亜梨花の訪問
「さてと、改めていらっしゃい亜梨花。ゆっくりしていってちょうだい」
「はい! ありがとうございます麻美さん!」
週末、約束通り亜梨花がうちに泊まりに来た。どうしてそんなにって思うくらいに大きな鞄を背負ってやってきた亜梨花に俺は驚いたが、姉さん曰く女の子だからということらしい……いや、それにしても部屋に運ぶ時結構重かったけどね。
「蓮君、荷物運んでくれてありがと」
「どういたしまして。でも俺の部屋で良かったのか?」
「もちろんだよ。ねえ麻美さん」
「そうね。蓮、今日の夜は楽しみにしておいてね?」
「……………」
舌なめずりをしながら姉さんにそう言われてしまった。別に取って食われるわけではないのだけど、やはり悪役然とした表情がやけに似合うせいか背筋に寒いモノを感じる。隣で亜梨花が笑っているけど、何だろうな……その純粋な笑みが唯一の救いみたいな気がするよ。
「そうだよ蓮君。たっぷり愛し合おうね。それで最高の思い出を作ろ♪」
「……………」
これはちょっと覚悟をしていた方がいいかもしれない。少し夜が怖くなってしまったがまだまだ昼過ぎだ。姉さんと亜梨花は話が弾むのか最近のファッションのことであったり、身近なことの話で盛り上がっている。俺はそんな二人を眺めながらどこか感慨深いなと思っていた。
「望んでいた一つの光景……だな」
俺にとっての大切な二人がすぐ傍に居ることももちろんだが、お互いがお互いを信頼している繋がりも感じることが出来る。実を言うとこんな光景が訪れるとは思わなかった……というのが本音な部分はあるのだ。
もしも……もしもだけど、俺たちの間に不思議な繋がりがなかったのだとしたらきっと……俺たちはこうしてこんな関係にはならなかったはずだ。
「……ふわぁ」
って、今更そんなことは考えても仕方ないな。俺に出来ることは目の前の幸せを手放さないこと、何があったとしても守ってみせる。俺は二人を見つめながら心の中で誓うのだった。
さて、今大欠伸が出たことで分かると思うがかなり眠たい。頑張って起きようとしていてもダメみたいだ。俺は二人の会話を聞きながらゆっくりと眠りに就くのだった。
俺が今通っている高校に入学した時、誰しもが通る道だとは思うが新しい環境に不安になる人は多くいるだろう。現に俺もそうだったのだが、同じクラスに健一や宗吾が居てくれて安心したのを覚えている。そしてそんなクラスの中に一人、目を惹く美少女が居たのも記憶に新しい。
その子は既に多くの友達が出来たのか大勢に囲まれており、その中心で笑顔を浮かべていた。あれほどの綺麗な子と接点でも持てたら勝ち組だな、なんてことを考えたこともあった。目を惹くとはいっても別に話しかけたりするつもりはなくて、時折話す程度の友達で済めばいいくらいだろうと思っていた俺だったが……そうならなかった。
『おはよう……えっと、神里君?』
席に着いてボーっとしていた俺に彼女が……“夢野”が話しかけてきたのだ。突然のことでビックリするのは当たり前で、ましてや全く接点がなかったのだから俺の気持ちも分かってもらえると思う。
『おはよう……はい。神里です』
クラスで既に自己紹介はしたし、何なら机の端っこに名前の書かれたシールも貼られていたからそれで俺の名字が分かったのだろう。けどそれはそれとして彼女は一体何の用事で俺に声を掛けて来たんだ……?
