第3話 揺れるお前らと共にいたい

真夜中人間さん

2022/12/19 04:35


>真夜中にすいません。今、俺は友達二人とシェアハウスをしています。そのことに対しては今は何も問題ないのですが、最近再会した友人がうちのシェアハウスで一緒に住むことになりました。それ自体は構わないのですのが、部屋が足りないので俺の部屋で一緒に眠ることになりました。どんな感情で一緒に眠れば良いですか?



コングラチュレーションアンサー

空気系男子さん

2022/12/19 04:51


>同じ部屋で寝ても良いと思っているのなら、その相手は質問者のことが好きなのではないかと考える。あと、質問者は四時はもう朝だから早く寝た方が良い。


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 せっかく空気系男子さんからの返信をもらったが、今回はなんだか雑なように思う。前はもう少し親身になって考えていてくれていたというか、こんな「一緒に住めば恋人!」みたいなことを言うタイプではないと思っていたのだが。中の人が変わってしまったのだろうか。少しだけ悲しくなる。

 とはいえ、もう四時どころか五時になりかけているのは事実だ。今日は休日ではなくバリバリに出勤日なので早く眠らなければいけない。見ていたパソコンをシャットダウンすると、いつものように布団の中に潜り込もうとする。


「……あぁ、そうだったな。今日からはもういるんだよな、こいつが」


 目の前のベッドで気持ちよさそうに寝息を立てる霧矢。ほんの一カ月前に再会したばかりなのに、俺が知らない内に相馬と大家さんに相談して、この家に引っ越しをすることに決めたらしい。


 俺からすれば、引っ越し自体は構わなかった。同居人たる二人が構わないなら特段に否定する理由もなかった。しかし、もう余っている部屋がなかったのだ。元々俺たち三人だけで暮らす予定だったので、この家には三人分の個室しかなかった。霧矢は「ソファーで大丈夫ですから!」と遠慮していたが、一人だけソファーに寝かせるというのもなんだか気が引けた。そんな時、相馬が鶴の一言を漏らした。


『それだったらさー、狭間ちゃんの部屋で寝泊まりしたら良いじゃん。僕たちの中で一番広い部屋に住んでいる癖に物が少ないんだし、もう一人ぐらい入れるでしょ』

『ベッドはどうすんだよ、ベッドは』 

『えっ? それは二人で同じベッドに寝れば良いでしょ。ダブルが良いなら安いのなら新品でも二万円ちょいだし、半額ぐらいなら僕と亮太からも出してあげるけど』

『いやそれは良い。今のベッドでも二人ぐらい十分に寝られる、寝られるが……霧矢はそれで良いのかよ。俺と並んで二人、とか』

『むしろ歓げ……大丈夫です! むしろ、俺ではなく狭間くんの方が俺と一緒のベッドで大丈夫なのかどうか……』


 そんな捨てられた犬みたいな視線で俺を見ないでほしかった。霧矢のその目線に俺はとことん弱い。


『……大丈夫だよ、大丈夫。その代わり、マジで俺は自分一人の時と同じように部屋を使うからな? それで大丈夫なんだな?』

『当たり前です! 俺の方から狭間くんの私室で同棲生活を送るんですから、そのぐらい気にしません!』


 そういった経緯があって、今の現状に至る。俺は霧矢の隣に行くと、さっさと布団に潜る。こうやって背中合わせで一緒に眠ってみて思ったが、二人で寝るとかなり狭い。やっぱり、明日の朝……というか二時間後に起きたら、二人にダブルベッドを打診しよう。どうせ部屋のスペースは有り余っているのだ。特段これといった趣味もなく荷物も少ないので、部屋には椅子と机とパソコンしかない。本棚もあるにはあるが、会社から入社当初に渡された「反省ノート」ぐらいしか置いていない。後の段は埃が占拠している。


 それは別にしても、こうやって距離が近いと否が応でも霧矢の体温が感じられた。俺は可もなく不可もない体温をしているが、霧矢は常時温かい。その何とも言えない温度差が心地よかった。あの夜の事を思い出すことができるようで、俺の心はとても落ち着いた。そうしている内に、いつしか俺は何も考えることがなかった幼い頃のように、いとも容易く眠ることができた。

