第16話 奴隷商から始める街づくり

「さて、では、お話を伺いましょう」


 如才ない所作の女性に案内され、応接室で待っていると、少し遅れて店主が入ってくる。


「……録音させていただいても?」


「無論、構わない。以後、俺の言葉は、主人の言葉と同義となるので、そのつもりでいてくれ」


 敬語はどうするかと思ったが、さして得意でもないので、素に近い喋りで臨む。


 ただでさえ、交渉で頭を使うのだから、慣れないことは控えることにした。



「まず、主人の無礼に付き合ってもらって感謝する」

「いえいえ、こちらも商売ですので……」


 店主は、朗らかにそう応えた。


 半分本当で半分は嘘だ。必要があれば、しかるべく通報するだろう。


 今すぐそうなっていないのは、荒事を避けるためであり、別にこちらの信用度は問題ではない。


 つまり、これからの交渉次第ということでもある。



「……(まあ、ハッタリが全く効いてないってこたぁないな)」


 美しい女主人と、それが霞むレベル美少女、そしてのエルフ。


 よもや神話級の存在ハイエルフとまでは考えが及ばないだろうが、エルフを連れ歩いているだけで、それなりに様になるようだ。


 妖精族、便利過ぎる。


「主人は、まあ奔放なのだが、それだけではなくてね。商品の品質を直に確かめる心づもりのようだ」


「はい。こちらを訪れる貴人の方は、大体、そのような用向きですので。承知いたしております」


「そして、それだけではなく、いくつか要望がある」

「と、おっしゃいますと?」


「まず。商品の品質を上げてもらいたい。その上で維持と管理を任せたい。それに伴う諸経費は全額こちらで負担するつもりだ。……カテゴリーに関わらず、全員の体調管理と維持。商品としての価値を可能な限り高めてもらいたい」


「お、お待ちください。それは、すべての商品をご購入される、ということでしょうか?」


 どうやら、予想のはるか上の提示だったらしく、店主に焦りの表情が見える。


「いや、それでは、貴殿の商売を邪魔してしまうことになる。今まで通り、取引はして構わない。こちらが特別言及しない限り、在庫を誰に形で売っても問題にはしない」


「しかし、それでは……」


 掛かった費用の分、こちらが損をすることになる。

 

「いつ、どれだけの人員が必要か分からないのでね。そのための投資だ。儲け話の類ではないので、貴殿が気にする必要はない」

「は、はぁ……」


「この話、手に余るというのなら、他の同業者の手を借りて構わない。断るのであれば、他所に持ち掛けることになるが、その際にも協力者として働いてくれるなら歓迎しよう」

「し、しばしお待ちを――」


 どうそろばんを叩こうと、得しかない提案なのは間違いない。


 ついでにもう一つダメ押しする。

 

