4―8 初心者勇者、第三の試練に挑戦する


 満月の塔に住まう者、闇神ベイルティア。

 外見こそ人間の姿を保っているが、その本質は、カタチを持たない魔力エネルギー体そのものだ。

 種族的にはゴーストやレイスに近く、その魔力はフロア全てを覆い尽くす程に規格外。

 闇神様と名乗るだけの力はあるのだ。

「第三の試練として、妾が放つのは闇魔法『シャドウフレア』。その一撃を僧侶の無詠唱魔法で弾き、中心部の円から追い出されなければ勝ちとしよう」

「シャドウフレア……!」

 驚いたのはリリィだ。

 シャドウフレアは闇属性の最上位にあたる魔法。

 それは闇属性に限らず、あらゆる魔法の中でも最上位に位置する破壊力をもつ、切り札級の爆炎魔法である。

 その使用者が規格外の力をもつ神様相手となれば、リリィが臆するのも当然だ。

「闇神様……その魔法、強すぎ……」

「その辺は調整するから大丈夫じゃよ。それとも、自信がないか? 自らの手で、パワーアップを勝ち取りたいと思わぬか? 僧侶の娘よ」

 挑発され、シャノは臆しながらも杖を取る。

 にっ、と闇神様が、闇の奥で笑った気がした。

「では最終試練を始める。ーー星出づる時より、原初にありし核たる炎、祖を抱くは闇の空!」

 闇と同化した闇神様の詠唱が、吹き抜けのフロアに朗々と響く。

 緊張するシャノの横で、ふと閃いたのはミナだ。

 闇魔法『シャドウフレア』は極めつけの高威力だが、詠唱が長く、出所が相手にバレバレという弱点がある。

 防御方向をひとつに定められるなら、シャノの防御魔法を一点に集中することも容易い。

「シャノちゃん、相手の方向に向いて、ばしっと防御魔法を決めよう!」

「はい! ……でも、相手はどこにいるんですか?」

「え?」

 ミナが見渡すも、周囲を闇に包まれ闇神様の姿は見えない。

 質問! と手を挙げた。

「闇神様。魔法はどこから撃ってくるんですか?」

「宵闇の神たる我が祈りに……それは秘密じゃ。三百六十度、全方位に警戒してみよ」

「えーっ! ずるいっ」

「妾は闇の神ぞ、インチキくらい当然であろう!」

 三百六十度の防御となると、シャノの防護壁の効果は薄くなる。

 そのうえ詠唱破棄をした場合、魔法威力は十分の一にまで低下するのが定説だ。

「と、とりあえず頑張ります! っ……【マジックプロテクション】!」

 ミナ達全員が球型の防御壁に包まれる。

 が、無詠唱で放たれた光は、いつもの強固な結界に比べると、紙切れのように頼りない。

「シャノちゃん、大丈夫?」

「二重にかけてみます! これなら……!」

 シャノが杖を構えて、二重障壁を展開。

 薄い壁が二枚に広がり、ミナ達を包み込む。

 だが。

「宵闇の魔力よ、我が灯火となりて覆せ! 【マジックブースト】!」

「あっ、闇神様、魔力増幅してる!」

「シャドウフレアだけを撃つとは言っとらんぞ? ついでに喰らえ【ブラックカーズ】!」

 闇神様から放たれるのは、全ステータスを低下させるデバフ魔法だ。

 しかし、バチン、とミナ達は素の魔法耐性で弾き、ユルエールに至っては物理で切り伏せてしまう。

「ぐぬ……非常識な……ならば【マジックブースト】! 【マジックブースト】!」

「あーっ、ずるだよそれ!」

「闇神ならずるくて当然。さあ、僧侶の娘よ。どうする? これを受けきることができるかな?」

 さらに魔力を増幅させ、塔の最上層を吹き飛ばすほどの魔力に、シャノは震える手で杖に力を込める。

 本来、彼女の防御魔法は鉄壁だ。

 ミナの聖剣スキルですら、突破するのは容易ではないだろう。

 しかし今は無詠唱により、防御力は十分の一。

 そのうえ相手は、闇神様と呼ばれる最高峰の神が放つ全力の一撃だ。

 防ぐことができるのか。

 いや。

 シャノが本当に心配しているのは、そのことではなくーー

「っ……!」

 彼女は迷う。

 闇神様はそれなりの手加減をしてくれてるから、軽い怪我で済むだろう。

 失敗してもいい、果敢に挑戦すれば良いのだ。

 でも……。

 シャノは杖を構え、三重防壁を展開しながらミナを見た。

 がんばってね! と応援する、笑顔のミナ。

 無言で、シャノをじっと見つめるリリィ。

 「神様なんてぶっとばしておしまい!」と拳を振るう、ユルエール。

 自分を一生懸命に励ましてくれた彼女を、仲間をーー

 僧侶たる自分が”手加減”して守り切れず、怪我をさせるなんて。


 闇が膨れあがる。

 魔力発動の瞬間を視覚的に捕えたシャノは、そして決断した。

「闇の奔流よ、その全てを持って世界を抱け【シャドウフレア】!」

「っ……インチキ卑怯な闇神様、そんな悪い子の力なんて追い返しちゃえ! 【オーバープロテクション】!」

「えええっ!? 詠唱しちゃっ……」

 びっくりするミナの前で、シャノの闇魔力が輝き、力ある声を振り下ろす。

 通常の防護魔法【プロテクション】を拡大した上位魔法。

 シャノの気合いと完全詠唱を重ねた結界が一気に膨張し、巨大な水風船のように膨らんでいく。

 放たれた闇魔法【シャドウフレア】は、その分厚い壁を僅かも削ることができずに霧散し。

 結界はさらにフロア全体を押し潰すように膨れ、霧と化した闇神様を圧迫していく。

「ぬおおっ!? いかん、壁まで押し返され……」

 塔の外壁と結界に挟まれ、へぶっ、と闇神様の悲鳴がした。



 闇の霧が晴れ、防護魔法が解けてから、シャノはみんなにぺこりと頭を下げた。

「ごめんなさい。詠唱、しちゃいました……」

「ううん、気にしないで! でも、良かったの?」

 心配そうに尋ねるミナに、シャノは頬を掻く。

「……嫌だったんです」

「なにが?」

「その……いくら試練でも、詠唱に手を抜いて、皆さんを怪我させるのは嫌だな、って。そこまでして、私は自分を強くしたくはないかな、って」

「シャノちゃん……」

 えへへと笑うシャノの横、瓦礫の中から、闇神様がふわりと現れる。

「くっ。詠唱アリとはいえ、まさか傷一つないうえ押し返されるとは、思いもせんかったぞ」

「すいません。ちょっと、頑張り過ぎてしまいました。でも、詠唱をしてしまったので……」

 申し訳ありません、と謝る彼女に、闇神様はふっと息をついた。

「合格」

「え?」

「妾は元々、そのつもりで試練を課したのだからの。お前さんの心、しかと受け取った。……では、試練を突破せし者に、褒美を取らせよう」

 闇神様がパチンと指を鳴らし、ミナ達の前に新しい階段が現れる。

 クエストクリアに繋がる、塔の屋上へと続く道だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る