解決!ゆめかわ探偵ちゃん

三ツ沢ひらく

解決!ゆめかわ探偵ちゃん

「まやくん!」

 アートギャラリーの入口から大きな声から聞こえてきて、僕は読んでいたパンフレットから目線を上げた。

「おはよう、ゆめちゃん。ギャラリーでは静かにね」

 慌ててこちらに駆け寄ってくるゆめちゃんにそう言うと、ゆめちゃんははっと口元を押さえて辺りをキョロキョロ見渡す。

「う、うん。遅れちゃってごめんね。途中で何度も『写真撮っていいですか』って聞かれちゃって……」

「いいっていいって。むしろ急に誘ってごめん。今度から現地集合じゃなくてゆめちゃんちに迎えに行くよ」

「え、家? まやくんがうちに? で、でもそんな。悪いよ」

 僕達がひそひそと顔を寄せて会話するのを、ギャラリーの入口に立つガイドさんが微笑みながら見ている。

 ここはたくさんの絵が展示されている市のアートギャラリー。フロア全体が展示室になっていて、大人達が静かに絵画鑑賞をしているから、小学生の僕達はかなり目立っていた。


 いや、目立っているのは主にゆめちゃんだ。


 ふんわりとしたパステルカラー主体のコーデ。ふわふわの髪の毛には、休日だけピンクとパステルパープルのメッシュが入る。

 白い肌に映えるリップはほんのりさくら色で全然嫌味がない。

 ユニコーンがデザインされた水色のリュックサックからは、大きなひつじのぬいぐるみがひょっこり顔を出していて。

 キラキラの絵本の中から飛び出してきたようなその格好に、可愛いベビーフェイスが絶妙に合っていて、ゆめちゃんがひとたび街を歩くと写真待ちの列ができてしまう。

 ゆめちゃんはゆめかわ界のカリスマ小学生なのだ。

 対する僕は無地のパーカーにジーンズなので、周りからは不思議な組み合わせだと思われているかもしれない。

「どこから観ようか」

「うーん、種類が多くて悩むね」

 なぜゆめちゃんと一緒にここにいるかというと、夏休みに『芸術鑑賞』という宿題が出てしまったからだ。

 学校の友達は家族で演劇を観に行ったり、博物館に行ったりするらしい。

 親が共働きでなかなか家族で出かけられない僕は、夏休みに予定がないことを嘆いていた同じピアノ教室に通うゆめちゃんを絵画鑑賞に誘ったというわけだ。

 急だったから断られるかと思ったけれど、快諾してくれて助かった。

「アートギャラリーへようこそ。美術の勉強ですか?」

 二人してうんうん悩んでいると、ガイドさんに声をかけられる。

「あ、はい!」

「そうなんです。夏休みの宿題で、絵を観に来ました」

「でしたら十分後に絵の紹介をするガイドツアーをしますのでよかったら参加しませんか?」

「わあ、助かります」

「ぜひお願いします!」

 鑑賞したら感想文を書かないといけないから、ガイドさんに説明してもらえるのはありがたい。

 ゆめちゃんと二人でガイドツアーが始まるのを待っていると、ちらほらと人が集まってきた。

 恋人同士らしきお兄さんとお姉さん。ニット帽を被ったおじさん。そして僕達を合わせた計五人がガイドツアーに参加することになった。

「それではガイドツアーを始めます」

 メモをとりながら様々な絵を眺める。ゆめちゃんは現代的なポップアートを気に入ったらしく、目をキラキラさせながら眺めている。

 視界に入るその姿がとても可愛くて、ゆめちゃんを含めてひとつの絵のようだと思った。

「こちらがこのアートギャラリーのメインの絵です」

 ガイドさんが手で示したのはカラフルなうさぎの絵。

「あ、この絵ニュースで見たことある」

「確か高額な値がつけられたけど、寄贈されたんだよね」

「はい。売り物ではございませんが、しばらくはここで展示される予定です」

「可愛いうさぎだなあ」

 そう言いながらゆめちゃんがふらふらっと絵に近づくと、突然絵を囲むようにたくさんの赤いレーザーが現れた。

