4―9 初心者勇者、塔の頂上で写真を撮る


 満天の星空という言葉を使うのなら、こんな空しかない、とミナは思う。

「わああっ……! 夜中のお月様! すごーい!」

 屋上でミナ達を迎えたのは、手を伸ばせば満月に届きそうなほどの、夜空。

 きらめく星の川。

 遠目には月明かりに薄くきらめく湖。そして遠方にはうっすらと街の光が灯り、遠目には目的となる雄大なベーネティア山脈が並んでいた。

「妾の住まいは、満月の塔。その夜景が至宝であるのは当然であろう?」

 闇神様が自慢げに語り、さて、とシャノの前に立つ。

「それでは【僧侶】シャノ=グラスリーフよ。試練を突破せしそなたに、力を授けよう」

「は、はいっ」

 緊張するシャノに、闇神様が虚空より暗黒色の首飾りを召喚する。

 魔力が詰まった宝石を、シャノがゆるりと首につけると、ほわりと黒い光が瞬いた。

 これが闇の魔力を込めた試練突破の証らしい。

「シャノちゃん。魔法、試してみようよ!」

「はい!」

 新たな力を手にドキドキしながら、杖を手にするシャノ。

 その先端に闇色の魔力を浮かべ、瞼を閉じる。

「では行きます! 【プロテクション】!」

 シャノが無詠唱で魔法を発動し、空間にふわりと光を放つ。

 ゆらりと空間が揺らぎ、現れたのは……

 さっきと変わらない、薄っぺらい結界だった。

「あ、あれ? 【プロテクション】! 【プロテクション】!」

 何度か試すも、出てくるのは薄い紙切ればかり。

「えーと。闇神様?」

「……魔力が上昇しているのは嘘ではないぞ。ただ、詠唱破棄できる程ではないのだ。というか、そなたは持ち前の体質が強すぎるせいで、詠唱を挟まないと魔法に強力な下降補正が入るらしいの」

「ええええっ!?」

「こればかりは資質ゆえ、諦めるがよい」

 杖を取り落とすシャノ。

 結局、彼女の詠唱に変わりはないのであった。

「そんなぁ……」

「まあ、落ち込むのも理解できる。が、そなたはもっと大切なことを理解したであろう?」

「え?」

「先の試練で、見事に見せたではないか。……そなたは詠唱破棄の試練を受けてもなお、仲間を守りたいという【僧侶】の矜恃を捨てなかった。詠唱を破棄せよという試練に対し、失格覚悟で、仲間を守るために詠唱をしたのであろう? その詠唱を誇ることはあれど、卑屈に思うことはあるまい」

