リトル・キャレル・ミステリー

げこげこ天秤

上 事件おきた!

「無い!! 無い無い無い無い無あああぁぁぁぁい!!」



 オレの叫び声は、研究室棟に響き渡った。いやいや、これが叫ばずにいられるか。だって、個席キャレルに置いていたはずの本が消えていたのだから。


 え? なんで? なんで? なんで無いの? 机の下、上、横を探す、探す、探す、けれど、無い!! 無い!! 無い!!


 いやいや、おかしいじゃん。だって、数分前までは確かにあったはずだ。それこそトイレに行く前まではあった。確かにあった。それが、戻ってみればこれだ!!


 チクショウ!!

 やられた!!

 盗難だ!!


 うわぁ、なんでだよ……。よりによって、図書館から借りた本。高いから買わなかったやつだ。やっぱ、弁償しろってなるのか――



「……るさいですよ」



 と、後ろの席の主が、冷たい視線を投げて来た。


 黒ロングの女子で、黒峰って名前の奴。同じゼミの後輩だ。だが、正直なところオレはコイツが苦手だった。切れ長の目はなんか怖いし、基本的に口数は少なく、「私に関わるな」というオーラを放っている。好意的にとらえるんなら、サバサバしてるって言うんだろう。でも、ゼミ内の議論でボコされて以来、コイツとは距離ができていた。



「わ、わりぃ。でも、本が消えたんだ!!」


「それ、聞こえてましたから」


「いや、盗まれたんだ!! なぁ、誰が盗んだか見てねぇか!?」


「……チッ……るさいなぁ……」



 ……あ、すいません。と咄嗟に、黒峰はどこまで謝る気があるのか分からない謝罪をした。が、これでコイツがオレの事を先輩として見ていないことはハッキリした。



「……もういいよ、タメで」


 オレはへたへたと椅子に座り込む。


「どーせ、オレのこと馬鹿だと思ってんだろ? 無防備に本を置きっぱにして盗まれるマヌケだと思ってんだろ?」


「……」


「いいさ。結局、先輩がいて後輩がいるんじゃない。後輩が崇めるから先輩は先輩でいられるんだ。いくら先輩ヅラしたところで、後輩がクソだと思えば、そいつはクソなのさ」


「――いや、そういうのいいんで、話すすめませんか?」


「おい」



 コイツ。慰める気もないのか……と思いきや、どうやら黒峰は本を探すのを手伝ってくれるようだった。椅子から立ち上がり、俺のキャレルの前に来ると、一通り様子を見てから、「どんな本なんです?」と訊いてきた。



「え、えっと、ハードカバーだよ」


「どれくらいなんです?」


「こんくらいのサイズの――」


 俺はB5ほどのサイズを手で示す。それから、5センチ弱くらいの太さであることを指で示した。


「で、タイトルなんだが――」


「あ、そこまではいいんで」



 え、何コイツ? オレは段々と腹が立ってきた。そうなると、コイツが犯人なんじゃないのかと根拠のない疑いまで浮かんできた。自然と視線も黒峰の机の上に向かう。が、目に映ったのはオレと違ってきちんと整理された机の様子だった。


 そりゃあ追い抜かれますよ。


 だって、コイツはオレと違って寝食を忘れるほどに研究熱心で――



「――って、ちょっと待った!! お前、もしかしたら犯人見たんじゃないのか? オレが席を外している間、誰か怪しい奴を見かけなかったか?」


「怪しい人? いえ、見かけませんでした。来たのは、詩織しおり先輩だけだったと思いますけど……」



 桐野きりの詩織しおり

 オレの同級生の女の子だ。


 それこそ、黒峰とは正反対。引っ込み思案で、なかなか自分の意志をはっきりと示すような奴ではない。いつもゼミでもモジモジしていて、言いたいことがあっても指名されるまで喋らない奴だ。――それから、オレに好意を寄せてるんじゃないかと思う節がある。



「き、桐野さんが!? 来たのか?」


「はい」


「え……なんで?」


「知らないですよ」


「ほ、他には来なかったか?」


「他には来なかったですね」



 いつもは、図書館で勉強している桐野さん。本当は、個席が欲しかったようだが、抽選はハズレてしまった。そんな桐野さんが、わざわざオレの個席へやってくる……オレの様子でも見に来たのだろうか? そう考えると、ちょっとニヤニヤしてしまう――


 ――って、おいおい!! これじゃあ、桐野さんが犯人みたいじゃないか!! いやいや、ありえない。黒峰ならともかく、桐野さんに限ってそんなことするわけ無い!! だって、アイツはいっつもオドオドしてて、どこに行くにもビクビクしてるんだ。そんな奴がやるわけないじゃないか!!


 ましてや、アイツはオレに好意を抱いてる!! そんな奴が、オレから物を盗むとでも? ただでさえ盗みなんてするような奴じゃないのに――



「――なんじゃないんですかね?」



 ところが、黒峰の考えは違ったようだ。


 気だるげな視線をオレに投げると、壁に腰を預ける。――そして、そんな彼女の中では、すでに事件が解決していた。



「犯人は詩織先輩ですよ」





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