「すまないが、話は終わっていない。勘定はもう少し後だ」

「は、はあ……」


「品質を高めるというのは、なにも栄養のある食事をさせることだけではない。彼らに技術や読み書き、計算を教えたいと考えている」


「それは……無理です」

 ここは明快に答えが返ってくる。


「だろうと考えて、【みあんな亭】と【冒険者ギルド】に協力を取り付けてある」

「は?」

 間の抜けた返事だが、まあそうなる。


 我ながら組み合わせがオカシイ。といっても、使える駒が現状それしかないのだから致し方ない。

 一応用は足りるので、あとは適当に話を盛って納得させるだけだ。


「我々が欲しているのは、貴殿の奴隷の売買と一時的な収容力だ。そちらに可能な限り注力してもらいたい」

「……いや、ですがそれは」


 あからさまに難色を示す。


「……(当然の反応だな)」


 そこまで思い至っているかは定かではないが、これはほぼ組織の乗っ取りだ。主導権がないまま手足となれと言われているに等しい。


「少し話は変わるが、この店に獣人の奴隷はいるか?」


「!? まさかっ! 私共の店に限らず、獣人の奴隷は希少です。正当な取引で手に入れる機会などあろうはずもございません!」

 店主が声を荒らげる。


 ――のには、訳がある。


 奴隷には大きく二種類ある。それは、金で買うか、攫ってくるか、だ。


 彼らは前者の組織だ。後者は蛮族国家が、他国を侵略した場合にのみ起こるケースに限られる。……表向きは。


 とはいえ、剣と魔法の世界で、攫ってまで奴隷を欲しがる国家は多くない。


 はっきり言って、そこまでのうま味がないからだ。


 理由はいろいろあるのだが、とにかく彼らはそれをしないし、それを疑われたとなれば激高もする。


 なぜなら、獣人は金では買えないからだ。


 彼らは、フィジカルにおいて、人間を遥かに凌ぐ。狩猟民族であり、戦士だ。


 彼らが飢えとは無縁だというわけではないが、大抵は仕事の口がある。金銭で仲間を売り渡したりはしない。


 あるとすれば、部族同士の抗争で、住処を追われた場合、口減らしに子を譲渡するような時だろうが、それでも奴隷商が介入できるかは、難しいところだ。


 つまり、不正な手段で手に入れない限り、まずお目に掛かれないということだ。


「ん、すまん。尋ね方に配慮が足りなかった。いずれ、そう遠くない未来に、獣人や亜人が難民として多く流入する。その時、彼らを保護してもらいたい。その為の施設を用意して欲しい」

「………………」


 店主がとうとう頭を抱えだした。


「貴方様が、なにをおっしゃっているのか、手前の頭では理解できません」


「……いや、説明してないのだから、理解できなくて当然だ。察してくれと言う気もない。……どの程度知りたい?」

 少年は顔色一つ変えずに尋ね返す。


「できれば、何も言わずにお引き取りをお願いしたいです」


「ふふっ、正直だな。だが、それだとお前さんの商売はまずいことになるんじゃないか?」

「ええ。はい。……その通りです」


 少年の言が戯言でないのなら、難民来訪は看過できない情報だ。

 

 知りたくない、関わりたくないからと見過ごして、いざそれが現実になった場合、奴隷の価値は地に落ちる可能性がある。


「なに、そこまで貴殿に過酷な仕事をさせる気はない。一枚噛んでおけば、苦難を回避して、それなりに儲けることもできる。話を聞くも聞かないも自由だ」


「聞いた方が良いのでしょうか?」


「あー……、俺なら、金を要求するな。交渉を焦ってる相手は揺さぶれるだけ揺さぶると良い」

 と言って少年は、一枚のコインを差し出す。


「こ……っ!? —―これは、【精霊の躯】っ!!!」


「知ってるなら話は早い」

 少年はコインを指で突きつつ、話を続ける。 


「こいつは、筋から最近手に入れた代物だ。人族で言うところ【賢者の石】の精霊バージョンだな」


 本来、姿かたちを持たない精霊の遺骸とされるもの。

 とにかくなんかすごいらしいことは少年にも分かるが、今回は単なるこけおどしの換金アイテムでしかない。


 なに、売り払ったとしても、このレベルの物品なら、その所在が追えないことはないだろう。必要なら、その時にいいだけだ。


 むしろ、この一癖ある物品を使いこなせる人材がいるというなら、その人物ごと有効利用する方が賢い選択だろう。


 遠い未来の銀河系では、らしいが、そのどちらでもないからセーフってことで。


「そ、それはしまってください! き、聴きますから……」

 店主はおびえた表情で、そう言った。コインを視線に入れるのも嫌そうだ。


「え? いや、別にいいが。こんなもの秘匿しとくより、これで金を循環させた方が有意義なんだがな……」


 奴隷を欲しがるような手合いに流してくれると、むしろありがたいまであったんだが。

 まあ、無理に勧めるほどの動機をのも面倒だ。ここは素直に引くとしよう。

 

「なに、話は簡単だ――」

 

 少年は、聴く気になった店主に、こともなげに言葉を続ける。


「そう遠くない未来に、【邪神】が復活する。阻止はまず不可能だから、被害の早期リカバリを実現するために、全方位、業種、種族の貴賤きせんなく話を持ち掛けている最中だ。ここもその一つに過ぎない」

 

 言って、少年は肩を竦める。



 シンプルかつ小細工の通用しない。不可避の大災害の予告だった。

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