起動

高黄森哉

起動して欲しい器械があるんだ

 眼の前が急に明るくなった、と思えば、そこは密室だった。部屋は長方形で、窓はなく、あるのはベットと洗面器、開放的な便所と、ボタンのついた謎の装置だけだ。そして、その清潔なベットの上に、青年が横になっている。


「ん、」


 むくりと起き上がった青年は、部屋を眺める。天井は、白く発光するパネルで覆われていた。ベットの傍には、謎の器械、洗面器と便器。扉はない。


「なんだこれは」


 状況を把握できていない青年は、とりあえず機械に近寄る。側面には管が這っていて豆苗を彷彿とさせる。天辺は平らで、正方形をしている。四角い板が、大量の管に寄って支えられているような構造だ。管は鏡面になっていて、リコーダーのように、排気口が穿たれている。青年は、新種の楽器かと思った。

 断続的なノイズに合わせて、装置が震える。正方形の中央が開き、紙を乗せた大がせり上がってきた。そこには、こう書いている。


 起動セナ、死ヌデ


 電源が落ちる。テレビが切れる音がした。無駄に白く明るかった部屋が暗闇の中に落ちる。空間がオフになった次の瞬間、それは開始された。長方形の壁が光り、数字を並べた表示が、下がっていく。それは、カウントダウン。


 五十九秒 五十八秒


 青年は焦る。焦りから思考力が落ち始める。赤い数字が急き立て、心臓が速く打つ。赤い表示が拍動するたび、機械が微かに見える。それを頼りに、装置の起動を試みる。

 正方形の板の中央には、いつの間にか、一つボタンがあった。頭が扁平な、赤いボタンだ。ボタンの周りには、四角く黄色と黒の警告線が引かれている。考えなしに触るのは、ためらわれた。


 五十二秒 五十一秒


 困ったことに、ボタンの前には、ノーの表示があった。そのため、ボタンを押すことは出来ない。なにか手順があるに違いない。そう信じて、管の隙間を探るが何もない。


 四十五秒


 ベットをひっくり返す。布団を引き裂いて、中身を取り出す。枕も同様だ。力任せに破壊する。


 三十五秒

 

 壁を舐めるように観察する。手の感触で凹みや熱いところがないか、調べる。骨にひびが入りそうな勢いで叩き、空洞を検査する。


 二十五秒

 

 壁一面の巨大な文字盤を止めるべく、ベットの折れた破片で傷をつけようともがく。へし折れたささくれが、右手に深く刺さる。


 十五秒


 諦めた装置の管の数を数え始める。管の数だけ、特定の行動をしてみる。例えば、文字盤をノックする。


 十秒 九秒

 

 洗面器を破壊して破片をかき集める。


 八秒 七秒


 裸になって体を探ってみる。


 六秒 五秒


 便器の中に手を突っ込んで、とっかかりを探す。そのまま、流してみる。自分が糞便になったような惨めな気持ちが、便器の中で、グルグルした。


 四秒

 

 ガラスを殴って破片まみれになる。刺さった破片を一つ摘まむ。


 三秒

 

 大きな、ガラス片をナイフにして体の中を調べようとする。筋肉を割くために滑らせるが意味がない。


 二秒

 

 一番簡単そうな男性器を切って中身を探す。完全に断絶されたソーセージを、床の上で開きにする。陰嚢も裂く。中から、白い楕円が紐付きで飛び出る。中をえぐってヒントを探す。


 一秒


 少年は、首を掻っ切ろうとして、なまくらの破片を突き立てている。


 ゼロ秒

 

 リコーダーの穴から笛のようにガスが漏れだした。その蒸気は、少年を殺めてしまう。部屋に血だらけになった人間の死体が横たわっていた。結局、正解はなんだったのだろうか。それとも、少年は、理不尽に殺されたのだろうか。

 さて、問題の装置の上部にはボタンがある。そのボタンにはNOと書かれている。しかし、反対岸から見るとこれが変わって来る。そこには、ONとある。そして、ボタンを押すと装置は起動する。



 つまりは、

 問題をよく読み、行き詰ったら問題の見方を変えた方がいい

 というわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

起動 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る