探偵は真実の香りをかいで
右中桂示
解決に5分も要らない
死体が発見された。
被害者は三十代の男性。現場は被害者の自宅。死因は鈍器による撲殺だった。
第一発見者は被害者の友人である。訪ねてきてチャイムを鳴らしても反応がなく、鍵が空いていたので入ったところ、亡くなっていたとの事だ。
被害者の妻はこの日友人と出かけており、警察の到着後に帰宅してきた。しかし近所の住人によると夫婦仲は悪くトラブルも多かったらしい。
被害者の弟が市内に住んでいたが、ここ数ヶ月は会っていなかったという。しかし最近目撃したという証言もあった。
それから自称探偵の女性とその助手という怪しい人物が騒ぎを聞きつけて警察の到着前に現場に入り込み、勝手に関係者に話を聞いていた。
窓が割られており貴重品も紛失していたので強盗の可能性が疑われた。
しかし関係者の五人も容疑者である。
一通りの捜査を終えたところで、壮年の刑事が関係者一同へ言う。
「さて皆さん。署の方で事情聴取がありますので──」
「貴方が犯人ね。小森さん」
刑事の声を遮り、唐突に探偵が言った。
被害者の友人である小森氏を指して。
場の空気が変わった。
被害者の関係者は困惑気味。警察官は迷惑そうな、あるいは明確に怒りの表情となる。助手だけはにこやかに笑っていた。
犯人と言われた小森氏は、不機嫌そうにしながらもあくまで冷静に言い返す。
「……何で俺なんだ? 犯人は強盗だろう」
「目線よ。警察関係者を警戒の目付きで見ていたでしょう。それに悲しみにくれる演技をしていたみたいだけれど、声から喜びがにじみ出ていたわ」
「はあ!? 言いがかりだ! そんなもんで犯人にされてたまるか! なあ、刑事さんも言ってくれ!」
「ああ、そうです。探偵さん。探偵という職業では事情が違うのかもしれませんが、警察ではその主張を認めません。それに彼にはアリバイがあります」
冷たく告げる刑事。まるで信用しておらず、まるで子供を叱る親のような目で見ている。
他の人間も同様。探偵を非難する空気だ。
それでも、探偵はひるまなかった。
強気な態度で小森氏に詰め寄る。
「貴方のアリバイは、死亡推定時刻には勤務先にいた、だったわね。さて、本当かしら?」
「警察が確認したはずだ。上司も会った事を証明してくれた。職場はここから車で一時間かかる距離。だから犯行は無理だ。それともそれが可能な移動手段があるのか? なあ、探偵ってのはそんなに適当で務まる仕事なのか? それともお前が犯人なんじゃないか? そうだよな、探偵なんて言ってるが怪しいだろう!」
「随分お喋りなのね。まるでアリバイの話に引きつけようとしているみたい。じゃあトリックを仕掛けたのは他のところかしら」
探偵は真っ直ぐ小森氏の顔を見ていた。そこから情報を読み取ろうとするように。
あごに手を当て、考えるようにつぶやく。
「犯行時刻? 時限装置のようなものか、体温で死亡推定時刻を誤魔化すトリックかしら?」
「何を言うんだ! まだ言いがかりで俺を犯人扱いするのか!」
「今安心したわね」
怒鳴る小森氏を、鋭い一声が刺した。
探偵は一歩ずつ進み、至近距離にまで寄っていく。
「怒った演技なんてしても無駄よ。思わず出た表情は誤魔化せない。呼吸も興奮というより、むしろ落ち着いたものね。これも外れを示しているわ」
小森氏の表情がみるみる強ばっていく。探偵を恐れている。
周囲の空気も徐々に変わっていった。
探偵の話を興味深く聞こうとするものへと。
「だったら、また別のところ……そうね、犯行現場かしら?」
「な、なにを……」
「図星ね。今、目が見開いたわ。声のトーンもその証拠。ずいぶんとまあ、分かりやすい人なのね」
小森氏はサッと顔が青ざめた。
反対に探偵は八重歯がのぞく笑顔を見せた。舌なめずりすら似合う。獲物を仕留めようとする肉食動物のような、好戦的な笑みだった。
それでいて探偵は、淡々と推理を続ける。
