第18話 ハーレムルートの残滓

 少年は失念していた。


 既にメイドさんによる手厚いチュートリアル期間は終わっているということ。


 ここが元々、魅了系ハーレム主人公のための舞台であること。


 少年が「転生者ならどうせいつかは奴隷に食いつくだろう」と予測できるということは、他の者もそれを想定し、種を蒔くことができるということ。


 ひとつひとつは念頭にあったろうが、それらが複合的に絡み合って具現することまでは予測できなかった。


 まあ、すべてに警戒などできないし、少年もそれは分かった上で、動いてはいた。


 そう、少年が失念していたこと――


 シーナが神の先兵たるハイエルフ指示待ちのとんだポンコツという、その一点を見落としたことに尽きる。


 シーナは、異端な調停者であり、容易に歴史を塗り替える存在だ。

 

 英雄の中の英雄、神ならざる神、精霊の申し子。そのどれもが過大とは言えない評価だ。

 それ故に、生まれてから今まで、自主的に世界に干渉したことは、ただの一度もなかった。

 もちろん、今回も。



「いやぁ、交渉成立して良かった」


 そんなことになっているとは露知らず、少年は屈託無く笑う。


 店主の顔がずっと引きつっているが、いずれ態度も軟化するだろう。

 実際こちらに害意はないのだ。


 邪神復活の悪影響の早期予防、討伐後、速やかな回復の為の人手の確保。 

 別に奴隷商でなくてもいいのも事実だ。


 ここがダメなら傭兵ギルドでも冒険者ギルドでも、何なら一から組織を作っても問題はない。

 単に持ち掛ける話と手段が変わるだけだ。


 だから、こちらに譲歩の余地はない。乗ってこないというなら、望む望まざるにかかわらず廃業の道を辿るリスクを彼らが抱え込むだけだ。

 どのみち全ては救えない。手は差し伸べるが、それを振り払った相手まで無理やりに助けてやれるほど、優しくも、またその余裕もない。


 だが、店主は、どういうわけか乗ってきた。

 正直、どっちでも良かったので、こんなにすんなりと受け入れられたのは拍子抜けだった。


 邪神復活の話を真に受けた訳はないだろうが、まあ、とりあえず金払いが良く、通報したら後々面倒そうな手合いだと印象付けられたのなら、それでいい。



「よし! じゃあ、ついでに、ダークエルフを卸すから売ってくれ」


 どったーーーーーんっ!!! ズッシャァァァァァァっ!!!


 店主がソファごとひっくり返った。あと、奥で控えていた秘書の女がダイナミックに滑って闖入してきた。


「む。……ダメだったか」


 まあ、商材としては、ぶっ飛びすぎているから、そんなリアクションになるのかもしれない。

 

 ダークエルフを各地に散らばらせるのに使えるかと思って言ってみたが、これは無理そうだ。


 実現すれば、実質、元手タダで大金が手に入った上、ダークエルフが人里を闊歩していても違和感が軽減され、金と影響力を持った人間の動向を探れるのにも使えるかと思ったが。

 ……まあ、欲を掻き過ぎか。



「た、助けて、たまちゃ~ん!!!」

 ぶっ倒れたソファから、聞き覚えのない声がする。


「しょ、正体を現しよったなぁ、このどぐされがぁぁぁぁ!!!」

 突っ伏していた女の二本の尻尾が逆立っている。


「……?」


 どうやらしくじったらしいことは、少年も理解できたのだが、

 

 意味が分からない。


 分かることと言えば、目の前で秘書だったらしき女が、今や極上のモフモフを露わにして、その和毛にこげ必死に逆立てて威嚇してることくらい。

 しかも、文句のつけどころのない美人(ケモナー視点)さんだ。


 しかし、この距離はかなりマズい。場合によっては、瞬殺される可能性すらありうる。……まあ、その場合、瞬殺されるのは、この世界なのだが。



「あてらぁ滅したら、そら、【迷いの森】の妖精族戦力ダークエルフも売るほど余りよるからなぁっ!」


「……? ほう!?」


 なんか、勝手に盛り上がって、面白いことを口走り始めた。


「姉様。これもうあかんやつや! こいつ、やっぱりあてらを邪神に仕立てて、打ち滅ぼす気ぃまんまんやったえ!」

「ええっ!? あたしら、また死んじゃうの!?」


「せやろなぁ。行きがけの駄賃に、姉様は情け容赦のうんやろなぁ」

「やーだー! たまちゃん身代わりに犯されて―、くびり殺されてぇ!」

 ソファの先でじたばたしてるらしく、ちらちらと肉球を覗かせている。


「あてらの頭脳担当がされたらしまいやえ。大人しくおねーちゃんが股開きぃ。あ、ちゃうわ、相手ケモナーやから、おしり突き出して尻尾を振りよし」

「にゃーっ!?」


「んー……」


 ――んんん???


