第51話

 「・・女神様から『試練』が届いてる」


朝の5時。


いつも通りに目覚めた夏海の脳内で、女神からの連絡を知らせる点滅が繰り返されていた。


『 タゴヤの町で、海賊の侵入を阻止せよ


明日の夜、タゴヤの港から、他国の海賊が略奪目当てに侵入してくる。

住民に被害が出る前に、速やかにこれを阻止、若しくは殲滅せよ。

完全成功報酬は携帯浴場、若しくはボーナスポイント20。

1人でも逃した場合は白金貨1枚。

3人以上逃せば失敗。

なお、この試練は任意である。


試練を受けますか?  はい  いいえ 』


ステータスウインドウを開き、点滅を繰り返す『試練』をタップすると、上記の内容が表示される。


躊躇わずに『はい』を選択する。


報酬の携帯浴場に、目が釘付けになったからだ。


お風呂場が携帯できるなんて今一つ想像が付かないが、どんな場所でもお風呂に入れるのなら、是が非でも欲しい。


明日は休日だし、今夜の内に準備をして、万全の状態で臨むことにした。



 日課の遠乗りや土木作業を終え、今日は朝からギルドに顔を出す。


カナエ達のギルドランクをCに上げて貰い、馴染みの店を数軒回って白パンと惣菜を買い占めて、迷宮に向かう。


ゼマを7階層で降ろし、カナエ達を11階層に連れて行く。


「この階の魔物はレベル1の魔法を使うの。

そういう相手は初めてでしょうけれど、慣れれば避けられるし、盾で受けてもそれ程のダメージにはならないと思う。

ここで見ているから1戦だけ戦ってみてくれる?」


「「はい」」


2人が手近な相手に向かって行く。


彼女達が攻撃する前に、それぞれ土魔法を1発ずつ食らったが、よろけもしない。


相手に距離を取らせず、常に接近戦で戦い、2分弱で倒した。


彼女達のHPを調べると、2人共10以下しか減っていない。


「大丈夫みたいね。

念のためにHP回復薬を2本ずつ渡しておくから、危なくなったら躊躇わずに使って。

私を呼んでくれても良いから。

・・お昼に様子を見に来るね」


「ありがとうございます」


話の途中で向かって来た魔物を迎撃するカナエに代わり、サナエがそう言って頭を下げた。


2人の邪魔になる前に、サナエに回復薬とお弁当を渡して、自分達も28階層に跳ぶ。


「さて、今日1日で風の弓が幾つ溜まるかな」


「私達はどうすれば良いの?」


「申し訳ないけれど、適当に魔法を打ちながら、盾で相手の攻撃を防いで付いて来てくれる?

階段を見つけたら、一旦上に上がって、2人で先に戦って貰っても良いし。

ここはアイテムが欲しいので、止めは私が刺すから」


「分ったわ。

盾や魔法のレベル上げに勤しんでいれば良いのね」


「うん、ごめんね」


「謝らなくても良いわよ。

稼げる時に稼いで、休める時に休みましょ」


「なら私は、障壁魔法の練習をしながら歩くね。

盾役の私は、覚えておくに越した事は無いし」


「ああ、そういえばそれがあったわね。

私もそうする」


「じゃあ私は、2人が集中できるように、魔物を1体残らず倒していくから」


火魔法をレベル3に切り替え、歩きながらどんどん倒していった。



 「夏海様、午後からは上の階に行ってみたいのですが・・」


お昼に様子を見に来たゼマから、いきなりそう告げられる。


「もうここでは相手にならない?」


「はい。

何と無くですが、経験値も貯まり難くなっている気が致します」


彼女のステータスウインドウを見ながら、少し考える。


「・・9階層に行ってみようか」


恐らく、8階層では大して変わらないだろう。


「はい、ありがとうございます」


その場で彼女と一緒に転移して、近くのリザードマンと戦って貰う。


魔法を駆使しながら、1分もしないで倒し切る。


しかも、わざわざ1回だけ相手の攻撃を盾で受ける余裕まである。


そのスピードが相手と段違いなのだ。


「強くなったね。

じゃあ午後はここで頑張って」


メイド風のお辞儀をする彼女と別れ、今度は11階層に。


「預かり物はある?」


お弁当を食べている2人に、そう尋ねる。


「魔石は持てるのですが、杖が1本落ちたので、お願いできますか?」


「魔法の杖ね。

村に【魔法使い】は居るの?」


「残念ながらおりません。

まだ神殿に行っていない子供の中に、居る可能性はありますが」


「・・じゃあ午後は12階層でオークと戦う?