 【僧侶】シャノの防護はパーティの要だ。

 彼女が失敗すれば、みんながダメージを受けてしまう。

「そうだよ、シャノちゃん。詠唱が変だなんて、気にすることないよ」

 ミナがシャノの手を取り、にっと笑う。

 白い歯を見せた笑顔は、月夜の下でも、太陽のように明るく眩しい。

「ん……シャノはみんなのために、頑張ってくれた。嬉しい」

「そ、そうですか?」

「うん。それに、詠唱ができるだけ凄い」

 こくこく頷くリリィ。

「まあ詠唱が変なんて、よくあることですわ。わたくしも、鎧がないと戦えない騎士ですもの!」

「闇神として助言するが、そこは改善せよ」

「突っ込まないでくださいませ!」

 もうっ、と怒るユルエールだが、彼女があえて自分の弱点を晒して茶化してくれたことくらい、シャノだって理解していた。

 それでも恥ずかしさから、シャノはつい頬を掻いて照れてしまう。

「もう……なんだか、改めて言われると、くすぐったいですね」

「ま、こういう話は冒険に出た先でなければ語れぬものよ。遠回りでも届けばよし、とな」

 シャノがつい照れていると、闇神様が「さて」とミナ達全員に向き直った。

「では、そなたらにはもう一つ、妾からの贈り物を届けよう。試練突破のご褒美じゃ」

「え? 何だろう」

「まあ褒美というほどでもないが……ほれ、時間じゃ」

 闇神様の合図とともに、ミナの横顔へ、眩しい光が差し込んだ。

 目を細めて見上げると今まさに朝日が登り、ミナ達を包んでいた闇が払われていく。


 夜明けだ。


「おおー……!」

 さわやかな風とともに世界が光を取り戻し、ミナの視界に世界が広がっていった。

 湖を囲う湖面。

 遠くに見える、王都の姿。

 そして、雄大なベーネティア山脈のすべてが露わになる。

 ミナ達は瞳を輝かせ、そして本題のクエストを思い出した。

「よし。写真、撮ろう! シャノちゃん、セットお願い! 今日は満月の塔突破と、シャノちゃんの詠唱可愛い記念だよ!」

「何ですか、その記念。……でも、分かりました」

 リリィのアイテム袋から取り出し、シャノが山脈を背景に写真魔法具をセットする。

 記念とばかりにミナ達が笑顔で並び、魔法具の遅延機能をセット。

 ちなみに撮影遅延機能は、リリィが改造して作成したものだ。

「シャノちゃん早く早く! そうだ、闇神様も一緒に!」

「なに、妾もか? しかし……」

「いいからいいから!」

 攻略記念なのだし、ミナは仲間達と沢山の思い出を作りたい。

 みんなを集め、ピースをしながらにこーっと笑う。

「はーい、みんな写すよー!」

「ちょっと、ミナ。もう少し詰めて頂けます!?」

「ん……(隠れようとするリリィ)」

「ダメですよ、リリィさん。恥ずかしがっては」

 シャノに引っ張り出され、リリィがちょっと恥ずかしそうに目を逸らす。

 カチッ、とちいさな音とともに、写真の保存が完了した。

「よーし、クエスト完成!」

「今回こそ完璧ですわね!」

「あたし達、ついにクリアだよ!」

 ハイタッチをするミナとユルエール。

 恥ずかしそうにしつつも、唇を綻ばせるリリィ。

 一緒に写っても良かったのかな、と笑っている闇神様。


 そんな彼女達を、シャノはこっそり長めながら。

 この素敵な仲間たちを守れるなら……恥ずかしい詠唱でも、頑張って使っていこう、と。

 密かに決意しながら、にこりと微笑むのだった。

 まあ、恥ずかしいものは結局恥ずかしいんですけど、と思いつつ。


     *


 で、翌日。

 初心者の館に魔法写真機を現像して貰うと、ロジーナさんはなんとも渋い顔をした。

「この写真なのですけど。皆さんの笑顔の面積が大きすぎて、ベーネティア山脈が写ってないのですが……」

「「「えええええーーーっ!」」」

 あまりのショックに、写真撮影を担当したシャノがぶっ倒れた。

「シャノちゃーーーん!」

 今回もやっぱり駄目だった。

 けど――

 本当はそんなに悪い気もしてない、シャノであった。

 倒れたのは単に、写真撮影のときテンションが上がりすぎて、失敗したのが恥ずかしかっただけなのだから。



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 初心者の館 クエスト報告レポート


 クエスト:ベーネティア山脈の写真を撮ってきてください!

 結果:失敗/写真にベーネティア山脈が写っていなかったため

 取得アイテム:

 宵闇のペンダント×1

 薬草×1←リリィが拾ったもの


 報告書:

 ベーネティア山脈撮影クエスト攻略のため、私達は『満月の塔』への攻略を行いました。

 予想されたトラップ等は一つもなく、中腹に到着したところで闇神様より試練を受け、最上階を目指すことに。そして最上階ではシャドウモンスターとの戦闘、さらに闇神様の魔法を受け止めてはじき返し、試練を突破しました。

 のちに塔の頂上で写真を撮影。綺麗な景色でしたが、私のミスで山脈の代わりに笑顔が写ってしまいました。

 塔を攻略したからと気を抜かず、最後まできちんと確認したいと思います。


 報告者:僧侶シャノ=グラスリーフ

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 館からのお返事:


 シャノさんのお返事はきちんと書かれており、大変分かりやすくて宜しいのですが……

 そもそも『満月の塔』中層より上は中級者向け迷宮ですし、何故トラップがなかったのか、シャドウモンスターがなぜ登場したのか、神様の魔法を受け止めてはじき返したとは何なのか。

 もっと根本的な勘違いがある気もするので、今度改めて子細をお聞かせ願えればと思います。


 回答者:ロジーナ=クライン

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