「アリバイは完璧。じゃあ本当の現場は勤務先かしら。被害者を呼び出すか連れ出すかして、殺害。その後自宅で殺害されたかのように偽装した。車もある。第一発見者なら工作も可能。ほら、刑事さん調べて調べて」
「は!? 待てよ! 表情だけでそんな」
「表情はあくまで疑ったキッカケ。だから今証拠を確保するんじゃない。貴方の車を調べればハッキリするわ」
「な、ああ……いや、刑事さん。こんな怪しい奴の言う事なんて信用しませんよね!?」
「調べればハッキリする事です。車、見せてもらえますね?」
「あ、う……そんな……」
今や状況は探偵の手の平の上。
慌てふためく小森氏の様子で納得したのか、刑事も味方している。
小森氏は観念したように真っ青な顔で崩れ落ちたのだった。
事件は無事に解決した。
犯人は探偵の推理通り、小森氏だった。
被害者とは借金で揉めており、それが原因で殺害を計画したようだ。
解決にあたっては、証拠隠滅される前に小森氏を調べられた事も大きい。
スピード解決。
その立役者である女探偵は、自らの探偵事務所にいた。だらしなくソファに寝っ転がっていた。
推理の際に見せた凛々しい姿は見る影もない。
「一仕事終えてゴロゴロするのは最高ね」
「今日も口から出任せが完璧でしたね。まるで詐欺師でしたよ」
助手は事務作業をしながら嫌味を言った。
仕事を全くしない探偵への腹いせでもある。
「人聞きの悪い事言わないで」
「目線とか、表情とか、声とか、よくもあれだけ出てきますね。全部知ってるボクも信じそうになりましたよ」
「だってしょうがないじゃない。血の匂いなんて誰も信じないし。証拠にもならないし。こんな話術を磨くしかないのよ」
探偵はすねたように返答する。
「あーあー、ホントは車の前通ったその一瞬で分かってたのになー。すぐ言いたかったなー」
「まあまあ。解決するには警察が証拠を押さえないといけない、って自分で言ってたじゃないですか」
「その警察、鑑識もさ、あんなに血の匂いに気付かないモン? 匂いがプンプンしてる証拠スルーしそうになってて、教えようかと思ったわよ」
「止めて下さい。怪しまれますよ」
「いい加減暴露しちゃおっかな? 吸血鬼の事」
「それは本当に止めて下さい」
探偵の発言には、表面上にこやかだった助手も真剣なトーンでいさめる。
そう。彼女は、人間ではなかった。
吸血鬼。
だから血の匂いに敏感だった。
かすかな匂いでもその元を追えるし、人による匂いの違いをかぎわけられた。
血の匂いが濃いものを辿れば、犯人も凶器も犯行現場も丸わかり。
血の匂いがあれば行方不明者や落とし物、ペット探しもお手の物。それらの仕事は探偵としての主な収入減となっていた。
血を舐めれば更に多くの情報を読み取れる。性別、年齢、病気の有無など多彩な情報をだ。
情報収集能力からすると探偵は天職と言えた。
しかし、血の匂い、では証拠には出来ない。信用されない。
犯人に法の裁きを与えるには、正当な手段による根拠が必要だった。
今日のように疑わしい理由をでっちあげて、信用させる。
探偵の話術が上手くいっており、今のところバレていない。
充分に気を付ければ回避出来る問題だ。
ただしこの探偵という職業。大きな問題があるとすれば。
「あーもう。あんな血の匂いがプンプンする場所、生殺しよ。ほら、血ちょうだい。血ぃー」
「はいはい」
血の匂いに刺激され、血が飲みたくなる事だ。
子供のように手をバタバタさせて助手に求めれば、間もなくコップに注がれた血が差し出された。
舌なめずり。牙がのぞく満面の笑顔。
「いただきまーす」
ぷはーっ、と、一仕事終えた吸血鬼探偵は美味しそうに血を飲むのだった。
探偵は真実の香りをかいで 右中桂示 @miginaka
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