第17話 妲己と玉藻、大いに取り乱す

「シーナちゃん、もう選び終わったの?」

 そう言うおねーさんは、目を輝かせながら、連れてこられた見目の良い少年少女を品定めしている。


「はい。こちらの少年を買います。あとはお任せします」


 シーナは、メイドさんおつかい無茶ぶりを済ませると、密かに放った精霊を回収に向かう。


 この施設内では、一般的な魔法が使えない。そういう仕組みが取り入れられているようだ。

 そもそも性質の異なる精霊魔法はその限りではないのだが、大っぴらに使えば、流石に気取られてしまう危険性があった。


「杞憂であればいいけれど……」


 ひとり、店主と相まみえている少年の身が気がかりだ。

 それに、あの秘書らしき女……



 と、人気のない通路で、放っていた精霊がたゆたう様に佇んでいた。



「――報告を」


 精霊の囁きに耳を傾ける。


 それだけで、少年を中心とした動向が鮮明に頭の中に映し出される。



 ◇



「では、一度、主人の様子を見てくる。返事は戻ってからでいい」


 少年は、終始一方的に話を進めると、一度応接室を出て行った。


 言うまでもなく無事だった。なんの危なげもない。


 それは良いのだが……


「? ……(もしかして、これも計画のうち?)」

 シーナは、不思議そうに小首をかしげる。


 今回打ち合わせが全くなかったので、てっきりその場のノリを少年がフォローする流れだと勝手に考えていたのだが。



ともかく、応接室の中は、気の毒なくらい、てんやわんやであった。




 …… ………… ………………


「ぶっはぁ――」


 店主が、すべての感情がない交ぜになった吐息を盛大に吐き出す。

 そして、みるみると化けの皮が剥がれ落ちていった。


「な、にゃ、にゃんにゃんなんなんじゃ、あの小僧はーーーーっっっ!!!」


姉様あねさま、うるさいえ。静かにしよし!」


 全身を艶やかな体毛に覆われた、人型のシルエットが二つ。

 

 一つは、子供ほどの背丈と六つの白い尾持った人の姿をした狐。中年の店主を演じていた、姉と呼ばれていた方。

 肉球まで完備の結構なケモ度の雌だ。


 そしてもう一つ。ずっと気配を消してそこにいた、秘書然とした姿の成人女性、今は獣のような耳も、白と黒の二つの尾も隠すことなく、半ばあきらめたように目を閉じている。 

 こちらは、姉よりは人間寄りだが、全身を獣毛に覆われ、その貌はひとのそれではない。



 彼女たちは、九尾狐狸きゅうびこり 姉の名は妲己 妹の名は玉藻 である。



「なんだったの? あれ、なんだったの!?」


 妲己の方は、分かりやすく取り乱している。肉球で、ぱふぱふとテーブルを叩いている。


「なにって…… 脅しに決まってますやろ。あての千里眼使つこても種族すら見通せんとか、あの忌々しい女神と同類の化け物ちゃいますの?」


「……マジか?」


「ハイエルフなんぞを当たり前のようにはべらせた貴人なんて、低く見積もっても天使や竜と同等のヤバい奴しか思い浮かばんし」


「ハイエルフ? はぁ!? あれ、ハイエルフだったのか!?」


「なにうてますの。あれ、大昔にあてらぁを、挙句、【迷いの森】に封じ込めた張本人やおへんか」


「いや、そんなこと言われても、エルフの顔なんか見分け付かん」


「そらぁ面差しはともかく、纏う気配がえろうならはって、あてらもあてらで精霊の臭いに慣れ過ぎてもぅてるさかい、分かりにくぅなってますけど、仇敵の顔くらい憶えとかなぁあきまへんえ」


