下 理由はなに?
「ちょっと待て!! は? なんでそうなる?」
「いや、詩織先輩だけしか来ませんでしたし」
以上。と、締めくくる黒峰に、オレは「待った」をかける。
「おかしいだろ!! お前、桐野さんが盗みを働くような奴に見えるってのか? いやいや、だとして何でオレから盗むんだよ!? オレとアイツがいい感じなのはお前も分かってるだろ?」
「え? まぁ……はい」
「盗む理由が無いだろ!!」
「はぁ…………」
黒峰の深いため息。それは、オレの声の大きさに対するものだろうか。それとも、桐野さんを無条件に信頼することへの呆れだろうか。確かに、恋は盲目になるという。でも、だからと言って桐野さんに限ってするはずがない。というか、桐野さんにそんな度胸があるはずが無い。
――いいや、それ自体が決めつけだったのだろうか?
「オレ……桐野さんに嫌われてたのかな……」
「……はい?」
「黒峰。お前も思ってんだろ? オレって声でけぇし、ジコチューだし、空気よめねぇし……。好きだって思ってたのもオレの中だけの話であって、桐野さんからしたらウザい奴って思われてたのかな?」
「声が無駄に大きく、基本的に自己中心的で、時たま場に相応しくない発言をされることに関しては否定できないです」
「おい」
「でも、二人がいい感じなのは、否定しませんよ。――だからこその犯行なんですけどね」
「はぁ、ワケ分かんねぇよ」
すると、黒峰は「すぐにわかりますよ」と言った。それから、本当に呆れた様子で、こうも言った。
「――てか、まだ付き合ってなかったんですね」
***
それから、少しだけ経って、桐野さんが姿を現した。もちろん、盗んだ本を手にしてだ。――いいや、彼女からすると、オレがいない少しの間だけ拝借したつもりだったようだ。
だから、本を返しに来たとき、オレが席に戻っていることを知って、桐野さんは本当に青ざめた様子だった。四肢を震わせながら、オレのところにやって来ると、小さな声で「ごめんなさい」と詫びたっきり一目散に逃げて行ってしまった。
「な、何だったんだ一体……」
桐野さんは何がしたかったのだろう? 本が読みたかったのなら、一言声を掛けてくれればいいのに。――そんなことを思いながら不思議に思っていると、背中越しに黒峰の声が飛んできた。
「本はカモフラージュですよ」
「はぁ?」
「中を確認されたらどうですか?」
中?
ワケが分からないまま、本を開く。すると、特定のページが、まるで開かれるのを待っていたかのようにパカリと開かれる。――当然だ。だってそこには、栞が挟まっていたんだから。
「もしかして、これが渡したくて……?」
薄紫の花柄の少しお洒落な栞。いつも桐野さんが使っている栞だ。
ちょっと前、二人きりになって会話に困った時に、桐野さんが使っているのが目に入って、「めっちゃいい栞(しおり)。オレ、好きだわ」と言ったことがある。それで、もっと気まずくなってしまったから、この栞のことはよく覚えていた。
ふと手に取って、裏返してみたりする。
そこで、文字が書いてあることに気が付いた。
――好きです。
「え? えッ!?」
ただただ困惑するオレに、黒峰は今日何度目か分からない「うるさい」を投げた。それから、本当に呆れた調子でこう言った。
「気持ちをちゃんと伝えたい。でも、あれだけオドオドしてるんですよ。そんな人が、直接渡せるわけないじゃないですか」
***
恐らく桐野さんは、オレが席に戻ってきたら、栞が本に挟まってるっていう
それなら、栞の方を持ってくればいいじゃないかと思ってしまうが、隠したいという気持ちが――本に挟むという目的の方が、いつの間にか優先されて、冷静な動きができなくなってしまったんだろう。
「先輩」
「なんだ?」
黒峰は呆れ顔で、小さく苦笑いを浮かべていた。
「いつまで突っ立ってるんですか? 早く、へし折った分のロマンチックを弁償してきてください」
リトル・キャレル・ミステリー げこげこ天秤 @libra496
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