第19話 九尾姉妹VS転生TS美少女

「その、殺生石のおかげで、迷いの森から抜け出せたと?」

 無遠慮に狐っ娘たちの尻尾の付け根当たりを撫でながら、少年は事態を把握し始めていた。


「そうそう。あたしら、今、三つに分かれてる状態でぇ」

「殺生石に引きこもってる、末の妹がおるんです」


 殺生石とは、九尾の狐のもう一つの姿である。

 どうも、深く眠りにつくときに、そういう領域結界を形成して、力を蓄えるということになっている。


「言うて山登りの不意なビバークみたいなもんやさかい、大して疲れもとれんし、回復に時間もかかりますけどな」

 無分別に毒をまき散らしているのは、自己防衛の為ではなく、やっつけ仕事だからということらしい。


「で、その子のなまえが――」

「それぞれの名前決めよーなったときに、あの子が言うから、あてと姉様で、勝手にシロちゃん呼んでます」


 シロ…… 白。


「ああ…… 時系列順で三姉妹か」


「安直やけれど、妲己名乗てんのが、一番ちんまい見た目で、それを理由に末妹とかすると、ややこしなるんで、素直に名前の来歴で決めたんおす。あてら見た目なんぞ自在に変えられますよって」


「でも、たまちゃん、普通に次女っぽいよね」

「あても、このポジション気に入ってますぅ」


「ちなみぃに、末っ子の名前の由来は、まんがにで――」

「あ、そこに興味ないからいい」

 少年が言葉を断ち切る。


「問題はその子がかどうかだっ!」

 ※彼は動物の話をしています。



「あー…… そっちはどやろかなぁ」

「なんか極端なんだよね、あの子」


「狐の時とヒトの時しか見たことない」

「やねぇ。ヒト言うかぁ、ウシぃみたいな」

「ウシ?」

「ほら、ええもんお持ちで……」

「ああ、おっぱいが大きいってこと? でも他はたまちゃん並みに細いし、前髪で目もと隠してて、大人しい…… あ、乳牛ってこと?」



「あと、ん中では一番人間臭い言うか、享楽的言うか……」

「声がおっきい」

「普段はそうでもないんやけどなぁ」


「大体、いっつも人型やからなんか知らんけど、色々溜まるんやろなぁ。なんや発散の仕方が独特やねんなぁ」

「声がおっきいっ!」

「せやなぁ♪」


 ※彼女たちは、の話をしています。


 決してメカクレ巨乳美少女のあられもない日常の暴露ではないです。


「……で? 獣の時は?」


 少年は、興味のない話を雑に聞き流して、再度尋ねる。



「んー……、なんやでかい図体して、いつもビビッてイキり散らかしてる感じやろか?」


「そこがかわいい!」


「せやねぇ。ギャップ萌え言いますか、犬歯剥きだして威嚇してるとことか、えろう禍々しくて、内情知ってるだけにほっこりします。ご主人様ならきっと気に入る思いますわ」


「おお~、デカいのはポイント高いな」


 なにしろ地球じゃ、絶対に飼えないようなモフモフだ。



「で、その子は迷いの森から出たがらないのか?」


「それもあるけど、森の封印の力が強すぎて、シロちゃんは出れないんだよ」


「あてらの抱えてる力のほとんどをシロちゃんが引き受けてくれてはるから、あてらだけ、この境界付近まで出れてるだけですぅ。今、あてらの飯の種を、奴隷を通じてバラまいてるとこですわぁ」


 彼女たちの餌は、人間の負の感情だ。それを集めて蓄えて、森ごと喰ってしまうつもりでいたらしい。

 誰かの所有物となった奴隷が、虐げられるのを期待して、奴隷商なんかに化けてみたものの、事のほか人道的な扱いをされているようで、成果はいまひとつといったところ。


「……(ふむ、それは、使えるな)」

 ひとまず、止める理由もないようなので、奴隷売買は継続の方向で。


「ついでに、時間潰しのアテができたな」


 【迷いの森】に戻ってシロを手に入れる。

 ……モフモフする為に。ただモフモフの為だけにっ!!!


