3月11日

口羽龍

3月11日

 2021年3月11日14時46分、10回目の黙とうの時がやって来た。今からちょうど10年前、東日本で大きな地震が起こった。東日本大震災だ。18717人の死者、行方不明者が発生し、多くの人々が家屋を失った。


 東京に住む越川正幸(こしかわまさゆき)もその被災者の1人だ。正幸は岩手県の陸前高田市出身で、東日本大震災を機に東京の親せきの家に引っ越した。陸前高田市も甚大な被害を受け、美しい松原が1本を残して全滅したという。1本だけ残った松の木は『奇跡の一本松』と言われ、新たな観光スポットとなっている。


 正幸も黙とうをした。テレビに陸前高田市の様子が映し出されている。美しい松原があったのに、そこには何もない。


 黙とうを終え、目を開いた正幸は目の前の写真を見た。その写真は松原で撮った写真だ。その写真には1人の女性がいる。その写真の女性の名前は重原裕子(しげはらゆうこ)。正幸の初恋の相手だ。だが、言えないままに恋は終わってしまった。そう、あの日で。




 それは2011年3月11日の事。昨日、正幸は中学校の卒業式を終えた。中学校の3年間、色んな事があったけど、楽しい日々だった。遠足に社会見学に修学旅行。どれもいい思い出だ。


 そんな中で、恋もした。裕子という女性だ。裕子は中学校で一緒になった。1年生から3年生まで同じクラスで、互いに仲良くなっていった。一緒に勉強やテレビゲームもしたりした。だが、好きだと言う事ができずに、そして誰にもその片思いをいう事ができずに、来月から別々の高校に進学する。好きだったのに、言えないままに卒業式を終えてしまった。


 正幸は実家で友達とテレビゲームをしていた。高校受験を終えて、高校の入学式まで遊んで受験の疲れを吹っ飛ばそう。


「卒業式、楽しかったね」

「うん」


 だが、正幸は下を向いた。好きだと言えなかった事が心残りだ。どうして言えなかったんだろう。


「どうしたの?」

「な、何でもないよ」


 正幸は冷や汗をかいていた。この恋は結婚するまで誰にも言いたくない。結婚するまで秘密だ。


「恋をしてんじゃないの?」

「いや、そんな事ないよ」


 だが、14時46分、大きな揺れを感じた。3人は驚いた。まさか、地震が起こるとは。しかもやけに大きい。もしかしたら、家が崩れるんじゃないか?


「な、何だ!」

「地震だ!」


 大きな揺れを感じた3人は机に隠れた。このままでは家が壊れてしまうかもしれない。だけど、今ここから動いたら危ない。机の下から、3人は家具が揺れる様子を見ている。あまりにも怖い。このまま家が崩れるんじゃないかと思った。