「わあ!」

「ゆめちゃん!?」

 驚いたゆめちゃんはその場でひっくり返ってしまう。

「お気をつけください、盗難防止システムなんです」

「これってもしかして触ると痛いやつ……?」

 きゅっと身を縮こませるゆめちゃんに、ガイドさんは優しい声をかける。

「いいえ、あれはビームではなく赤外線センサー。実はほとんどが威嚇用のにせもので、本物のセンサーは手前の一つだけなんです。あ、これ秘密ですよ」

「はあー、びっくりしたぁ」

 ツアー参加者のお姉さんの手を借りて、ゆめちゃんはよろよろ起き上がった。

「こういうところの絵は触っちゃダメなのよ、ピンクちゃん」

「気をつけますぅ」

 それからひととおりギャラリーを巡って、最後に屋外に飾られた彫像を観に行くことになった。

「あのう、外行く前にちょっとトイレに……」

「あ、私も」

 ゆめちゃんがおずおずと手を上げると、お姉さんも手を上げる。

「では一旦休憩時間にしましょう」

「俺は一服して来ようかな。確か喫煙所あったよな」

「じゃあ僕はここで荷物番してますね」

「俺もトイレ」

 パラパラと散っていくみんなを見送って、その場に僕とガイドさんだけが残ることになった。

「展示品は絵だけじゃないんですね」

「はい。このギャラリーのテーマは近代アートなので、色々な作品がありますよ」

「わあ、そうなんですね」

 宿題のためにメモを取っていると、休憩していたメンバーが戻ってきた。最後はゆめちゃんがパタパタと走って合流。多分トイレでメイク直ししてたんだろうな。

 その後は屋外でムキムキマッチョの彫刻を鑑賞してツアーは終了した。

 帰りのバスの時間までもう少しある。ギャラリー内のベンチに二人で座って待つことにした。

「ゆめちゃんどうだった?」

「面白かったあ! 誘ってくれてありがとう」

「こちらこそ僕の宿題に付き合ってくれてありがとうね」

 にこにこと二人微笑み合って、このまま楽しい思い出の一日になるはずだった。


「あーーーーッ!?」


 ガイドさんの切羽詰まった悲鳴が響くまでは。

「ど、どうかしたのかな」

「行ってみよう!」

 駆け足でガイドさんの元に寄ると、さっきのツアー参加者達も固い表情を浮かべながら集まってきた。

「どうしたんだ!?」

「た、大変です! ツアーから帰ってきたら、うさぎの絵が消えていたんです!」

「ええっ!?」

 ガイドさんは青ざめながら、うさぎの絵が飾られていた場所を指差す。そこには虚しく台座だけが残されていた。

「そんな、さっきみんなで観たばかりなのに」

「泥棒だ! きっと俺達が屋外に出た隙に泥棒が入ったんだ!」

「とにかく警察に通報しましょ!」

「は、はい! 皆さま申し訳ありませんがギャラリー内で待機していてください!」

 今ギャラリーにいるのはガイドさんと僕達ツアー参加者五人のみ。しかもこの六人はさっきまで一緒に行動していた。

「ねえまやくん、これって本当に泥棒なのかな」

「どうだろう……」

 不安げに眉を下げるゆめちゃんと一緒にその場で警察の到着を待った。


 ▽


「ギャラリーの出入口の監視カメラを確認しましたが、絵が消えた前後は誰も出入りしていませんし、絵も持ち出されていません」

 到着した警察官の言葉に、僕とゆめちゃんは顔を見合わせる。他のツアー参加者も困った顔を浮かべていた。

「えっと、つまり――泥棒はこの中にいて、ギャラリー内に絵を隠しているってことですか?」

 ゆめちゃんの問いに、警察官は厳しい表情で頷く。

「でも我々六人はトイレ休憩以外ずっと一緒に行動していました」

 ガイドさんの言うとおり、ツアー中に絵を隠したりしたら誰かが気づいたと思う。ましてやうさぎの絵には盗難防止センサーがあった。本物のセンサーはひとつだけとはいえ、あれだけ厳重に見えるのだから泥棒も手を出しにくいはずなのに。

