第23話 穏やかな愛
こうして救助隊と共に船員たちと捕虜たちは一旦帝都に帰還した。
中にはみすぼらしい恰好をしたチリーノとプラチドが紛れ込んでいる。
チリ―ノはある程度顔が知れているから、噂はすぐに王宮じゅうを駆け巡った。
話を聞いたハーキムが、当然のごとくライハナを訪れ、全力でチリーノ再奴隷化計画を止めにかかった。が、ライハナは聞かなかった。
「私はこれからチリーノと暮らす。すまないが、私との結婚は諦めてくれ」
そうはっきりと言うと、ハーキムは一度、しょんぼりと下を向いた。
だが、気丈にもすぐに顔を上げた。
「分かったよ。ならば俺は王宮の魔法騎士団を去ることにしよう」
「……え?」
「魔王陛下は東の辺境にまだ領土的野心をお持ちだ。そこに所属すれば生計をたてられるし、出世もできる。何も問題ないよ」
「だが……」
「それじゃあ、手続きをしてくるから」
ハーキムは立ち去った。ライハナは少し寂しい気がしたが、ライハナ同様、ハーキムはこれと決めたら絶対に曲げない奴だ。きっと東の地で大活躍してくれるだろうことを祈るしかない。
やがてライハナは魔王に呼び出された。
「そなた、自分が何をしたか分かっておるのか」
魔王アリージュは言った。
「あれはそなたが囲っていたカルメラの王子チリーノではないか。彼は死んだとの報を受けていたが、まさかこんな形で舞い戻ってくるとは。周囲をたばかって、何をするつもりだ」
「……申し訳ありません、魔王様。しかしこれはチリーノの希望なのです」
「何だと?」
「自分は死んだことにしてほしい。そして隠れてシェリンで暮らしたい……それがかの王子の願いでございました」
「……何と」
魔王はしばらく考えている様子だったが、しばらくして、「チリーノを呼べ」と命じた。
「はっ」
ライハナは礼をして玉座の間を辞し、チリーノを呼びに召使いをやった。
チリーノが中でどんな話をしていたのかは後で聞かせてもらうとして、とにかく、魔王はチリーノが極秘で王宮に留まることを了承したようだった。同時に王宮じゅうに箝口令が敷かれ、チリーノのことは公然の秘密となった。
魔王の関係者ならまだしも、一人の魔法騎士が持っている奴隷について、他国に知れ渡るということは考えづらい。これで首尾よく、チリーノと暮らす手はずが整った。
チリーノは王子としてかなりの教養を身に着けていたので、ライハナはチリーノを官吏として雇うことを思いついた。こうしてチリーノは奴隷身分からすぐに解放された。そしてライハナの秘書として一定の地位を手に入れ、仕事も手に入れた。プラチドはそのまた従者として働くこととなった。
チリーノは、母国の城にいる時よりも、生き生きしているようだと、プラチドはある日ライハナに言った。
「チリーノ様はお気の毒に、母国では疎まれていらっしゃいましたから。ここで働くことが出来ることを喜んでおいでです」
「そうか。それならよかった。正直、カルメラに帰さないことをまだ後ろめたく思っていたから」
ライハナはほっと息をついた。
休日には、ライハナとチリーノは散歩に出かけた。市場を見たり、様々な場所を観光したり、いつもの川辺で涼んだりする。
身を寄せ合ってベンチに座る。
精霊たちは二人を祝福するように、二人の隣でキャッキャと舞い遊んでいた。
「……寄りかかってもいいか、チリーノ」
「ふふっ。ご主人様の仰せのままに」
「馬鹿。もうあんたは私の奴隷ではない」
「でも言ったでしょう。ライハナのお願いを聞くのは嫌じゃないって」
「……。じゃあ、遠慮なく」
ライハナはチリーノの細い方に頭をもたせかけた。チリーノはおかしそうに笑った。
「何だ、笑ったりして」
「ライハナも、随分と素直になったなあと思って」
「どういうことだ?」
「前まではちっとも自分から甘えてこなかったんだもの。今はこうして積極的に甘えてくれるから嬉しいよ」
「なっ……」
ライハナは頭を起こした。
「べ、別にいいだろう。恋人同士なんだから」
「ふふっ」
「あんたこそ、私に甘えていいんだぞ」
「いいの?」
「当たり前だろう」
「じゃあ、遠慮なく」
チリーノは片腕でライハナを抱き寄せると、ライハナの真似をしてその肩に頭を乗せた。
穏やかな時間が流れて行っている。
目の前でたゆたう川のように。
二人の愛も、穏やかに紡がれてゆく。
おわり
魔法騎士は幼馴染を奴隷にしたい 白里りこ @Tomaten
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