肉1㎏か鉄の斧が落ちるよ?

推奨レベルも1しか違わないから、2人なら大丈夫かな」


ステータスウインドウを見ながら、彼女達に回復魔法を掛けてやる。


「挑戦してみたいです」


「私も」


肉と聴いて、彼女達の瞳に更にやる気がみなぎる。


「お弁当を食べ終えたら行ってみよう」


その場に腰を下ろし、彼女達が食べ終えるまで少し雑談に興じた。



 12階層での戦闘を見届けて、28階層に戻って来る。


先に戦闘を始めていたリーシャ達に合流し、火魔法で敵を瞬殺しながら階段を探す。


夕方5時45分、今日だけで25㎞進み、この階層のマップを完成させる。


途中で階段を見つけたが、リーシャ達がもう少し障壁魔法の習得に励みたいと言うので、そのまま付いて来て貰った。


私はカズヤのお陰で割と直ぐに覚えたが、彼女達はまだ1回も成功していなかった。


風の弓も220程溜まり、次は29階層から始めるつもりだ。


入浴後、カナエ達を送り届けて、自分は1人だけでタゴヤの町に来た。


理由を話すと他の3人も付いてきたがったが、今日は地図作成だけなので、1人の方が良いとやんわりと断る。


明日は休日だが、夜だけは『試練』の手伝いを頼むから、その分、今日は早く寝て貰った。


閉門間際の町に入り、広い町中を回復魔法を掛け続けながら走り回り、地図を完成させる。


約6㎞四方の町を、10分もしないで走り終えた。


各ジョブのレベルが上がり、身体能力が大幅に強化された今では、このくらいなら何て事は無い。


味噌を売る店も確認したし、思ったよりも早く済んだので、迷宮に寄って帰る。


決して夜は入場無料(徴収係の騎士達がいない)だからではない。


1階層から順に見ていき、4階層でエンシェントトレントを見つけて倒すが、何も落ちない。


巻き込まれて消えたトレント達のドロップ品を見て、トイレットペーパーを補充することにして、1時間程無双する。


家に帰り、ざっと湯を浴びて、この日はそれで眠りに就いた。



 翌朝6時。


今日は休日だが、少しでも早くレベルを上げたいカナエ達のために、村に行って遠乗りをし、彼女達を迷宮に連れて行く。


リーシャ達は家で休んでいるので、自分1人だけで28階層に跳び、ガルーダ相手に風の弓を稼ぐ。


12時になるとカナエ達の所へ行き、ドロップ品を預かって、一緒に昼食を取る。


休日はミーナにもきちんと休んで貰いたいから、平日に作り置きして貰ったお弁当をアイテムボックスに溜めるようにしていた。


「サナエの弟さんの訓練は順調?」


「はい。

どうにかきちんと剣と盾が扱えるようにはなりました」


「村の人で、他にも自主的に訓練してる人は多いの?」


今度はカナエに聴いてみる。


「うちの村では、10歳までに多少の読み書きと計算を教える決まりなので、小さな子達はそれをしていますが、10歳以上の子の中には、農作業だけでは飽き足りない子もいて、そういう子達はこれまで時間を持て余していました。

若い人が村を離れる理由も、余暇にやる事がないからです。

外で狩りに出ようにも、満足な武器すら無い。

新たに仕事を創り出そうにも、十分な資金が無い。

夏海さんが村にいらしてくださるまでは、ずっとそんな感じだったんです」


彼女はサナエの方に視線を送り、お互いに苦笑し合う。


「けれど、夏海さんとリーシャさんのご尽力のお陰で、村は今、見違えるように活気づき、皆何かを始めようと意気込んでいます。

私達の姿を見て、自分達も強くなろうと剣を振る10代の子供達が増えました。

訓練だけではジョブも経験値も得られませんが、いざ実際に戦い出せば、習得が速いのは証明されています。

今の所、他にも7、8人が自主訓練しているようです。

幸いにも、村で所有する鉄の剣が希望者の数を大幅に上回っておりますので、その内熟練者には贈与できるようになると思います」


嬉しそうにそう告げるカナエ。


1日1時間の遠乗りでも、自分はあと2週間くらいでギベの町に着くだろう。


そうすれば、私がソニの村ですることはなくなる。


最初はそれで援助を終えようと考えていたのだが、この2人の頑張る姿、少しずつ発展していく村の様子を見てきて、考えが変わってきている。


これからどうしていくのが正解なのか。


いろいろと考えを巡らせながら28階層に戻って午後の戦闘を始め、今日は夜にやる事があるので、16時には切り上げて、入浴後、2人を村に送り届けた。

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