「そないなことできはるんですかっ!?」


「ん、まあ、できるだろ。……たぶん」


 この子らが姫絡みのヒロイン候補だというなら、土地の呪縛を解く方法は、可能性が高い。


「……(この世界ゲームのルールは何となくだが見えてる)」


 解法は一つじゃないし、姫でなければ解けない、なんて作りにはなっていない。


「まぁ、どうにもできなくても、切り札を一枚切るだけだから問題ない」

 それでモフモフが手に入るなら安いものだ。

 問題? もちろん、大アリだよ☆




 と、方針を決してしばらく後、ようやくおねーさんたちが戻ってくる。


 応接室には、息も絶え絶えなケモっ娘がふたり、少年の両脇を占拠するようにている。


 誰から見てもいかがわしい光景にしか映らなかったが、それぞれのリアクションは明暗くっきりと分かれた。


 まずシーナは、得心したような表情で、うんと一つ頷く。

 単に結果オーライなだけで、なんも仕事してないという事実にまるで気づいていない様子。かわいい。


 おねーさんは、一瞬驚いた表情を浮かべたのち、この世の邪悪を煮しめたような、この上のない悪い顔で、後ろにいた姫に場所を譲るように、端へと移動する。


 そして、視界は開けたというのに、とても狭い一範囲のみを凝視したまま、固まって微動だにしない少女が一人。


 ギギギ…… 擬音にするとそんな感じか、ぎこちなく左右に首が振れる。


 自分より小さな愛らしい女の子。自分よりアダルトな艶のある女性。じっくりと品定めするように視線を泳がせ、自覚もないまま自然と目つきが鋭くなる。


「誰よっ!? その女っっっ!!!」

 と、食って掛かりそうな勢いで、口をパクパクさせていた。


 そんな姫の様子に、身体をくの字に折り曲げて、笑いを堪えてプルプル震えるおねーさん。


 おねーさんと少年は、魔力に干渉するタイプの魔法が効かないので分かっていないが、あの姉妹、姫の目には半裸というのもおこがましい格好で挑発的な視線をこちらに送ってきているようにしか見えていない。


 誤解を恐れず言うなら、半裸どころか、全裸に剥かれて、全身余すことなく愛撫された後のピロートーク状態である。

 姉妹からしたら、他のメスにドヤ顔するのも無理からぬ心理状態と言えた。


 ああ、心地いい。特定の人物からの得も言われぬ負の感情が、気だるい身体に染み渡るよう。

 というのが、姉妹共通の感想である。


「ふーん…… へー…… ほー……」

 姫は、すべてを悟ったよう(悟ってない)に軽蔑の眼差しで少年を睨め付ける。


「最っっっ低っ!」

 


「ぶっはwww」


 期待値を軽く超える名言に、おねーさんが決壊した。

 シンプルで芸術点が高い!


「おまえら、なんかやってるな」

「はぅっ!?」

「あ、くぅんっ♡♡♡」

 さすがに少年にオイタがバレたらしい。姉妹は腰の当たりを無遠慮に鷲掴みされてあっさりと無力化する。

  

 幻視は解け、それで事態が収束する。とはならなかった。


「け、けだものっ!」

 と、姫。


 さて、誰に対してどちらの意味で言ったかは定かではないが、姫の沸点は思いのほか低いらしく、状況はあまり好転していないようだ。


 一般人からしたら、ゆるキャラや着ぐるみと戯れているに等しい光景も、一度ハーレム脳に侵された頭では、長女はともかく、次女は看過できなかった。


 つかつかと少年に近づき、強引に引きはがす。


「…………ハッ!? あ、あっ――」


 やってから、自分の置かれてる立場にようやく気付いたらしい。


 誰がどう見ても、付き合ってもいないヒロインちゃんが、気になる男子が他の子と仲良くしてるのに嫉妬して、我も忘れて割って入る。

 という、典型的なラブコメみたいなムーブをかましたことに気づいたらしい。


 逆に、それらを否定したとしても、残るのは、てめーは愛玩奴隷にうつつを抜かしておきながら、こっちにはペットと戯れることすら許さない、彼女面で束縛するメンヘラ自己中の嫌な女(中身は男)という……


「あ…… えと、これは――……」


 姫は、しどろもどろに目を泳がせる。


 実のところ、既に覚悟決まってる少年と、既に堕ちてる超絶美少女が、しょーもないシチュでやきもち焼いてぷんすかしてるだけの話なので、傍から見たら、ただただ面白いだけなのだが、本人は真剣である。


 ただ、女性になって日が浅い姫からすれば、この感情を持て余しているというのが実情だろう。

 

 このまま見てても面白いが、まがりなりにもRTA中である。


「ま、落ち着きなさいな」

 おねーさんが助け舟を出す。


「姫は、目の前の大妖怪に少年がになってたから、ちょーっと慌てちゃっただけよね?」

「え……?」


 大……妖怪……???


「あ、そ、そう! それ!」

 姫はとりあえず乗っかった。


「ほーん……」

 少年は、含みのある返事を返す。

 姫にではなく、おねーさんに。


 何の説明もなしに、状況を把握している。

 つまるところ、この女は、こうなることを予測してやがったことになる。


 実際、少年が失念というか、意図的に意識の外に追いやっていただけで、推察すれば、この事態は予測の範疇を出ない話だ。


 森にいる危険値の高いネームドをチェックしていて、おあつらえ向きに狐の姿の人が幻術を使っていれば、ピンとくるくらいは造作もない。


 この世界の攻略に意識を向けてる少年と違い、面白いことに全振りしてるおねーさんならば、こうなることも期待して、ここに来たとしても何ら不思議ではない。


 そして、思ってたより面白いことになりそうで、目が爛々と輝いている。


「……(妖怪よりよほど質が悪いな)」


 くだらないことに注力しつつ、この世界について少年より深く理解しているフシのあるおねーさんは、まさに破格の頼れる仲間なハズなのだが……


「……(どう控えめに言っても獅子身中の虫だからな)」


 この物語にラスボスが居るとするならば、間違いなくこの女が該当する。

 少年は、そう確信するのだった。

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神と魔法とメタ読み攻略 パンドラの箱の正しい開け方とは? りーす=れんたる @lela

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