夜空には、知ってる月が輝いていると言うのに。

いつき ふみと

あの丘を越えれば、あなたの望みが叶う。


公園のベンチで寝落ちしそうになる寸前、

「あの丘を越えれば、あなたの願いが叶う」

と誰かが耳元で囁いた。


ぼくは目を開け、見慣れない景色に、

「ここはどこだろう?」と数秒、自問自答したのがいけなかったらしい。

耳元で囁いた誰かの姿は既になかった。


そして、この異界で、現世の言葉をしゃべる存在に、ぼくは驚いた。


人は異なる人を迫害したがる。

その迫害の中で聞いた懐かしい言葉に、ぼくは癒された。

こんな事で癒されるなんて、嘆かわしい。



☆…━━━━━・:*☆…━━━━━・:*☆…━━━━━・:*☆



100キロは歩いたんじゃないかと思う。

身体に疲労が充満していた。


丘を越えると辿り着くと思っていた。

やっぱり無理か。


知らない街。知らない人。知らない言葉。


夜空には、知ってる月が輝いていると言うのに。


『どんな強固な城にも必ず抜け道はある』

部活の女子の先輩が、ぼくに行ってくれた言葉だ。

そう、この異界にも必ず抜け道があるはずだ。


「はぁ~先輩に会いたい~めっちゃ先輩に会いたい~」

ぼくは言葉にして呟いた。この世界では意味のない音だろう。


「はぁ」


ぼくが書こうとしていた『パラレルワールドに関する論文』

決して異界に来たかった訳ではない。

でも興味を持ってしまった事が、ぼくを異界に呼び寄せたのかも知れない。


「はぁ」


知らない街では、どうやら何かの祭りをやっているようだ。

人々の表情がかなり陽気だ。この雰囲気なら迫害はされないだろう。

ぼくはちょっとホッとした。


空腹なぼくは、街外れの個人経営のハンバーガー屋に入った。

店内の籠の中のインコが、ぼくを見ると羽を羽ばたかせた。


鳥好きなぼくでも、疲れて相手をする気力はない。


この異界は現世と同じような硬貨を使っていて、よく見れば違うのだが、たかが硬貨を、わざわざ見る人などいない。

そして、これで硬貨は底をつく。最後の食事になるだろう。


ぼくはハンバーガー屋の店員に小声で何かを呟き、メニューを指差した。

可愛らしい女子の店員だ。現世での部活の女子の先輩に似ていた。


ぼくの心は少し躍った。しかし残念ながらここは異界。

言葉なんて通じない。


店員は、何かの言葉を発すると、当然の様に、ぼくの頭を撫でた。

なぜかは解らない。


何かの習慣か?

何かの挨拶か?

何かそんなお祭り?


ぼくは愛想笑を浮かべ誤魔化した。


女子の先輩似の店員は、特別疑う事もなく、厨房に向かった。

まさか異界人がいるなんて、誰も思わないだろう。


店員がハンバーガーとドリンクを持ってきた。

そして自分の頭を差し出した。


これはどういう意味だ?頭を撫でろって事か?

ぼくは店員の頭を撫でてみた。

店員は嬉しそうに、何かのお礼を言った。多分。

正解だったらしい。


女子の先輩に似た店員は、ポテトも持ってきていた。

『サービスだよ』

的なニュアンスだと思う言葉を発した。


知らない異界に来たとしても、ぼくの味方になってくれる人は、同じようなタイプらしい。


この街に来るまで、敵意に満ちた人々とばかり出会って来た。

ぼくは、生まれて初めて迫害と言うものを経験した。


でも運が、ぼくに味方し始めたのかもしれない。


どうやら指をさしたハンバーガーは、チーズバーガーだったらしい。

これもついてる?

ぼくはハンバーガーは、チーズバーガーと決めていた。


ぼくは焼きたてのチーズバーガーを食べた。

香ばしい良いチーズだ。ケチャップとの相性が最高だ。

ドリンクは何かのミックスジュースらしいが、特定は出来ない味だ。


ぼくは深い息を吐くと、今後の事を考えた。


その時!

「西の山の洞窟へ行け!抜け道!抜け道!」

と声がした。


それがインコの声だとすぐ解った。

その言葉を理解できるたのは、ぼくだけだったようだ。

店の人はインコが意味不明の言葉を発しても、気にしない。


見つかった!どんな強固な城にも必ず抜け道はある。


ぼくが店を出ようとすると、女子の先輩似の店員が、手をあげた。


これはハイタッチ?

ぼくは先輩似の店員とハイタッチをした。

可愛い店員は微笑んだ。


どうやら正解だったようだ。


       

          完



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夜空には、知ってる月が輝いていると言うのに。 いつき ふみと @ituki-siso

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