 良くは分からない。良くは分からないのだが……


 なんか知らないうちにケモナー認定されている。


 とりあえず、ケモナーなのは認めるところだが、ケモっ娘を性的な対象として見てるわけではない。


 向こうが見ろと言うのであれば、まあ、と言い切ってしまうと少し言い過ぎかもしれない。くらい。


「……(というか、ケモノうんぬん以前に、情緒がない)」


 愛がなくていいなら、正直、おねーさんだけで十分間に合っている。

 

 一見しただけだが、この姉妹は、カテゴリで言えば、姫やシーナと同じ区分だ。 


 対極に、おねーさん、メイドさん、淫魔であるミアンナ、ヴェクトリヤベッキーが入る。


 中間がリリアンナ嬢、少し話した程度だが、ダークエルフの首長もここだ。


 まあ、なんの区分かは本人少年もはっきりとは定めてないが。



 ともあれ、この姉妹を触っていいらしい。撫でていいらしい。良い声で鳴かせていいらしい。明日と言わず、今日から毎日、朝昼夕と散歩しても許されるということらしい。


 と、少年は勝手に解釈した。



「………………」


 覚悟決まってるらしいので、お姉ちゃん方を抱き上げると、手慣れた手さばきでケモ耳と頭頂と首根の良い感じの場所を探るように撫で倒しながら、妹を見下ろす。


「毛づくろい(意味深)してやろう……」

 と、少年。


 なんか勝手に(意味深)とかト書きが足された気がする。おそらく姉妹にはそう見えるということらしい。



「ひっ…… ぴぃぃぃ」

 身を固くして、愛撫(意味深)を受け入れる姉。

「……ほぉらぁ、こぉ、これがケモナーや。おっとろしいぃ」

 その姉の感覚が伝播してるのか、妹は警戒の色を示しつつも、へなへなと腰が砕けていく。


 九尾の狐の弱点。

 なんてことはない。それは、ケモナーである。


 相手の理想の美人に化けるその性質は、ケモナー相手には、素を晒すことを意味する。


 そして、ケモナーの望む堕落とは、目の前のモフモフを生涯愛でることに他ならない。


 その姿で国を傾けるなどできようはずもなく、養分を得られる伝手が自ずと限られれば、やがて力を失い、飼い殺しにされる。


「あ、あぅ、や、めぇ、ぇぇぇぇ」

「ふぁ……そないなとこまで……♡」


 少年は、二匹の…… いや、一対の大妖怪を撫でながら、この世界に来て、初めて故郷のことをぼんやりと思い出していた。

 

 彼は猫を飼っていた。

 猫は過干渉を嫌うと、世間では思われているし、それは決して間違ってはいないのだろう。


「……(うちの歴代の子たちは、呼んだら寝ててもぶっ飛んできたけどな)」


 基本、撫でる。とにかく撫でる。


 寝てる時とかは触らない。だが、覚醒してるなら警戒してようが十本の指で優しく撫でれば、そのうちあっちが根負けする。


 それが当たり前になると、撫でてくれとすり寄ってくるので、たとえ眠くても風邪でしんどかろうと、遅刻寸前だろうと撫でる。


 ……これだけ。


 こちらの都合を押し殺してすべてモフモフに振り分ける。なによりも猫かわいがりを優先する。これをすると、猫じゃらし程度になら余裕で勝てる。

 家族がじゃらしてようと、こいこいするだけで撫でられに来るようになる。


 まあ、またたびとチュー〇には勝てたことないけど。


 だが幸いにも、ここにはそのどちらもなく、少年の剛腕が猛威を振るった。



「ふぅ…… 大・満・足♪」


 もとより勝負などではないのだが、姉妹は一人の少年に骨抜きにされていた。

 少なくとも、こちらに敵意も害意もないことは伝わっただろう。


「……(しかし、そうか。姫を篭絡したってことは――)」


 このテの未攻略美女不発弾がごろごろ眠っている可能性があるということ。

 ハーレムルートを寸断したら、すべてが丸く収まるというのは、甘い見立てだったらしい。


「……(見えてる地雷もあるしな)」


 【みあんな亭】の女主人・ミアンナや、その妹分のヴェクトリヤベッキー、ダークエルフの首長あたりも、本来はハーレムヒロイン候補であり、姫の本来の物語におけるラスボスポジション。おそらくそんなところだろう。


 メイドTASさんなら、世界への過剰な干渉を避ける意味でも、悪意を以て配置された駒だけを無駄なく逆用するくらいは、余裕でやってのけるだろう。


 例えば、九尾が敵に回るルートだったら、リリアンナハーフエルフとダークエルフが共闘することで、安寧と祝福が訪れる、なんて未来があったのかもしれない。


 そんな可能性を、早々に潰したまでは良かったが、そのしわ寄せが、当然の帰結といわんばかりに少年に降りかかった。

 物語の中心TS美少女の程近くにいる男性だから、とかいう理不尽極まりない理由で、今後の不発弾処理を丸投げされた格好だ。


 甚だ不本意だが、少年のハーレムは順調に形成中なのであった。

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