かくれんぼの鬼

梶野カメムシ

かくれんぼの鬼



 目を閉じればよみがえる、幼い日の思い出。

 いつまでも終わらない、かくれんぼの記憶だ。

 オレはオニで、あのコだけ見つからない。

 どこを探しても、どれだけ探しても、

 見つけた他のやつらは、もう退屈そうにしてるのに。

 焦っても悩んでも、どうしても見つけられない。


 あのコは、かくれんぼの鬼だった。

 オニじゃなくて鬼。隠れても探しても負け知らず。

 まあ、オレが勝手に呼んでただけだけど。


 あのコを最後まで探すのは、いつもオレだけだった。

 他のやつらが帰っても、一人で探し続ける。

 思いつく場所を全てあたって、それでも見つからなくて。

 半ベソ寸前のタイミングに、きまってあのコは現れる。

「そろそろいいかな、と思って」 

 クラスで目立たないあのコが、その時だけ見せる、それはもう満足そうな笑顔。

 

 今ならわかる。 

 誰も知らないあの顔に、オレは惹かれたんだと。

 あれがオレの初恋だったと。ただ、気付くのが遅すぎたんだと。

 


            ── ── ──



:その初恋をいまだに続けてるの、逆にスゴイと思うけど。

「そう言ってくれるのはおまえだけだよ、タクヤ」 


 モニターに並ぶ文字列を見ながら、オレはつぶやく。

 ウソじゃない。同級おなクラの反応は、男女問わず「重くね?」一択だった。高校では草食系が普通、オレは絶滅危惧種らしい。

 そんなオレの話を、唯一まともに聞いてくれるのがタクヤだった。

 タクヤと知り合ったのは、高校から始めたネットゲームだ。

 ネットで繋がる見知らぬ相手と対戦したり、チームを組んだりする。音声通話ボイチャやSNSで、意思疎通も不自由なくできる。

 つながりはゲームだけだが、それでも二年近く遊んでいると、ゲーム以外の会話もしたりして、下手な友達より友達らしくなる。

 それに距離があるからこそ、打ち明けられる話もある。

 オレにとって、それがあのコの話だった。

 

「おまえには何度も相談乗ってもらったよな。

 けど悪い。オレの初恋はここまでだ。

 長い間、ご愛読ありがとうございました!」 

:勝手に最終回迎えないで、説明よろ。


 馬鹿みたいな話だが、オレは高校入学以来ずっと、あのコを探している。 

 オレとあのコが疎遠になったのは、中学からだ。

 女と遊ぶとからかわれる。でなくても何故か恥ずかしい、つまり思春期。

 気になるけど話しかけられない、そんな微妙な距離のまま、オレたちは中学を卒業してしまった。

 それが初恋だと気付いたのは、高校に入った後だった。

 この気持ちを打ち明けたい。あわよくばつきあいたい。

 だが、その望みは叶わなかった。

 卒業とともに、彼女は町から姿を消していたのだ。

 連絡先はおろか、進学先も、家の住所もわからない。

 手掛かりは、ゼロに思われた。


 オレはあきらめが悪い。それで、当時知り合ったタクヤに相談した。

 タクヤは頭がいい。同じ高校生とは思えない判断力をもっている。

 ゲームも後から始めたのに、すぐにオレの腕を抜いてしまった。今ではオレが教えてもらってるくらいだ。

 あきらめの悪いオレと、頭の切れるタクヤ。

 ゲーム仲間に言わせれば、オレらはらしい。


 タクヤのアドバイスの元、オレはあのコの行方ゆくえを探し始めた。

 まず中学時代の同級生を総当たりして、彼女の住所を突き止めた。

 思い切って家を訪問したが、彼女の母親は「口止めされてる」の一点張り。

 門前払いでこそなかったが、いやにニヤニヤされた気がする。

 それ以上の収穫はなく、捜査は暗礁に乗り上げたが、タクヤはそうは思わなかったらしい。


:口止めって友達全員にかな。それとも、おまえだけ?


