幕間4 ついに始まってしまった天才軍師メイヤーちゃんの昇進話


 王国会議。

 本日も開かれた『勇者ちゃんを卒業させようクエスト会議』にて、メイヤーはいかにも沈痛な面持ちで頭を下げていた。

 今回の写真クエストを考案したのは、メイヤーだ。

 国王様をはじめ、お偉方の期待を背負ったクエストが失敗したとなれば、彼女の責任は免れないだろう。

 もっと努力出来たのではないか。

 頑張れたのではないか。

 メイヤーは、心の底から後悔を……

 もちろん、していなかった!

(計画通り! 私はこれで、王国会議をクビになる! そして私は普通の牛飼いになる……!)

 最近なぜか天才軍師だとか、勇者ちゃん達への最後の切り札と言われているけれど、そろそろ普通の少女に戻ってみせる。そう決意したのだ。

「メイヤー殿」

「は、はいっ」

 王様の威厳ある声。

 これからメイヤーは、クビにされることだろう。

 笑うな。

 まだ笑うな。

 次の一言で国王陛下から宣告を貰い、メイヤーがただの初心者、そして牛飼いに戻るまで。

 決して喜んではいけないーー

「じつに。……じつに素晴らしい成果だっ」

「……はい?」

 聞き間違いだろうか。

 ぽかんとするメイヤーに、円卓会議のあちこちで拍手がわき起こる。

「え? 私、失敗したのですけど……?」

「うむ。確かに失敗は悔やまれる。あと一歩のところでクリアだっただけに……実に惜しい。が、それよりも!」

 席を立った陛下は、まるでメイヤーを神でも崇めるように、恍惚とした表情を浮かべて。

「今回は………………爆発、しなかった」

「はい?」

「そう、爆発しなかったのだ!!! これがどれだけ凄いことか!!!」

 王様が興奮のあまり涙を流し、居並ぶ大臣達まで感動に打ち震え、胸に手を当てていた。

「今回は、山が爆発しなかった!」

「ダンジョンも消し飛ばなかった!」

「隣国の姫を救って国際問題にもならず」

「うっかりゴーレムが円卓会議で暴れたりもせず」

「何も。そう、なにも起きなかった……これぞ天才のなせる技……!」

(なに言ってるんだろうこの人達)

 メイヤーは氷点下までに冷め切った視線でつい思ったが、そういえば勇者一行はだいたい爆発していた。

 失敗を繰り返した国王陛下にとって、それは奇跡だったのだ。

 ご高齢な陛下は感涙の涙を浮かべ、ただ一言。

「もう……ワシが居なくても、王国は安泰であるな……」

 そういい残して、バタっと倒れた。

「「「陛下ぁーーーーっ!」」」



 半刻の後、会議室で待っていたメイヤーの元に戻ってきたのは青ざめた高官達だった。

「あの……陛下は」

「……残念ながら……」

「え……」

 王国会議ではお茶目な一面もある陛下だが、一応国のトップを担う人物だ。

 アズリア王国の行く末はどうなるのか。

 大臣の一人が重い溜息をつく。

「持病の腰痛が悪化してしまい、しばらく安静とのこと。メイヤー殿の報告に喜びあまって、勢いよく立ち上がり、魔女の一撃を受けたようだ」

「いまの陛下に、王国会議は荷が重すぎる……」

「やむを得ん。しばらくの間、陛下にはごく普通の王様として、普通に公務に当たってもらう他ないだろう」

(普通とは???)

 一部理解できない言葉が混じっていたが、たぶん、王国のお偉方には通じるのだろう。

 無理やり飲み込んで、メイヤーはふと空席となった陛下の椅子に気づく。

「では、この会議はどうなるのでしょうか」

 大臣達は顔を見合わせ、すっとメイヤーに手を差し伸べた。

 目の前には、陛下の椅子。

「は……?」

「冗談です、メイヤー殿。本心ではそうしたい気持ちも山々ですが……王国会議の上座は、玉座にして王国の支配者たる者の場所ですから」

(ですよね! 良かったー!)

 胸をなで下ろすメイヤーだったが、すると会議の主は誰が担うのだろう。

 その疑問に答えるように、大臣のひとりが声をあげる。

「実は、陛下を病室へと運ぶ途中で、王国のとある人物に事情がバレてしまい……本来は秘策中の秘策としたかったのですが、その方にお招き頂くこととなりました」

「秘策?」

「はい。できれば秘策のまま、ずーーーっと出てこないで欲しかったのですが……」

 一体誰なだろう、とメイヤーが思考を巡らせるよりも早く、その人物は現れた。

 完璧、という言葉がまず浮かぶような美少女だ。

 神より祝福を賜ったかのように輝く、金色の髪。

 端正な顔立ちに込められた瞳はルビーのように赤く、歩くだけで人目を惹く絶世の美女。

 同時に、男装すらも似合うような気品の高さ。

 その人物はメイヤーにさわやかな笑みを浮かべ、軽い握手と共に名を告げる。

「初めまして、噂に名高き天才軍師メイヤー君。ボクの名は、アストリアル=アズリア。この国で、王女様なる役割を務めさせて頂いてる者だよ」

「お……王女殿下……?」

「気楽にアストと呼んで欲しい。これでも君とボクは同い年なんだ」

「あ……は、はいっ。よろしくお願いします」

(って、しまったー! よろしくお願いしますではなく、辞退の話に持って行くはずだったのに!)

 長いものにはつい巻かれる体質が、骨身に染みてるメイヤーであった。

 くすくすと、アストと呼ばれた王女が笑う。

「メイヤー君。君の噂は聞いているよ。いま国で最も頼りになる軍師だと。王国会議でも引き続き、その才を発揮して貰いたいし、適うならボクの部下になって欲しい」

「……おお……国の麗しき英知が二人……」

「これが未来の王国のあり方だ、その目に焼き付けておけ」

「ふっ……我が国の将来も、捨てたものではないな……」

(どんどん外堀が埋められている!)

 高官達や大臣からまたも視線が浴びせられ、メイヤーは震え上がる。

 逃げたい。

 でも逃げられない。

 王女殿下は気にすることもなく、パンパン、と手を鳴らして静寂を促す。

「では状況確認から始めよう。ボクに内緒でこんなに楽しい……」

(楽しい!?)

「じゃなかった、このような大事な会議が行われていたと、いま知ったばかりでね。些か緊張しているんだ。まずは冷静に情報を分析し、いかに面白おかしく……ではなく、頑張って卒業させるよう皆の協力をお願いしたい」

(あっ、ダメだこの人いやな予感しかしない)

 この日、王国会議は新たなる主を迎え。

 そろそろ逃げられなくなってきたメイヤーと共に、王国会議は新たなる第二幕を迎えるのだが、それはもう少し先の話である。

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うちの勇者ちゃん達がレベル99になっても初心者の館を卒業しない件について 時田 唯/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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