本番前、部員全員が先生に集められた。最後の決起集会という感じだろうか。

「みんな、緊張してる?」

 先生の言葉に、みんなが頷く。僕も同じだ。

「そうだよね、初めての人の方が多いもんね。でも大丈夫だよ、いつも先生、『楽しませるために楽しもう』って言ってるでしょ。今日見に来てくれたお母さんお父さん、他の学校の人や審査員の人、みんなを私たちの曲で楽しませよう。賞は二の次だよ、楽しんだもん勝ち!」

 僕はその言葉を聞いて、やっぱり自分の後輩は凄いと思った。彼女も先程、こんなことを僕に言ってくれたのだから。そんな後輩は、ニコニコとして僕の隣に座っている。


 舞台袖で出番を待っていると、少し紛れていた緊張感がまた戻ってくる。

「先輩、顔硬いですよ」

「また緊張してきちゃって……」

「あ、じゃあ先輩、ちょっと楽器持っててくれませんか? それと私に背中向けてください」

「な、なんで」

「なんでも。ほら早く」

 後輩の楽器を受け取り、右側を向く。するとせーの、という小さい声の後、ばん、という音と共に背中に痛みが走った。

「痛っ……」

「私の気合い、先輩にも分けてあげます」

 そう言って彼女は笑う。驚いたけれど、なんだか少し呼吸がしやすくなった気がする。

「ありがとう、でも本気でやりすぎ」

「えっ、痛かったですか」

「うん、とっても」

「わあごめんなさい」

 悪びれていなそうなその謝罪につい笑ってしまう。あー笑ったーと後輩は少し不機嫌そうだったが、僕はそのおかげでいつもの調子を取り戻せつつある。感謝しかない。

 彼女の楽器を返し、頑張ろうねと小さく言うと彼女は満面の笑みで大きく頷いた。なんだか彼女は戦上手なんだなと思った。


 ステージは煌々とライトが照らし、暑い。そういえば水分補給を忘れていたなと思った。

 僕の席は最前列のセンター。意外と指揮者に隠れて客席からは見えない位置だ。

 ──そうだ、僕は姿じゃなく音でクラリネットを吹く僕の存在を示さなくちゃならない。憧れていたあの高校の生徒たちのように、みんなで堂々と僕たちの音楽を楽しんで作るのが、今のやらなくちゃいけないこと。

 僕は席について、姿勢を正して、目が合った先生と頷きあって、大好きな楽器を構える。汗が顔のラインに沿って流れた。


 コンクールの全てが終わった後、学校まで楽器を戻しに帰った。コンクールの結果は銅賞。3着の銅賞ではなく、全ての学校を3つに分けた時の3番目の銅賞である。

 正直に言って、上手く行ったと思う。楽しんで演奏ができたし、後輩との息もぴったり、全体のタイミングや音色も合っていたと自負している。それでも周りにはもっと凄い学校があって、その差は圧倒的だった。銅賞の中では上の方だと先生が言っていたが、やはりその顔も少し悲しそうであった。

 悔しかった。とても。自分なりに上手く行ったのが太刀打ちできないほどの差があると見せつけられた。

 どんな顔をして後輩に相対すれば良いのだろうかと思っていたら、楽器を置こうとした時後輩と会ってしまった。

「……先輩、私たち上手でしたね。ステージ楽しかったです」

「うん、頑張ったし、楽しかった」

「でも……でも悔しいです」

「僕も悔しい」

「先輩、来年はもっともっと上手くなってやりましょうよ」

「頑張らなくちゃね」

 淡々と返していたが、なぜだか涙が込み上げてきた。みっともない顔を見られたくなくて、後輩から目を逸らす。

「……先輩」

「な、なに?」

「次のステージはなんですか?」

「つ、次は……たぶん文化祭かな」

「じゃあ文化祭までにもっと上手くなって、その次のステージまでにももっともっと上手くなって、そのまた次のステージまでにももっともっともっと上手くなって……来年のステージまでに最強になっちゃいましょうよ」

 最強になる。それまでにどれだけの努力と時間がかかるだろうか。けれどなぜだか、この子ならやり遂げてしまいそうだと思った。だから僕の答えは決まっている。

「……負けないよ」

「先輩には勝てませんよ〜」

「そんなことないよ、すぐに追いつかれそうな気がする……2人で最強目指して毎日練習頑張ろうね」

 後輩はぱっと笑顔になって、はい! と返事した。この子なら僕が引退しても大丈夫だろうと思った。きっとクラリネットパートだけじゃなくて、部活も大丈夫だと。


 それから何年が経っただろうか。今僕は大学生である。未だにクラリネットが大好きで、つい最近念願叶って自分の楽器を買うことができた。よくカラオケに入ってこっそりクラリネットを吹いている。

 この間久しぶりに、僕の1つ下のクラリネットの後輩に会った。彼女は変わらず小動物みたいに可愛らしく、数年見なかったうちに少し大人っぽくなった気がした。彼女も大学に入り、今は中学校教員になるために勉強を頑張っているという。吹奏楽部の顧問になりたいと言っていた。

 やっぱり自分の青春は、全て音楽と共にあった。全力で音楽を追った中高、毎日が楽しくて充実していたと思う。辛い思い出も全てが自分の糧で、大切な思い出だ。

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音楽群像劇 水神鈴衣菜 @riina

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