「では誰かが休憩中に絵を隠した……という可能性があります。皆さんの休憩中の行動を確認させてください」

「私はトイレに行ったわ」「俺はずっと喫煙所」とカップルが言う。

 僕が「ガイドさんと荷物番です」と言うと、ゆめちゃんが続いて「自分もトイレに」と手を挙げる。

 ニット帽のおじさんは「トイレの後喫煙所だ」とぶっきらぼうに言い放った。

 全員休憩前に宣言した行動と同じだ。特におかしな点は見当たらない。

「では休憩中の行動を証明できる人は?」

「僕とガイドさんはずっと一緒にいました」

「俺は喫煙所にいて、後からおっさんが入ってきたのを見た」

「確かに喫煙所に行ったらこのにーちゃんがいたな」


「待ってください。この中に嘘をついている人がいます」


 突然隣からそんな言葉が聞こえ、僕は驚いて声の主であるゆめちゃんを見る。迷いのない凛とした表情。ゆめちゃんは僕の知らない何かに気付いたようだ。

「待って! 実は私もそう思っていたの」

 ゆめちゃんに続いてお姉さんまで声を上げた。その場のみんなが戸惑いの表情を浮かべる中、お姉さんが話を続ける。

「だって私はトイレに結構長く居たけど、誰も来なかったわ。ピンクちゃん、あなたは最初にトイレに行きたいと言い出したのに、トイレに行かなかったのはなぜ!?」

「ま、まさか子どもを疑ってるんですか?」

「じゃあこの子はなぜ嘘をつく必要があるの?」

 語気を荒くするお姉さんに対して、ゆめちゃんは真面目な顔で答えた。

「いいえ。自分は確かにトイレに行きました。でもお姉さんとは会わなかった――なぜなら」


「自分は……おれは男だからです!」


 ゆめちゃんの言葉に、僕とゆめちゃん以外の全員が数秒フリーズした。


「ええ!? こんなに可愛いのに!?」

「本当かねキミ」

「あ、はい。ゆめちゃんの本名は勇明寺ゆめじ鉄心てっしんくんです」

「勇明寺!?」「鉄心!?!?」

 そう、ゆめちゃん……鉄心くんはゆめかわ界のカリスマ男子。ゆめちゃんという名前は鉄心くんがSNSで使っているアカウント名なのだ。

「おれは確かにトイレに行きました。男子・・トイレに。でも誰とも会わなかった。そう、嘘をついているのはトイレに行ったと言ったおじさん、あなたです!」

 ピシリとゆめちゃんが指差したのはニット帽のおじさん。確かにゆめちゃんがトイレでおじさんに会わないのはおかしい。

「す、すれ違いになったのかもしれないだろ!」

「おれはトイレでずっとメイク直しをしていて、あやうく集合時間に遅れかけました。その間あなたはどこに?」

「ぐ、だったらお前が本当に男子トイレにいた証拠はあるのか!」

「おれがメイク直しに使ったコットンと綿棒が男子トイレのゴミ箱にあるはずです」

 唖然とするみんなの前で、ゆめちゃんがおじさんに詰め寄る。

「で、本当はどこにいたんですか?」

「く、くそお!!」

 その時、おじさんの態度が豹変し、あっという間にゆめちゃんを人質にとってしまった。

「お前らそこをどけ! ガキがどうなってもいいのか!」

「やめろ! 子どもを放すんだ!」

 警察官が慌てて犯人を説得するけれど逆効果のようで、ゆめちゃんを捕まえる腕がどんどん強くなる。

「いたたた」

「あの絵は俺達窃盗団が以前から狙っていた! 本物のセンサーがひとつだけだと知り、休憩時間に盗んで隠すのは簡単だったのに。あとはここからトンズラして、警察のいない隙に仲間に絵を回収させれば完璧だった……なのに、このガキのせいで!」

 犯人が怒りに身を任せゆめちゃんを締め上げようとした時、ふわっとその体が宙に浮いた。


 次の瞬間、ドンッという鈍い音とともに、ゆめちゃんの華麗な背負い投げが決まった。


「ぎゃあ!?」

「え、ピンクちゃん強っ」

「ゆめちゃんち柔道場なんで……」

「えーん。怖かったよぉまやくん」


 結局犯人はその場で逮捕され、ゆめちゃんは逮捕に貢献したということで後日表彰されることになった。

 ガイドさんは自分がにせもののセンサーのことを話したせいで絵が盗まれたと落ち込んでいたけれど、うさぎの絵が無事天井裏で見つかって、涙を流して喜んでいた。

 後から聞いたところ、犯人は絵画を狙う悪名高い窃盗団の一員で、以前からうさぎの絵を狙っていたらしい。セキュリティの穴を知り、センサーがひとつだけなら楽に盗み出せると思いその場で犯行に及んだとのことだった。


 帰り道、僕達は濃かった一日を振り返る。

「かっこよかったよ、ゆめちゃん。まるで探偵みたいだった!」

「そ、そんなことないって〜」

 ゆめちゃんはポワッと頬を赤くして、なぜだかもじもじし始めた。

「あ、あのさ。まやくん。今日合流した時、今度からはうちに迎えに来るって言ってたじゃない?」

「ん? うん」

「それって、その……また、こうやって一緒に出かけたりしてくれるってこと?」

 こちらをちらちら見ながらそんなことを言うゆめちゃんを、本当に可愛いなあと思いながら見つめる。

「いや?」

「いやじゃないよ! おれリア友全然いないから嬉しいんだ。でもその、まやくんは嫌じゃない? おれの格好とか……。今日はおれの好きな服でって言うからこうだけど、嫌なら男っぽい服着るし」

「ううん、僕はどっちでもいいんだよ。だって、鉄心くんもゆめちゃんも両方素敵だと思うから」

 あ、この言い方はストレートすぎたな。と反省する前に、ゆめちゃんはボンッと効果音がつきそうなほど真っ赤になってしまった。


 こうなると困ったことになった。ゆめちゃんとは同じ学校じゃないから、きっと勘違いしているのだ。ゆめちゃんと初めて会った時、僕は『まや』って呼んでと言ったのに、いつの間にか『まやくん』が定着してしまって。そのままずるずると今日までいたってしまった。

 多分彼のことだから、真実を知っても友達でいてくれるとは思うけれど。


「おれ、まやくんと友達になれて本当によかった」

「………………うん」

「その間はなに!?」


 困った、いつ言おう。僕が女子だってこと。君のことが好きだってこと。


(了)

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