第3話 少女の想い
夏菜は、少女の記憶を捉えた。それは、夏菜の脳内で早送りされていたが、ある場面からスロー再生となる。それが、少女の心に残っている想いだ。
少女は、美術室にいた。
どうしよう。文化祭までに、人物画を描きあげないと……。 でも、誰にモデルを頼めばいいんだろう?
美術部では、今度の文化祭で風景画と人物画の二点を展示することになっている。風景画は描き上げたが、人物画はを描く予定のキャンバスは白いままだ。
モデルがいない。両親と弟にモデルを頼んだら、絶対に嫌だと断られた。
桂子は、口数の少ない少女だった。クラスの子たちからは『あの子暗いよね。一緒にいると、こっちまで暗くなりそう』と言われ、避けられている。絢がたった一人の大切な友だちだった。
でも、忙しい絢ちゃんを困らせることはできない。やっぱり自画像を描くしかないか……
そう思っていた時だった。美術室の扉が開いて、クラス担任の高梨先生が顔を出した。
「おぉ、いたいた。筆箱を机の上に忘れてたぞ。桑田って、もっとしっかりしているイメージだったけど、意外とそそっかしいな」
そう言って、先生は「海の底のイデア」が描かれた筆箱を差し出した。視線が、桂子の描いた風景画に止まる。
「ほぉ。桑田が描いたのか? 上手いな……」
「あっ、ありがとうございます」
「こっちの真っ白いキャンバスには、これから何を描く予定なんだ?」
「その、文化祭までに人物画を描かなきゃいけないんですけど……」
「文化祭まで、1週間しかないじゃないか! もしかして、モデルがいないのか?」
「……」
桂子は唇を噛みしめ俯いた。
「——わかった。俺でいいなら、モデルになってやる」
「えっ?」
桂子は、思わぬ申し出に驚いた。驚いたが、このチャンスを逃してはいけないと思った。
「先生、お願いします! モデルがいなくて困ってたんです」
「おぉ、任せろ。ただし、イケメンに描いてくれ」
まさか、先生がモデルになってくれるなんて。
桂子は、自分の幸運を素直に喜んだ。
大学を卒業したばかりの高梨先生は、爽やかでカッコよくて女子にとても人気があった。桂子も密かに憧れている。その高梨先生を描けるなんて……
心臓が、トクン・トクン鳴っている。先生に聞こえないかしら?
そう思ったら、今度は頬が赤くなってくる。
「俺、この椅子に座ればいいのか? ポーズはどうすればいい? う~ん、なんだか気恥ずかしいな。やっぱり――」
「駄目です! 辞めるなんて言わないで下さい。お願いします」
桂子の瞳が、じわりと潤む。
「わかった。わかった。男に二言はない! 任せろ」
こうして、高梨先生がモデルになった。
桂子は急いで人物画を描き上げようと頑張った。五日間、高梨先生を見続けた桂子は、ますます先生が好きになっていった。
アニメや漫画の好みが桂子と一緒で、二人の会話は驚くほど弾んだ。もしかしたら、先生が桂子に合わせてくれたのかもしれないが、中学生の桂子にはわからなかった。
ただ、桂子の想いは日に日に高まっていく。筆を走らせる度に『好きです』という想いがキャンバスの上を走った。
文化祭の前日。人物画は、この日で完成する予定だった。
学校に向かう途中、横断歩道を渡る桂子に大型トラックが突っ込んできた。居眠り運転だった。桂子は、事故に巻き込まれ即死した。
ここで、プツリと過去の映像が途絶える。
「彼女の心残りが、わかりました。未完成だった人物画。多分、美術室にあると思います。それを探しましょう」
夏菜がそう言うと、かすみ先生が一枚のキャンバスを手に取った。
「もしかして、これ?」
「あっ、それです!」
「一か月前、美術室の掃除で発見したんだけど、誰かに似てるなぁと思って寄せてたんだよね……」
三人は、キャンバスに描かれた人物をじぃっと見つめた。
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