第3話
次の日は雨だった。やはり私の心と空はリンクしていると思った。昨日あんなに晴れていたのに、一気に梅雨だと実感させられる。このまましばらく雨の日が続くらしい。私は自転車登校を諦めて傘をさして歩いているけれど、いつも自転車のカゴに入れている鞄が肩にずしっと重たく食い込んでいた。
学校では秋に行われる体育祭の練習がもう始まっていて、それも私の心を憂鬱にさせた。運動は好きではない。というか、苦手だ。小学校の時クラス対抗リレーで転び、クラスが最下位になってしまったトラウマは何年経っても私の中から消えてはくれない。そこにきて、昨日のあの大地君の小説のような小説っぽい、小説なんだろう文章を読んでからの私の心が、目に映るもの全てを憂鬱にしている気がする。
一時間目の体育の授業を終えて二時間目の国語の時間に、隣の席の大地君が誰にも気づかれないように、左肘で私をコツンと触った。
――え?
身体をびくんと震わすと、何やらノートの端っこに書かれているものをこちらに寄せてくるような仕草をした。何か、小さな文字で書いてある。
《 応援してくれたんだよね?》
どきりと胸が縮こまった。もちろんハートの応援ボタンを押して、コメントを書いたのは自分だと知っているけれど、改めて「応援」というフレーズを読むと、胸が痛んだ。「応援」、しているけれど、その文章力で書かれた物語に「応援」できているかは疑問だった。大地君という作者を「応援」している。という表現が正しいのであれば、それは「応援」なのだとは思うけれど。
私が何を書いて答えればいいかを考え込んでいると、その様子が分かったのか、大地君が自分のノートを自分の方に引き寄せて、腕で隠されたその秘密の空間にまた何かを書いて、こちらに寄せてきた。
《 どうだった? 俺、文章が苦手で、恥ずかしいから、ダメならダメっていって? 》
それを読んで、私の気持ちはぐらりとある方向へ向き始めた。いつもは誰とでもそれなりに仲良くし、剣道の中体連でもそこそこの成績を残した大地君が、なんだか小さく思えた。
――大地君は、私を頼ってくれてるんだから。それに答えないと。
そう思った私は、その大地君のノートの端っこに、こう書いた。
《 正直にいうとね、少し、読みにくかったけど、お話は面白かった 》
それを腕の中で隠しながら読んだ大地君は、また何かを書いてこちらに渡してきた。
《 やっぱりそうだよね。ごめん、変なもの読ませて。忘れて 》
――え? そういう意味じゃなくって、って、どうやって言えばいいのかわかんないよ。
小説を書くのはとても大変なことだと思う。物語を自分で考えて、それを読みやすく、さらに言えば、読者に伝わる何かがないといけない。私は読むのが好きだけど、でも自分で小説が書けるかと聞かれれば、絶対に書くことはできないと思った。きっと、自分が書いたものを誰かに読んでもらうのは勇気がいるはずだ。裸の自分を見せるようなものなのだから。
――信頼して、私に教えてくれたんだよね、それなのに、大地君が私の感想で、嫌な思いをしたらダメだ。でも、どうやて言えばいい? 上手だったよ? って? いや、嘘を伝えるのは大地君にとっても、絶対良くないことだと思うんだよね、あぁ、もうどうしたらいいのかなぁ。
隣の大地君と私を変な空気感が包んでいる。教室の中で、重苦しい窓の外の灰色の雲のように、私達の並んだ二つの机だけ世界が違うように感じる。
国語の武山先生が何かに気が付いたのか、不意に名前を呼ばれた。
「小宮、お前また体調悪いのか?」
「いいえ、全然、大丈夫です」
「顔色が悪そうだから、無理するなよ。それと、こないだの実力テスト、すごく点数よかったぞ。さすが読書好き女子は読解力が高いな」
武山先生にそう名指しで褒められるのはあまり好きじゃない。クラス中の意識が私に向いていることが、こちらに顔を向けていなくてもわかるからだ。思わず顔を教科書に戻した。
――え?
いつの間に書いたのかはわからないけれど、また隣からノートがこちらに寄せられている。そこには、大地君の文字でこう書かれていた。
《 俺がもっと文章が上手くなるように教えてくれない? 国語 》
――えっと、それは、どうやってって、えええ!?
なんて書いていいかわからずあたふた心の中でしていると、大地君がまた何か書いてこちらに寄せてくる。
《 代わりに俺、小宮さんの苦手な体育なら教えられる 》
え? と大地君をみると、一瞬こっちに視線を寄せて、また黒板の方に視線を向けた。私に国語を教えることはできるのだろうか。そもそも、国語教えてって一体なにを教えて欲しいというのだろうか。
――でも、答えたい気持ちはある。だって、大地君が小説を書いているのは、二人だけの秘密なんだから。
二人だけの秘密の意味は、昨日の小説投稿サイトを見てから少し意味合いが変わってしまった気がするけれど、それでも心をくすぐるものがある。やっぱり大地君のことが好きだと思う自分がいるからだ。
――両思いになれないなら、せめて応援できる人になって大地君の書く小説を全力で推してます、でいいじゃない。
そうならば、私は大地君に文章力を上げてもらいたい。じゃないと年間何十冊も本を読む読書好きな私は、全力で大地君の書く小説を推すことができない。
誰にも言えない恋心を胸に秘めて、私は大地君と契約を結んだ。
《 私は国語、大地君は体育ね 》
完
私は国語で、あなたは体育 和響 @kazuchiai
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