4―7 初心者勇者、第二の試練に挑戦する


 そして、ミナ達は満月の塔の最上階へと到達した。

 中層と同じく吹き抜けとなったフロアだが、階段が見当たらず、外周から見える景色にいつしか雲が混じっている。

 その中央に、闇神様は最初と同じように浮いていた。

「闇神様、到着しました! お待たせしてごめんなさい!」

「う、うむ。ぶっちぎりの最速記録だが……よくぞ来た、我が塔の最上階へ!」

「じゃあ合格ですか!? パワーアップして貰えますか!?」

「それは次なる試練をクリアして貰ってからじゃ。塔を昇るとき、第一の試練と言うたであろう?(てゆーか、このままでは我の神格がダダ下がりなのじゃ)」

 闇神様が詠唱とともに両腕を掲げ、召喚陣を呼び寄せる。

 現れたのは中腹にあった『満月の鏡』だ。

「第二の試練。それは、そなたら自身の影と戦うこと!」

 鏡がきらめいて煙を吹き出し、現れたのは二つの黒い影。

 剣を手にした闇色の【騎士】と、ロッドを手にした【魔法使い】だ。

「わたくしと……リリィの、影?」

「左様。この影の力は、そなたら自身の実力を写したもの。そなたらが数多の魔法を扱うなら、影もまた数多の魔法を扱うであろう。華麗な剣技を扱うのなら、影もまた剣技を扱うだろう。己と等しき能力を持ちし影に、見事打ち勝ってみるがよい」

 闇神様が召喚したシャドウモンスターは、相対する敵が強いほど自身も強くなる特徴をもつ。

 いや、人間らしい感情を持たない分、その実力は本人すらも上回るといえる。

 まさに高レベル殺しの強敵であった。

「みんな、気をつけてね。自分との戦いだよ!」

 剣を構えたミナ達に、まず仕掛けてきたのはシャドウユルエール。

 【騎士】持ち前の身体能力を生かし、本物のユルエールへ一気に詰める。

 神速の如き踏み込みに、ユルエールの反応が遅れ、闇色の剣が、

 すかっ。

 空振りした。

「…………」

 シャドウがもう一度勢いよく振りかぶり、

 すかっ、

 すかっ、

 剣を振りまくるが一発も当たらない。

 ちなみに、シャドウモンスターは能力は写せても、装備品までは模倣しない。

 魔物に感情はないはずだが、困惑したように武器をぶんぶん振り続けるシャドウユルエール。

 それを見た本物のユルエールは、

「こ……公衆の面前で、わたくしの恥を晒さないでくださいませー!」

 顔を真っ赤にして、シャドウを一撃でぶった切った。

「これでは、わたくしが完全なぽんこつに見えてしまうではありませんかっ! 誰がぽんこつですか、もうっ!」

 二度三度と振り下ろし、シャドウを粉みじんにするユルエール。

 その隣ではシャドウリリィが杖を構え『我が呼応に答えよ深淵、そのにゃの、にゃ、名の呼びゅ』と詠唱失敗が続いてあたふたしている。

 対する本物のリリィは頬をぷくぅと膨らませ、物凄く不満そうだ。

「ファイアボール。……もう一回、ファイアボール」

 念入りに二度放ち、あっさり撃破。

 が、二人揃って大変に不満そうだ。

「己との戦い……恐ろしいですわね、リリィ」

「最強の敵だった……」

 闇神様もドン引きであった。

「マジかー……お前さん達マジかー……」

「ねえねえ闇神様! あたしは? 勇者シャドウは?」

「う……そなたのシャドウは……出そうとした直前で、イヤな予感がしてな。妾には僅かに予知能力もあるのだが、なぜか満月の塔が大爆発する気がして、止めた」

「えー! 楽しみにしてたのに」

「ぐぬ……妾これでも数百年生きておるが、シャドウ相手に楽しみだとか不満顔されたのは初めてじゃぞ……」

 秘蔵のモンスターを呆気なく倒され闇神様は、どうしたものかと重い腰を上げる。

「闇神様、じゃあ今度こそクリアですか!?」

「まだじゃ。こういう試練は第三まであるのが定番なのじゃ。が、その前に……」

 どうしたものか、と考えた闇神様は先の疑問を思い出した。

「最後の試練を受ける前に、ひとつ聞きたい。お前さん達、この塔に何しに来たんじゃ?」

「シャノちゃんの闇魔力をパワーアップと、写真撮影に来ました!」

「これ以上強くなってどうするんじゃ……そなたらはもう十分に強い。それとも妾の知らん間に、人類の基準がおかしくなったのか……?」

 首を傾げる闇神様にミナが事情を説明し、続いてシャノがお願いしますと頭を下げる。

「ふむ。悪口詠唱を治すために、闇魔力をより強くしたい、と。……そんなに気にすることか? 悪口くらい、可愛いもんであろう」

「でも、怖がる人もいまして……」

「勝手に怖がらせておけば良いではないか。回復を貰っておきながら恩知らずな奴等め」

「いえ、その。それも理由ではあるんですが……」

「他にも理由があるのか? ふむ。……試練とは関係ないが、我も神に名を連ねる者。相談に乗ろうではないか。こっそり話してみると良い」

 シャノはちょっと戸惑ったが、相手は数百年を生きた神様だ。

 知恵を持っているかもしれない、と闇神様に近づき、耳打ちする。

 少しして、ぷっと闇神様が大笑いした。

「いやお前さん『自分の詠唱がヘンだと、仲間もヘンに思われるかも』って、そんなの気にする連中でなかろうに」

「ちょっ、どうして大声で言っちゃうんですか!?」

 あわあわするシャノに、ミナは「そうなの?」と驚く。

 ミナはてっきり、シャノは自分が恥ずかしいから詠唱を改善したいと思っていた。

 尋ねると「だって……」と、シャノがしょんぼりと俯いてしまう。

「私達は見習いですけど、勇者一行です。なのに子供達を怖がらせてしまうのは、勇者の仲間の僧侶失格だと思うんです」

「いや全然そんなことないよ!? シャノちゃんすごいもん!」

「ぅ……ミナさんはそう思うかもしれませんけど、やっぱり対外的な評判とかありますし……それに皆さん、最近自分の弱点を治そうと頑張ってましたし、私も、何かしないとなって」

 シャノ的には納得がいかないらしい。

 なんかすごく可愛い理由だった。

 話を聞いた闇神様が、ふむぅ、と頷く。

「成程。そなたは己の悪口詠唱が、仲間に迷惑をかけると思ったので治したい。あと、仲間に追いつきたい、と」

「はい」

「成程。理由は分かった。それならば……第三の試練は、これにしてみようか」

 闇神様は水晶玉に腰掛けたままふわりと浮かび、両腕を掲げる。

 直後、ミナ達を囲うように、黒い霧が渦巻いた。

「お? おおっ!?」

「我が秘術、闇の深淵をお見せしようぞ」

 闇神様の合図とともに、世界が光一つない黒へと塗りつぶされていく。

 その闇の外側より、闇神様が荘厳な声で語りかけた。

「僧侶の娘よ。今より放たれる妾の闇魔法を、そなたが防いでみよ。ただし詠唱は許可せぬ。無詠唱のまま、妾の最大魔法を防ぎきるがよい。それを第三の試練とする!」

「これを無詠唱で……!」

「左様。そなたは詠唱を改善したいのであろう? ならば、これは乗り越えるべき試練である」

 そして闇神様による、最終試練が始まった。

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