第3話

「で? 企業訪問、どこ選ぶ?」


 給食を配膳している時間に、斜め後ろの席から田中が大地君に声をかけている。大地君は振り向いて、「どこでも」とだけ答えてまた前を向いた。


「お前、どこ行きたい?」と田中は私の背中を突いて聞いてくるけれど、私もどこでも良かった。どこへでも大地君と一緒に行けるなら良かったのだ。少し太り気味な柔道部の田中は、「じゃあ俺、警視庁へ行きたいんだけど、いい?」と言ってきた。なんでも、好きな探偵アニメの映画で出てきたそうだ。


「聖地巡礼!」


 田中が嬉しそうに後ろから言うので、思わず笑ってしまった。隣を見ると、大地君も笑っていた。「田中、面白い」と後ろを振り向いて話すその背中が、剣道部らしい筋肉で、心がまたときめいた。でも、やっぱり好きだなんて言えない。そんなことを言ってしまったら、今いるこのポジションを失ってしまいそうだと思った。


――思い続けてるだけで充分だって。


 なんだかんだで時はすぎゆき、修学旅行の日になった。新幹線に班別に移動して、二時間ちょっと。家族で来たことがある東京とはまた違う東京のように思えた。


――すごい、ひと……。迷子にでもなったら大変じゃん。


 班行動を開始したけれど、思ってた以上に人がいて、少し怖くなった。こんなところではぐれたら、もう二度と帰って来れないような気がした。綿密に目的地までの行き先を調べたし、迷子になった場合の対処法も決まっているけれど、それでも怖いと思った。地元にはいないような人ばかりに思えてしまう。


「こっち」


 東京駅を出たところで、大地君が班のみんなに声をかけた。私の班は五人班で、大地君と私、柔道部の田中に、野球部の山本、それに普段は学校に来ていない明るい不登校のゆめちゃんだった。


 明るい不登校の夢ちゃんは、修学旅行の学活がある日だけ学校にやってきて、自分の要望をどんどん話し、今日周るコースのほとんどが夢ちゃんの希望と言っても過言ではない。


「私、東京きてみたかったんだよねぇ。まずはあれでしょ? 警視庁へ午後二時に行けるように、秋葉原に行くんだよね?」


 「そだね」と私が答えると、「お小遣い内緒で、少し多めに持ってきたんだ」と夢ちゃんは嬉しそうに言った。自由に学校へ登校し、自由に話をして、私は少しだけそんな夢ちゃんが羨ましい。学校に来なくなった理由は知らないけれど、時々フリースクールにも行っていると言っていたから、それなりに不登校の生活を満喫しているらしい。


 電車で秋葉原へ向かい、到着したのはアニメショップ。正直私はそんなものにも興味はなくて、夢ちゃんや田中たちが楽しそうにしているのを横目になんとなく店内を見ていた。


 田中が、「俺、これ好きなんだよね」と言いながら、手に異世界物のアニメグッズを持って、真っ黒に日焼けしている山田に話しかけているのが、異様な感じで面白い。入り口付近でみんながお土産を買うのを待っていると、隣に大地君がやってきた。


 「楽しい?」と聞かれ、「まぁ、普通?」と答えたら、「俺も」と静かに大地君は言った。どうやらアニメショップに興味はないらしい。そう言えば、大地君の興味ってなんだろうと思った。隣の席になったことで心が浮かれてしまい、大地君のことをあまり知らないような気がした。転校してきてすぐに失恋を味わい、それからも何度か失恋の痛みを感じた私は、できるだけ大地君のことに興味を持たないようにしてきたからだ。興味を持てば、また胸は痛くなる。そう思った。


――もう、せっかく修学旅行で一緒なんだから、この際いろいろ話をした方がいいって、私。


 心の中で自分に声をかけて、派手な色が散りばめられた店内の入り口で、大地君ともっと色々会話することにした。


「大地君は、何に興味があるの?」


「え?」


「だって、修学旅行の行き先決める時も、俺はどこでもいいよって言ってたから」


「あぁ。それは、だって、東京に住んでいたから」


「そっか」


――確かにっ! もう会話が終わってしまったじゃないかっ! 落ち着けもう少し何か聞くのだ。私。


「本とか、読む? あ、私、小説読むのが好きだから、だから今回スカイツリーに行けるのが楽しみなんだよね。まえ読んでた好きな小説に出てきてて」


 「へぇ。なんて小説?」と言いながら大地君は私の顔を見てくれた。少し恥ずかしいけれど、このチャンスは逃してはいけないと思った。


「『遙か彼方に君がいた』って、恋愛小説で、その主人公は男の子なんだけど、その彼女が重い病気にかかって死んじゃうって話なんだ。映画化もされたよ。そのお話の中で、二人でスカイツリーに登って夜景を見るシーンが出てきて、それで。うん……」


 大地君は私の話を、私の顔をじっと見つめながら聞いていて、話し終わった今もまだ、こっちを向いている。

 

「てか、そんな喋る人だったんだ、小宮さん。意外」


「え?」


「だって、隣の席だけど、あんま、そんな話したことなかったから」


「そ、そうかな?」


――だって緊張して何を話していいかわかんないもん。


「そうだよ。だって休み時間はいつも本を読んでるし、それに、メガネやめたんだね」


「え? 気づいてたの?」


「いや、気づくよ。隣の席だし、去年も同じクラスだし。それにその小説読んだことあるよ。俺」


「え? 大地君、小説好きなの?」


「うん。読むのも、書くのも」


「書くのも?!」


「うん。趣味でね、書いてる」


「え、ええっと、すごいね、物語が書けるなんて!」


「結構いるよ趣味で書いてる人」


「どこでそれ読めるの?」


「出版会社がやってる小説家サイト」


「へぇ、こ、今度読んでみたいな」


――そ、それはどんなお話なんだろう。ってか、すごい秘密を知った気分!


「恥ずかしいけど、小宮さんなら読んでくれたら嬉しいかも。だって、小説好きでしょ? いつも文庫本ばっかり読んでるし」


「う、うん。いいの? すごい、読んでみたい」


「感想、読んだら聞かせてくれる? 恥ずかしいけど」


「も、もちろんだよ!」


 宿泊先のホテルで荷物を置きに部屋に入り、こっそりと学校のiPadで大地君に教えてもらったサイトを開いて、検索ワードで大地君のアカウントを打ち込んだ。そこに出てきた小説の題名を見て、私の心臓は一瞬動きを止めて、堰き止められた血液がその後一気に身体中の細胞へ流れ込むのがわかった。


『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』


「これって……」


 顔から火が吹くとはこのことかと思った。それからの私は大地君の顔をなかなか見ることができなかったけど、スカイツリーの最上階に向かうエレベーターの中で、大地君は誰にも聞こえない声で私に言った。



「……うん」


 恋愛の神様、これは一体?


 大地君の小説はまだまだ始まったばかりで、小説の文字数は、11文字しかなかった。

 


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修学旅行と「誰にも内緒」な11文字 和響 @kazuchiai

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