『その、ごめんねいきなり話しかけて。えっと……あぁ何を話せばいいんだろう!?』
『……大丈夫?』
思わずそう聞いてしまった。
彼女は目的があって俺に話しかけたようだったけど、俺の反応を見て少し残念そうにしたのも不思議だった。何かを話さないといけない、でも何を話せば良いのか分からない……そんな感じで夢野はずっと俺の前でうんうんと唸っていた。
『……あ』
もちろんそんな風にずっと時間を潰していれば朝礼が始まるのは当然だ。また後でねと、俺としては非常に困る言葉を残して彼女は自分の席に着く。健一が一体あの美少女とどういう関係なんだと大きな声で聞いてきたけど、そんなものは俺が知りたいとうるさいあいつにデコピンを一発お見舞いしておいた。
『……夢野亜梨花……か』
夢野亜梨花……夢の在り処……ゆめのありか……まるで最近流行りのVチューバ―みたいな名前だなって、そんなことを思ったのは秘密だ。
思えばそれからだったかもしれない。妙にチラチラと視線を感じるようになったのは。授業中はないけど休み時間になると肌に突き刺さるような視線を感じる。特に新城さんと話をする時は強く感じたが、それ以外はそうでもなかったけど。
『ねえ神里君、次の授業はテストをするみたいだけど自信ある?』
『ねえ神里君、昨日の夕飯は何を食べたの?』
それなりに話をする仲にもなれば学校のことだけでなく、家でのことも自然と話題になった。俺から話しかけることは滅多になかったけど、夢野の方からよく話しかけてくれたのだ。それこそ、学校で一度も彼女が話しかけてこなかった日はないほどだ。必ず一日に一度、絶対に何かしら俺に話をするようになっていった。
『……俺ってもしかして夢野と会ったことがある?』
そんな自問自答をしたこともあったけど結局そんなはずはないかと結論を出していた。でもやっぱり夢野の絡みは普通ではないのだ。こんな風に日常の中に夢野が居ることが当たり前になり、それこそが当たり前の学校生活になるくらいには彼女は俺の近くに居た気がする。
それで……それでどうなったんだっけか。
そこまで考えて、俺は急に何か引っ張られるようにその世界を後にするのだった。
「……あ」
「あら……」
話し込んでいた亜梨花と麻美の二人は同時に言葉を止めた。二人が見つめる先にはソファに深く腰を沈ませ、腕を組みながら下を向いて寝ている蓮が目に入ったのだ。亜梨花と麻美、蓮のことが大好きでたまらない二人は考えることは同じで、二人同時に立ち上がった。
「大丈夫ですよ麻美さん。私に任せてください」
「その必要はないわ。亜梨花の方こそ私に任せなさい」
「むむ……」
「むむむ……」
お互いに可愛らしく見つめ合う二人はおもむろに腕を前に出した。そして始まるじゃんけん、勝ったのは亜梨花だった。やったと飛び跳ねそうになった亜梨花だったが、眠っている蓮のことを考え何とか喜びを抑える。反対に麻美はじゃんけんに負けた己の手を斬り落とさんばかりに睨みつけていた。
亜梨花は蓮の隣に座り、ゆっくりと蓮が起きないように慎重に体を横にした。下を向き続けていると首が疲れてしまうだろうからとの配慮だが、単純に亜梨花がそうしたかっただけだろう。
「よいしょっと……うん。これでオッケーだね」
所謂膝枕のような体勢になった。何やらブツブツと寝言を言っている蓮の様子だが、何か変な夢でも見ているのかなと亜梨花は考えた。起きないように頭を撫でるとくすぐったそうにするも目を開けることはなく、それどころか亜梨花に甘えるように少しだけ蓮が体を寄せてきたのだ。
「蓮君可愛い……」
幸せの絶頂に居るかのような輝く笑顔を浮かべた亜梨花、だが麻美としては少しだけ面白くない。それでもじゃんけんに負けたのだから今だけは亜梨花に譲るしかないのだが、それでも蓮を構いたいと思う気持ちは止められなかった。
亜梨花の横に座り、同じように蓮の頭を撫でると同じリアクションが取られ……麻美もまた亜梨花と同じようにうっとりとした。
「蓮可愛いわ……」
……この子たちはもうダメかもしれない色んな意味で。
とはいえ亜梨花は麻美のことを、麻美は亜梨花のことをよく理解している。初めて会った時は絶対に相容れないと思っていただけに、蓮だけでなく二人も今の関係について少しばかり不思議な感覚を抱いていた。
「麻美さん、私今凄く不思議な気分です」
「奇遇ね。私も同じだわ」
お互いに見つめ合い笑みを零す。それから蓮が目覚めるまで、二人は話をしながら交互に蓮の頭を撫で続けるのだった。
生まれ変わったと思ったら家族が特大の地雷だった件 みょん @tsukasa1992
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます