第52話

 「あそこの船のどれかだろうけど、賊が動くまでは確定できない。

暇だから早く行動を起こさないかな」


港に停泊する4隻の大型船を離れた場所で眺めながら、私はそう愚痴る。


かれこれ1時間近く、ここで待っているからだ。


「本当にね。

早く終わらせて帰りたいわ」


同じ様に暇を持て余すリーシャが、もう飽きたと言わんばかりの顔をする。


「女神様のご依頼なんだから、もっと真面目にやらないと駄目よ。

騎士団時代は、このくらい当たり前だったわよ?」


ミーナが苦笑しながらリーシャをたしなめる。


因みに、賊の強さが不明なので、ゼマは家で留守番をさせている。


「幾ら夜中とはいえ、堂々と出て来るはずがないよね。

隠密魔法は必須かな」


「【便利屋】が主体なのは間違いないでしょうけれど、見つかった際の戦闘力は確保しているはずよ。

戦いになったら躊躇わないでね」


隠密魔法自体は、<全状態異常耐性>を持つ者ならば、そのランクが高いほど見破ることは容易たやすい。


隠密魔法は生物の精神に働きかける魔法なので、状態異常攻撃と同じなのだ。


「『試練』には賊の殲滅とも書いてあるから、殺しちゃっても平気だけど、余裕があれば捕まえて、騎士団からの報奨金や、奴隷に売って稼ぐのもありかな」


「提示された報酬からして、そんなに楽な相手でもなさそうだしね。

ケースバイケースでいきましょ」


その時、夏海の脳内で展開する地図に動きが起きる。


「動いた。

右から2番目の船。

・・結構な人数がいる。

12人くらい」


「多いわね。

捕まえるにしても、少しは人数を減らさないと逃げられるかもしれないわ」


「仕方ないね。

警告に従わない時は、とりあえず3分の1くらいに減らそう」


敵が全員船から降りたところで、彼らのステータスウインドウを調べる。


「あれ、犯罪歴に表示がない人が何人かいる。

何でだろう?」


「・・彼らからしたら、国の任務でやっているだけかもしれないもの。

まだ略奪行為をしていなければ、その人には罪がない」


「動機で予備罪が付かないのか。

じゃあ捕まえるのは、まだ罪名が付いていない人にしよう。

男性は全員黒。

無罪なのは女性の3名だけだね」


「ちょうど良いわ。

3人で1人ずつ捕まえましょ」


敵があと20mの所まで来た時、隠れていた場所から飛び出す。


「そこで止まってね。

抵抗しなければ殺さない。

大人しく捕まってくれないかな?」


「・・何故分った?

しかもどうやら我々が見えるみたいだな」


先頭に居た男が静かにそう言ってくる。


やはりよく訓練されている。


他の者達にも一切の動揺が見られない。


「できれば殺したくはないんだけど、そっちはそうでもないみたいね」


賊達がそれぞれのステータスウインドウを、殺意で満たし始めている。


「お前達は俺達がどの船から出て来たのかを見ている。

生かしてはおけないな」


「そう。

ではさようなら」


女性を除いた9名に、火魔法レベル3を打ち込む。


咄嗟に躱した4人には、リーシャ達が魔法で追撃している。


炎で焼かれながら、リーダー格の男が私に攻撃を仕掛けてくるが、難なくその首を刎ねる。


残りの4人は即死。


避けた男達も、2人は直ぐにリーシャ達に打ち取られ、あとの2人も私の炎に焼かれる。


残された3人の女性達は、これが初任務なのか、武器を構えながらも、感情欄に動揺と逡巡しゅんじゅんが見て取れる。


殺意は既に表示されていなかった。


私は彼女らに突っ込み、盾で殴りつける。


「リーシャ!」


その意図を察した彼女が、傷ついた女性達に<魅了>を用いる。


訓練を受けたはずの彼女達は、本来ならEランク程度の<魅了>にはかからないのかもしれないが、意外にあっさりと術を受け入れた。


大人しくなった3人に回復魔法を掛け、予め用意しておいた『隷属の首輪』を嵌めて貰う。


奴隷商の女主人から購入したこの首輪は、装着時に相手に抵抗の意思がないこと、受け入れる意思があることで一時的に奴隷契約に近しい効果(当人が嫌悪する行為は命令できない)が得られ、相手に1つだけ制約を付けられる。


抵抗の意思がなくても受け入れる意思が必要なことから、寝ている時など、意識のない相手には効果がなく、嵌めようとしても嵌められない。


詐術(ここでは言葉によるもの)を用いて嵌めさせたり、錯誤による装着は、使用者の動機によって弾かれる。


最大で3日しか効果が持続しない(その時間に達するとひとりでに外れる)ため、それまでに真の奴隷契約、若しくは別の対処が必要になる。


女神によって特別に製造を許された品ゆえ、そのアイテムには装飾や細工による偽装ができず、12歳以下の者には使用できない。


このアイテムを正当な理由なく使用した者は、犯罪歴にその事実が記載される。


以上のことから、奴隷商以外の者の使用にも、各国の許可が下りていた。


因みに、<魅了>は女神に認められているスキルであるが、使用された者は状態欄にその記載がり、ランクによって成功率、及び支配できる内容に差が出る。


単純な行動や作業なら低ランクでも従わせることができるが、性行為を強要するような命令は、女神が絶対に認めないため、たとえSランクでも不可能である。


また、<魅了>と<催眠>は全くの別物で、<催眠>はただ相手を眠らせるだけである。


私は彼女達に守らせる制約として、『自害の禁止』を選択した。


任務に失敗した賊が、最も取り易い手段だからである。


この町には迷宮がないから、領主の衛兵はいるが、騎士団は常駐していない。


なるべくなら貴族とは関わり合いになりたくないし、第7迷宮の町まで、捕まえた女性達を連れて行くことにする。


死んだ者達の身分証を拾い、遺体はそのままにして、総勢6人で町まで跳ぶ。


真夜中にも拘らず、騎士団の兵舎のドアを叩くと直ぐに人が出てきてくれて、事情を簡単に説明し、3人の女性を引き渡す。


ミーナがいるので、何故賊の襲撃が事前に察知できたのかをごまかしても、騎士達はこちらの説明を受け入れてくれた。


ただ、夜が明けてから、もう1度ここに来て、尋問に協力して欲しいとお願いされる。


<魅了>を使ったことも話したし、『隷属の首輪』も外していないから、仕方がないのかもしれない。


3人で一旦家まで帰り、リーシャとミーナには、起きて待っていたゼマ共々、先に寝て貰う。


私はもう1度タゴヤの町まで跳び、現場に戻ったが、既に遺体は片付けられ、関係する大型船は出港した後だった。


ステータスウインドウの『試練』の項目を確認すると、『達成済み』の表示と共に、報酬の携帯浴場がアイテムボックスに入れられていた。


事件の真相解明はまだこれからだが、とりあえずは達成を喜び、家に帰るのだった。

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