第5話

「初刃ちゃん、悪いんだけどこのお店に行って来てくれない?」午後一番、上司に当たる三十代男性に命令され、「急にですか」思わず口答えするが「頼むよ」と言って聞かない。気が立ちながら作業を中断し、鞄を背負い服装を整える。新人はこき使われるのが宿命なのか。

 外に出て三十歩目、偶然にも会社に戻る道程の角腐に会った。「おはよう」丁寧に挨拶してくれる先輩の行き先を阻む。

「先輩、今立ち話する時間ありますか?」こちらは余裕があるので都合次第でここで話してしまおうと思った。

「良いよ。何か伝言?」無事にアポイントを取れて、四回目となり口触りを覚えた台詞を淀みなく暗唱する。加えてこの人なら良いかと獺祭中心の情報を提示してみた。

「あんなに楽しそうにシャンパーニュを注いでいたのに忘れてしまったの?一次会は二十時零分まで、閉会時から旭は酔いを醒まそうと駅のベンチで休み、四人で服屋と本屋、二人でスーパーに立ち寄った。二次会の飲みは二十一時零分から二十一時五十分まで、二十一時三十分に斜塔は酔いの頂点に達しリタイア。三次会のカラオケは二十二時零分から二十二時三十分まで、二十二時二十分にサクラがリタイアし、横浜駅に全員集合したのが八時ではなく二十二時四十分。二十二時五十分川崎に着き、二十三時零分アゼリアのカフェに入り軽い酒を味わい、二十三時二十分にはメアリと旭と斜塔がリタイアして帰宅し、二十二時三十分にはオレとサクラは店を出て南武線に乗り、武蔵小杉まで一緒に過ごした」明瞭な口調を聴き取る内に、犯人の目星は輪郭を付けてきた。

「やはり三次会は存在していたのですね。先輩は何歌いましたか」前回空振りした質問をもう一度投げてみる。

「オアシスのシガレッツ・アンド・アルコールとか色々」洋楽を挙げたことで私の中で理不尽に信用度が上がった。

「先輩は酔ったことあるんですか?」その耐久力が羨ましくつい訊いてしまう。序でに記憶力も口座から引き出そうとする度に暗証番号を忘れる私より遥かに高い。これは私だけなのだろうか。

「酔うという感覚が理解出来ないんだよ。洋樽一杯飲み尽くせば違うだろうけど」というより死にそうだけど。

「皆が注文した酒だって覚えているもの。シャンディガフ、ファジーネーブル、ブラッディマリー、サングリア、カルーア・ミルク、カンパリ・ソーダ、スクリュー・ドライバー、ソルティー・ドッグ、マティーニ、シャトー・オー・ブリオン、ハイネケン、バドワイザー、オリオンビール、キャプテン・モルガン、ヘネシー辺りだったかな」私の記憶喪失で強制退場させられた酒達に光を当ててくれて感謝した。

 一応、推理を整理しよう。角腐や獺祭が犯人である場合は角腐と獺祭、木根洲の証言が偽となり斜塔の証言が真となり、木根洲の場合は斜塔の証言が偽となり角腐と獺祭の証言が真となり、斜塔の場合は斜塔の証言が偽となり角腐と獺祭、木根洲の証言が真となる線がある。前回までの均衡は崩れず、更に各々の他人との証言の共通項を数え上げれば角腐が最も多い、つまり信用性が高いと判明し、上戸の理性の強さも加味すれば恐らく斜塔が犯人だ。

 個人的にも斜塔の態度には日頃から不満を感じる。私に対する躁鬱的な対応には裏があるとしか思えない。それに飲み会の最中、リタイアしたとか言う斜塔が本当に酔っていたかは疑わしい。酔った振りで何か無理な行動を演出し、二人になった瞬間に本性を表したのではないか。もしかして五人組の結成も彼女の計略の内だったのか。掌で踊らされていたと思うと屈辱だ。悪戯ならまだマシだけど恋心を抱かれているとしたら吐き気がしてどうしようもない。彼女の裸体が転がっていた所で眼に悪いとしか思えない。

 退勤する際、彼女を上司に報告することにした。これで彼女の居ない勤労人生が空から降ってくる。そう想像するとはぁ、気持ち良くなった。


 日曜日、私はライブハウスで待ち望んでいた歌声を聴いていた。二日酔いの頭を揺らしながらギターの音に熱狂していた。まぁそれは嘘だけど。

 私はそもそも酔ってなんかいなかった。徹頭徹尾意識ははっきりしていて、角腐の発言が正しいことは実体験で証明済みだった。三次会は二人と歌って踊って楽しかったなぁ。確かに飲みの途中、ぼんやりしたことはあったがそれは仕事の疲れであり、私が酒に異常に強いことは端から分かっていた。煙草を吸って酒を飲まない訳ないだろ。

 私はそもそも寝取られてなんかいない。ホテルは自分で予約ししっかり睡眠を取り、落としていた口紅は私のものだった。ホテルを借りたのは、翌日の昼時に開演される私の大好きなバンドが近場の横浜FADでライブを行う為、寝坊しないように、それと久し振りのダンスに流石に疲れ、家に帰るのが面倒になったから。キングサイズを選んだのは単に憧れていたから。カフェを途中で抜け出したのはチェックイン時刻が危なかったから。お蔭で万全の状態でカリスマと同じ空気を吸えたよ。

 斜塔を報告したのは先に述べた通り、嫌いだから。他三人のお蔭で中和されていたけどやっぱり邪魔だわ。多分その内クビになるだろうけど、まぁ酒と女には気を付けろってことかな。

 何故これ程の演技を努めたかと言えば、私の主張が説得的なものか否かを確かめる為だ。当日中からカマを掛けて四人に酔っているように思い込ませた。私の言ってきたこと、全部ウソ。酒は飲んでも飲まれる訳ないだろうが。あ、飲酒批判は真実だよ。各々の証言に誤りがあるのは当人達も酔っていた為だろう。それにしても二日前のことをさっぱり間違えるとは、馬鹿過ぎるでしょ。馬鹿は馬鹿で可愛げがあるから良いかな。

 全く、私は信用ならない酒飲みだねガハハ。こんなに口が悪くなったのも酒のせいです。

 みんな、お酒は二十歳になってまで飲むんじゃないぞ。

 ちゃんちゃん。

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お酒は二十歳になってまで 沈黙静寂 @cookingmama

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