先輩、甘くて苦い、恋はいかがですか?
雨夏
恋は一兆円以上なんです
「いらっしゃいませ~! 席はこちらになります」
私・
高校一年生なのでアルバイトじゃないとできないのだ。
「ご注文は?」
「ラテアートを一つとホットケーキを一つお願いします」
「
注文を受けた私は厨房へとかける。
厨房の注文一覧に、新たにラテアートとホットケーキを書き加えた。
ピピピッと私の注文パッドに通知が入り、注文をしたいお客様がいることを私に知らせる。
私はその席にかけると、注文をとった。
「ご注文は?」
「ハニーカフェラテ一つ、ミルクレープ一つ」
「承りました」
また注文一覧へと戻り、ハニーカフェラテとミルクレープを書き加えた。
「桜木さん、ラテアート運んで!」
「はい!」
完成したラテアートをトレーにのせて私に差し出すのは、このカフェで働いていて私の先輩の、
茶髪で髪がすこしボサついていて身長は高め。さわやかで優しく、イケメン。理想の先輩で、理想の……彼氏。
私、このバイトやって今日で一ケ月なんだけど、いつの間にか鳳凰先輩に恋してた。
じゃあ告白しちゃえば? って思うでしょ? けど無理なの。
まず、鳳凰先輩には彼女さんがいるんだ。鳳凰先輩は理想のパーフェクト彼氏だから、超美人さんのこちらもパーフェクト彼女がいる。私なんかが選ばれる確率は低すぎる。
そして、この職場では恋愛はダメなんだ。落ち着けるようなカフェで、カップルがイチャイチャするとお客様が不快に思うかもしれないから、ダメなの。だからカフェをやめるなんて無理だし。
私の恋は実ることのない恋。だから、誰にも言えない恋。
「こちら、ラテアートです」
お客様は軽く礼をしてくれた。
私が厨房に戻ると、鳳凰先輩が私に向かって手招きしてる。どうしたんだろう?
「桜木さん、まかない」
「ホントですか⁉ やった!」
「ふふ。これ、抹茶ラテとラスク。僕が作ったやつなんだけど、フレンチトーストに使う食パンの耳があまっちゃって。ラスクつくってみたんだ。ラテアートはおもてなし」
「すっごくかわいいです! ありがとうございます!」
私は先輩からまかないセットのトレーを受け取り、厨房とは別にある休憩室に入り、席に座った。
両手をパンと合わせる。
「いただきます!」
わーい! 鳳凰先輩が作ってくれたラスクだ!
うちの店は食パンもこだわって選んでいるから、耳までおいしいんだ。
私はラスクを食べた。
サクッ、といい音! 食感がいい。さすが鳳凰先輩!
「おいし~い!」
思わず声を出しちゃうほどおいしい。
砂糖をまぶしてあるシュガーラスク。私甘党だからお菓子大好き! それプラス先輩の手作りって神コンビだよ!
サクサク系で喉が乾いてきたとき、抹茶ラテを手に取る。
と、その前に、抹茶ラテを写真に撮った。
だってこの抹茶ラテ。先輩が作ったってだけじゃなく、3Dラテアートなんだよ!
しかもこれ、私が好きなキャラクターのにゃにゃんだ! 抹茶ラテだし!
にゃにゃんっていうのは猫のキャラクター。しっぽがハートになっているのが特徴的。
私は飲んじゃうのがもったいないなあと思いながらも、鳳凰先輩が私にためにつくってくれたやつだし、時間がかかりすぎるとダメだから一口飲んだ。
にゃにゃんは崩れちゃうけど、抹茶ラテの温かさと甘さがしみて、とってもおいしい。
「ごちそうさまでした」
名残惜しいけど、飲み終わった抹茶ラテのコップとラスクのお皿を持ち、厨房の洗い場に頼んだ。
「鳳凰先輩! まかない、ありがとうございました。すごいおいしかったです!」
「ありがとう、桜木さん」
「ラテアートできるのすごいですよ! しかもエッチングの3D! 神ですか」
ラテアートにはやり方が二つあって、フリーポアとエッチングがあるの。フリーポアは2Dで、ミルクを入れながらかく。エッチングは入れた後にピックとかを使ってかく。細かくかけて、3Dもできる。でも難しい。
「ははは。神じゃないよ。桜木さんも練習すればできるって」
「本当ですか?」
「本当だよ、本当」
私は勇気をだしていってみる。
「先輩! ……ラテアート、教えてください」
「いいよ。今日、仕事終わったあと居残れる?」
「居残れます」
「じゃ、そのときね」
「はい!」
鳳凰先輩は自分の仕事を再開し始めた。
私は小さくガッツポーズ。
先輩と居残り練習だぁ! 浮気じゃないよね? これは、後輩に教えてるだけだもんね!―――私が恋愛感情を抱いてないとは言ってないけど。
「先輩と居残り練習っ♪」
私は誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
◆◆◆
「お疲れ様!」
「お疲れ様でーす!」
このカフェは朝九時から夜七時まであって、私は高校生だから午後五時から参加させてもらってる。夜は七時まで働く。帰る電車では課題。毎日忙しい。
先輩は大学生だけど、優等生だから午後にはもう帰らせてもらえるらしい。出席日数を稼ぐために登校はしなきゃいけないけど。
「桜木さん!」
「はい!」
「ラテアート教えるよ!」
「はいっ!」
浮かれちゃうよ。それよりも、私はこうお願いしてみた。
「先輩」
「なあに?」
「私のこと、名前で呼んでくれませんか?」
「いいけど……遥、ちゃん?」
「はい、はい! そうです! 私も琉楓先輩って呼んでもいいですか?」
「いいよ?」
「ありがとうございます」
私はこぼれそうな笑みをこらえながら、少し微笑んで頭を下げた。
でも心の中はお祭り騒ぎ!