 次に目が覚めた時には声が聞こえてきた。眠たい目を開くと、そこにはエプロン姿の霧矢がいた。


「狭間くん、もう朝ですよ!」

「……あぁ、もうそんな時間なんだな。全然、眠り足りないが」

「真夜中までネットサーフィンしているからですよ」

「あれ、お前あの時間起きていたんか?」

「あー……味噌汁冷めるので早く着替えてくださいね! 早くですよ!」


 部屋から出て行ってしまう背中を見送ると、欠伸を漏らした。俺がベッドの中に入った時、もしかすると起こしてしまったのだろうか。それだったら、悪い事をしたなと思う。謝っても逆に困らせる程度の問題ではあるが、今日は早めにベッドへ付こうと思った。


 言われた通りに着替えて部屋を出ると、亮太と相馬は既に食事をはじめていた。既に髪のセットまで終えているとは、本当に早い。また俺が欠伸をしていると、俺の分のご飯と味噌汁をよそい終わった霧矢が近付いてくる。


「なんだよ」

「寝癖、酷いんですね。ビジュアル系バンドマンみたいな髪型になっていますよ」

「うるせー。……今から直すところなんだよ」

「髪、梳かしてあげましょうか? こう見えてそういうの得意なので」

「お前は俺の母親か? ……まぁでも、頼めるなら頼む」


 適当な椅子に座ってくださいと言われたので座ると、私用品らしいヘアブラシで髪を溶かしてくれる。その間に俺はさっさとご飯を食べてしまう。


「今日の味噌汁、美味しいな」

「そうだよね! 僕たち全員揃いも揃って料理下手だから、塩辛くない味噌汁って久しぶりだよ」

「えっと……皆さん、そんなに料理が下手なんですか?」

「そうだ。特にお前が今髪を梳いてあげているやつの料理の腕は段違いでな。この前も休日のお昼ご飯にパスタを作ってくれたんだが、なぜか黒焦げの炭が食卓に出てきた」

「えっ……パスタなのにですが?」

「そうだよ。なんか水入れて炊けって書いてあったからその通りに炊いたら、なんか……黒くなったんだよ。わ、悪いか?」


 霧矢はなんとか笑いを堪えているような顔で首を横に振った。


「悪くないですよ、フフッ……でも、これからは俺が狭間くんの代わりにご飯を作ってあげるので任せてください! その代わり洗濯物畳むのは俺も下手くそなので、そっちはお願いします」

「それぐらいなら良いぞ。料理をやってくれるのなら、むしろ俺にそれ以外全部を任せてくれてもいい」

「えっ、それじゃあ僕の毎週の掃除当番も任せてもいいの!?」

「それはちげぇだろ! 俺が代わってやるのは、あくまでも霧矢の分だけだ。お前は亮太に代わってもらえ」

「だって、亮ちゃん」

「……いくらでも無理なのものは無理だ。お前は甘やかしすぎると、すぐに調子に乗るからな。お互いがお互いの了見を理解した上で、程よい距離感を取るのが一番良いんだよ」


 相馬は「ケチー」と軽い愚痴をこぼしていたが、それ以上は追求しなかった。いつもは悪ノリする癖にこういう「追求すれば不味そう」みたいな時だけは妙に鼻が良いから亮太に嫌われないんだよなと思う。

 ただのイチャイチャしているカップルなのかと思っていたが、案外にお互いに最適な距離感というのを理解しているのかもしれない。朝から変な感心をしている内に俺の髪が梳き終わった。「ありがとな」とお礼を言うと、少し頬を赤くして「はい!」と言った。

 そうこうしている内に出勤の時間が近付いていた。俺と亮太は八時、相馬と霧矢は九時に家を出る。なので、夜まで一旦お別れである。玄関口で靴を履くと、相馬と霧矢は「いってらっしゃい」のキスをしていた。こう見ると、どこからどう見ても「距離感がバグっている付き合ったばかりのお熱いカップル」にしか見えないのだが。

 先に出た亮太を見て、俺もそろそろ行かないとなと思う。


「それじゃあ、霧矢行ってくるな」

「はい! それじゃあ、また後で……あの俺たちもキ」

「ん? どうかしたのか」

「い、いえ何でも! いってらしゃいです!」


 なぜか顔を赤らめている霧矢に首を傾げながら、俺はドアを開けた。亮太とは逆方向に職場があるので、もう夜まで彼の姿も見ることはない。俺はグッと背伸びをすると、憂鬱な月曜日の朝も少しは調子が上がってきた。

 この日常がいつ終わるのか分からない。もしかしたら、明日突然「結婚したいから二人で東京に行くね!」と言って、亮太たちは遠くに行ってしまうかもしれない。それでも、今この瞬間は。この揺れる日常の中であいつらと共に過ごす日々は、俺にとってかけがえのないものである事実は間違いないと感じていた。

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揺れるお前らと共にいたい 海沈生物 @sweetmaron1

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