 しばらくして、揺れが収まった。だが、ここからが本番だ。この近くは海だ。もうすぐ津波が来るだろう。かなり大きな地震だったから、津波が来るだろう。早く逃げないと。


 3人は机から出て、大急ぎで家の外に出た。家の前の道は混乱している。みんな津波から逃げようとする人だ。僕たちも早く逃げないと。津波にさらわれて死んでしまう。


 程なくして、母がやって来た。父は出勤して、家にいない。母は車の前に立ち、津波から逃げる準備ができているようだ。


「正幸、大丈夫だった?」

「うん」


 母はほっとした。地震で下敷きになっていないようだ。このまま下敷きになっていて、津波にさらわれていたらどうしようと思った。


「早く逃げよう!」


 母は焦っている。このままではみんな津波にさらわれてしまう。早く車に乗って、高台に行かないと。


「ああ」


 4人は車に乗り、高台に向かった。道には多くの車が走っていて、なかなか進めない。早く高台に行かないと、津波にさらわれてしまう。4人は焦っていた。


 車の中で、正幸は祈っていた。どうにか裕子が無事でありますように。もう高台に避難していますように。


 4人は何とか高台にたどり着いた。高台には多くの人がいる。みんな、津波から避難してきた人だ。


「大丈夫だった?」


 誰かの声に気付き、正幸は振り返った。同級生だ。まさか明日、こんな所で再会するとは。もっとまともな所で、いい時に再会できたらよかったのに。


 同級生は焦っていた。突然大きな地震が起こって、津波にさらわれないようにここまで逃げてきた。どうしてこんな大変な事が起こるんだろう。昨日まで幸せな日々だったのに。


「うん」


 正幸は同級生と抱き合い、お互いの無事を喜んだ。だが、正幸はまだ安心していない。裕子がいない。裕子はどこにいるんだろう。正幸は辺りを見渡した。だが、やはり裕子はいない。


 その時、大津波がやって来た。人々は高台から街を見下ろした。津波は街を、そして松原を飲み込んだ。人々は信じられないような目で見ている。見慣れた光景がこんな形で失われるなんて。夢であってほしい。だけどこれは現実だ。もしこの中に自分がいたら、助かっていないだろう。


 その隣では、中学生が話している。裕子の友人だ。彼らは泣いている。それを見て、友人が津波にさらわれたんだろうかと思った。正幸は嫌な予感がした。


「どうしたの?」

「裕子ちゃんが、まだ来ないの」


 友人はより一層泣き出した。友人をあまりにも突然奪われたからだ。昨日は楽しい卒業式だったのに、それから一転、地震と津波でこんな事になるなんて。


「えっ、裕子ちゃんが来ないの?」


 正幸は呆然となった。まさか、昨日あんなに元気な表情を見せていた裕子が津波にさらわれるとは。信じられない。こんな事あってもいいのか。


「うん」

「まさか、津波にさらわれたんじゃないかな?」


 信じたくない。だが、街は津波に飲み込まれた。建物も、駅も、松原も。正幸は辺りを見渡した。まだ裕子が高台に来ないという事は、この中にいて、津波にさらわれた可能性が高い。


 津波が収まり、実家のあった場所まで戻った正幸と母は呆然となった。そこにあったのはがれきの山だ。今さっきまであった家ががれきの山となった。とても信じられない。楽しい我が家がこんなにも簡単に壊されてしまうなんて。こんなの現実じゃない。地獄だ。




 それから約1週間後、裕子が津波にさらわれて死亡したと確認された。海岸に打ち上げられているところを発見されたという。家を失った正幸はがれきの前で涙を流し、うずくまってしまった。


 正幸は涙を流した。好きだと言えずに終わってしまった恋。あの日、恋は突然終わってしまった。自然の力によって。こんな悲しい事はあるんだろうか? あってはならない。だが、それが自然だ。地震も津波もこの星が生きているからこそ起きる災害だ。なのに、どうしてこんな事で人が死ななければならないんだろう。だが、この星に生きる生物はこれを乗り越えてこの星で生きなければならない。そして、この星で己の人生を全うしなければならない。




 そして今日もまた3月11日はやって来た。だけど、この悲しみは忘れる事は出来ない。言えないままに遠い国へ行ってしまった。いつになったら再会できるんだろう。だけど、今はそれを考えずに、裕子の分も生きてやろう。新しい女と恋に落ちて、結婚しても、中学校での3年間の思い出を忘れないようにしよう。人生を全うすれば、天国の裕子も喜んで迎えてくれるはずだ。


 その夜、正幸は空を見上げた。裕子は空の上で僕はどんな思いで見ているんだろうか? 幸せそうな表情だろうか? 突然こんな形で死んでしまい、どんな気持ちだろう。津波にさらわれた時、どう思ったんだろうか? 聞きたいのに、聞くことができない。もう裕子は天国に行ってしまったから。


 あの日と同じように、夜空は美しく輝いている。だが、正幸の心は晴れないままだ。いつになったら心が晴れるんだろう。別の人に恋をするまで心が晴れないんだろうか? まだ答えがわからない。

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3月11日 口羽龍 @ryo_kuchiba

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