「あー…… あたしらの身体を二つに分けて、分身したところを元に戻せないよう呪ったんだったか…… 妹の変な喋り方にも、すっかり慣れて、そんなことも忘れてたわ」


「そういえば、あての喋りがこなぁな感じになったんは、あれ以来でしたなぁ。慣れた言うか、わりと気に入ってるからええおすけど……」


「んなことはどうでもいいのよ! ハイエルフが目覚めたなんて、聴いてないぞ」


「そら起きたんやろ。ほんで、真っ先にあてらんとこにやってきたんやろなぁ」


「なんで!?」


「なんでぇ言うても、あてらが【迷いの森】から抜け出したからやろなぁ。囮として森ん中に殺生石を置いてきてんのバレてるんやろか?」


「むしろあっちが本体ってくらい力を注いだのに? バレるもんなのか?」


「それやんなぁ。こないな出涸らしぃの方に顔見せする意図ってなんやろか? 拘束するんなら、もうしててもええハズやし」


 滅するにしても、正面から来る理由はない。大昔にやり合った時も、奇襲で手傷を負わされた。


「じゃ、なんだ? 奴隷商として顎で使うってのが目的か?」


「それなぁ、そなぁな使い走りに、ハイエルフが直々に動くわけあらしまへん」


「使い走りと言えば、あの小僧はなんだ? ハイエルフとどういう関係なんだ?」


「………………はっ」


「え!? なに、なんか閃いたの?」


「それや!」


「いや、どれよ!」


 玉藻は、わなわなと震えつつ、あの童が示した情報を再構成して組み立て直した。


「やっぱり、あてらを滅する気ぃや」


「ええ!? じゃ、さっきの小僧の話は何だったんだよ」


「つまり、こうや――」


 奴隷うんぬんは、人質にしない為だろう。あるいは、その建前だ。


 九尾の姉妹が、奴隷を人質にするというのなら、それを理由に開戦する心づもりだと暗に示したのだ。


「えぇ…… それ、ほんとかぁ」


「あてらにその余力がないのも承知してるんやろ。見透かした上で、可能性を潰したんやんな」


「まどろっこしい。意味が分からん」


「あのぼうず、【みあんな亭】がどうの言うてたやろ?」


「ああ。確か、上級妖魔サキュバスの娼館でしょ?」


「それでピーンと、な。あの童が、あてらの相手や」


「? なに、どゆこと?」


「なんやぁ、どえらい別嬪べっぴんを三人も引き連れて「俺の背後には淫魔も控えてんねんぞー」言うとんねん。わややわぁ」


「あ、そういう……こと?」


 人を魅了し堕落させ、その災禍を飲み干す妖怪と、快楽を与えその欲望を啜る妖魔。

 方向性は違うが、その性質は似ている。


「そや。あの子、あてらとやり合う気ぃや。たらし込めるもんなら、誑し込んでみぃ、言うてはるんよ」


「あたしらを身も心も滅するってこと、か」


 精神を屈服させたのち、すべてを打ち砕く。二度と復活が叶わないほどに。


「あるいは、手なずける気ぃかもしれへんね。あの目、昔、見たことありますわ」


「? 目?」


「昔、人のふりして頃、討伐されたことあったやろ。そん時に感じた視線まんまや。あれは…… ケモナーの目ぇや」



 ◇



「ケモ……ナー???」

 聞きなれない言葉に、シーナは困惑する。


 というか、あの部屋の大妖の会話の八割が良く分からなかった。


 奴隷の売買の話が、どこをどう解釈したら、ああなるのか、シーナにはさっぱりわからない。


 てっきり、少年の狙いは、全奴隷の救済と人買いに関わる人物のリストの入手あたりを目論んでるものだとばかり思っていたのだが。


「確かに、理解が浅いような?」


 危惧していた通り、店主がとんでもない怪物ネームドだったこと以外、想像の斜め上過ぎてついていけない。


「……(あ、だから今回は、私は蚊帳の外なのかもしれない)」


 シーナは、そう思い至り。得心したようにポンと手を打つ。



 実際、少年もおねーさんも、こちらの予測の範囲に収まったことがない。


 直近で、少女と化した転生者のことを思い出し、納得する。

 これは下手に手出しせず、見守るのが正解だ、と。


「――こんなところで何やってんだ?」


 一人納得していたところに、少年がやってくる。


「いえ、少し心配で様子を見に……」


「ん? ああ、いや、こっちは大丈夫だ。むしろおねーさんが勝手に動く方が困る。しばらくでも注意を引き付けておいてくれ」


「あ、はい。それがご命令なら、従います」


「? ああ、よろしく頼む。まだ交渉が終わってないから、あんまりはしゃぐなって言っといて」


「わかりました。……あの」


「なんだ?」


「ケモナーって何かわかりますか」


「………………」


 しばらくの沈黙ののち、少年は尋ね返す。

 

「おねーさんから聞いたのか?」


「いえ、そうじゃないんですけど」


「まあ、簡単に言えば、俺のことだよ」


「あっそうですか」


 シーナは、答えを得て。ホッと胸をなでおろす。


 やっぱり、少年の計画は、寸分違わずに進行している。と。


 結局、ケモナーが何を指す言葉かは分からなかったが、少年はちゃんと把握してるらしいから、これ以上気を揉むのは、無駄だろう。


「じゃ、俺は戻るな」


「はい。ご武運を」


「? ……お、おう」


 少年は、訳も分からず、返事をするのだった。

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