わぁ~い‼ 先輩に名前で呼んでもらえたよ! 遥ちゃんだって! 琉楓先輩って呼ぶのも許された! これって、少しは恋も進歩したよね? だよね??
「じゃあまず、ラテアートに必要な道具はこれだよ! グラインダー、エスプレッソマシン、ミルクピッチャー、ミルクフォーマー、コーヒー、ミルク。これでつくるよ。まずコーヒーをカップに入れて、ミルクも準備。ここまではやってあるから。次は、カップを少し傾けて、ミルクを入れたら……こうやって近くで入れて……真ん中をへこませ、先を描き切る!」
「なんで! すごい!」
先輩はあっという間にラテアートでハートを描いてしまった。
私も先輩を見様見真似でやってみるけど……
「ああ、無理だ!」
ただのまるができちゃった。やっぱり難しい!
「かわいい丸だね。これでもうまいほうだよ?」
「本当ですか?」
「そうそう。桜木さん、素質あるって」
「桜木さん?」
「ごめん、遥ちゃん。練習すればできるよ」
「はい! 琉楓先輩のお墨つきですね!」
「はは、僕そんなすごい人じゃないからね?」
「いやいや、神様ですよ!
先輩と私はからからと笑う。
ああ、楽しい。先輩と付き合えたら毎日こんな感じなのかな。
「遥ちゃん、どうしたの?」
「え?」
「なんか、悲しい笑顔してたよ」
「気のせいですよ、先輩」
「そう?」
「そうです」
いつのまにか悲しい気持ちになってたんだ。私ったら、本当に。先輩の前では笑顔でいなきゃダメじゃない。
二人でつくったラテアートを交換して飲んだ。
「先輩がつくったの、おいしいです」
「本当? でも顔が渋い。ごめんね、はい、砂糖」
「ごめんなさい」
私甘党だからカフェラテも甘くないと飲めないんだよね。砂糖マシマシ。
ラテアートを飲み終わったら、そのあとは後片付け。嫌いな後片付けでも琉楓先輩といっしょだったらすごく楽しかった。
そして、片付け終わった後。
「遥ちゃんももうそろそろ帰らないとダメなんじゃない?」
私は時計を見た。確かに、次と次の次で私が帰る時間に間に合う電車はない。
「そうですね。でももう少しお話できますよ!」
「そっか。でもごめんね!」
「え。どうしてですか……?」
「僕、
紗癒。彼女さんの名前かな? 上がってたテンションが急激に冷めていくのがわかった。
そうだよ、私。先輩には、彼女が。彼女さんがいるんだよ。付き合ってるんだよ、琉楓先輩は。
「………そうですか」
「ごめんね。また明日!」
「はい」
震える声でつぶやく。
先輩は従業員専用の裏口から出ていった。
ブォォーンと先輩の車が発車したらしい音がして、遠ざかっていく。
「う、う、ふえぇぇ~ん!」
なんで私、泣いてるんだろう。
わけがわからないのに、涙があふれる。
「ぐす、ひっく。ぐす、ひっく!」
いつかの私はこう思っていた。
恋なんて、楽しい、幸せなものだって。好きっていう気持ちだけで、恋は好きが九割、嫉妬が一割だって。
でも、違ったんだ。
本当は、成就した人しかそんなふうにはならなくて。
私は、実らないんだ。
恋って、苦しいものなんだね。嫉妬もあって、好きっていう気持ちが多くて、好きな人がほかの人と仲良くしてるだけでも苦しい。
ああ、恋なんて―――ないほうが、いいのかも。
先輩。琉楓先輩。鳳凰琉楓さん。
私は、あなたが――――
好きなんです。
先輩、甘くて苦い、恋はいかがですか? 雨夏 @mirukukoka
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