぶ。それから、校長先生を見つめこう言った。
「高梨先生。遅くなりましたが、絵がようやく完成しました。これを、貰ってくれませんか?」
夏菜はそう言って、キャンバスを校長先生に見せた。
「こ、これは……」
若き日の自分の顔の背景に描かれた色が、当時大好きだった「海の底のイデア」を思わせる青だったのだ。
「君は、本当に桑田なんだな?」
「はい。先生にこの絵をお渡しできなかったことが、ずっと心残りでした」
「そうか。そうだったのか。ありがとう。この絵は、大事に飾らせてもらうからな」
その言葉を聞き届けると夏菜はとびきりの笑顔をして、目を閉じた。
再び目を開けた夏菜は言った。
「桂子さん、成仏できたみたいです」
「そうか、そうか。ずっと気になっていたんです。若くして亡くなった桑田さんのこと。事故の後、私は彼女の分まで精一杯生きようと心に決めました。それから、生徒一人一人との会話を大切にするよう心掛けたつもりです。桑田さんは、私の教員生活の道しるべだったんですよ」
「そうだったんですか。校長先生が、私たち教師に『もっと、生徒と対話するように』と話してくれた理由がわかりました」
「困っている生徒、苦しんでいる生徒を救える力なんて教師が持っているわけじゃない。でも、生徒に『寄り添う』ことはできる。我々教師は、それだけでいいんじゃないでしょうかね……。 それにしても、定年退職の年に思わぬ生徒から『プレゼント』を頂いて、教師冥利に尽きます。みなさんのお陰です。ありがとうございました」
校長先生はそう言うと、大きなキャンバスを抱え美術室を出た。
「玄太ぁー。さっき、美術室にいたセーラー服の可愛い子、もう帰ったの?」
安氏が、窓から中の様子をうかがっている。
「安氏さん、セーラー服の子見えたの?」
かすみ先生の瞳が、らんらんと輝く。
「俺、視力いいんですよ。向こうから見えてましたよ」
「そう。安氏さん、サッカー部辞めて美術部に入らない?」
「……入ります! 今から、サッカー部の方は退部届け出してきます‼」
「おい、安氏、それでいいのかよ!」
玄太が慌てて止めようとしたが
「かすみんからの頼み事を断るほど、俺は馬鹿じゃねぇ」
そう言って、駆け出して行った。
「あの子、役に立ちそうね」
かすみ先生は、獲物を見つけた狩人のようにニヤリと笑った。
<完>
続。弟は、彼女のために仏道修行を未だ続けていることに気がついていない。<美術室の幽霊編> 月猫 @tukitohositoneko
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