 タクヤの指摘を受け、オレは考えた。

 他の誰かなら、母親は教えてくれるかもしれない。

 オレは再び中学時代の女友達に頼み込み、母親を訪ねてもらった。

 クラスメイトはうまくやってくれた。あのコの進学先を訊き出したのだ。どうやら口止めはオレ限定だったらしい。

 連絡先は不明のままだが、それには理由があった。

 彼女の入学先は、県外にある全寮制の女子高だったのだ。スマホの所持まで管理されている、名門中の名門だ。

 当然だが、一介の男子高校生が立ち入れる場所ではない。

 だが、オレはあきらめなかった。

 やっとあのコの居場所がわかったのだ。あきらめてなるものか。


 オレは意を決し、彼女の学校へ向かった。

 全寮制とはいえ、校外に出ることもあるはず。

 奇跡の再会を期待して、校門前に張り込んだのだ。

 そして──


:警備員に通報されたと。

「終わった……オレの初恋……」

:だからやめとけって言ったのに。

「わかってるよ、オレが馬鹿だった。

 けど、いても立ってもいられなかったんだよ」

:恋は盲目って、ホントなんだね。

「うるせー。オレはあきらめが悪いんだ」

:トレードマークだもんね。

「あー、でもこれで八方塞がりだ。

 卒業するまでノーチャンスじゃねえか?

 いや、遠くの大学とか行ったら、もっと終わるか。

 そもそもとっくに彼氏とかいるかもしれねえ」

:後ろ向きの妄想は何も生まない。

:それに、そのコに会うチャンスは、すぐにある。

「マジでか?!」

:突然の大声やめろ。 

「すまん! それでチャンスてのは?」

:その女子高、もうすぐ学園祭だ。

:ネットで調べたら、外部の来客にも開放されてる。

:そのコを探すなら、その日が一番だと思う。


「……どうだろうな」

:どういう意味?

「いや、その案はいいんだ。なるほどって思った。

 でも仮に会えたとして、成功確率あるかこれ?

 警備員に通報された話が伝わってるかもだし。

 普通に不審者とかストーカー扱いだろ、オレ。

 勝手に好きになって、勝手に探しまくってさ。

 どう考えても、ただのキモいやつじゃねーか」

:……気付いてしまったか。

「おまえも思ってたんかーい!」


 思わず突っ込んでしまった。

 

:通報されて怖気づいたか、マジで会えそうでビビったか知らないけど。

:おまえに、とっておきの話をしてやるよ。

「何だよ、いきなり」

:まあ聞け。いつか教えようと思ってたんだ。

:かくれんぼの時、おまえは何故、あのコを見つけられなかったか。

:その秘密だよ。


「そんなこと、おまえにわかんのかよ?」

:わかるよ。単純な話だ。

:そのコは同じ場所に隠れていなかった。

:隠れる場所を変えながら、オニのおまえを尾行していたんだ。

:《裏取り》って、前に教えたことあるだろ。


 思い出した。

 《裏取り》というのは、対戦ゲームの戦術の一つだ。

 正面から戦わず、隠れながら遠回りして、敵の後ろを突く。どんなに強いやつも背後は隙だらけだ。気付かれぬよう近づいて、キルを取る。

 小学生のオレは、あのコに《裏取り》され続けていたのか。


:おまえ、視野狭いから楽勝だったろうよ。

「くそっ、ゲームの弱点そのままかよ!」 


 オレは頭を抱えた。

 今になって、《かくれんぼの鬼》の秘密を知ろうとは。

 タクヤのやつ、さすがの分析だ。


「けど、なんで今、その話を?」

:だからさ。

:そのコは、ずっと見てたんだよ。後ろから。

:最後まで自分を探してくれる、おまえの姿をさ。

:それが嬉しかったから、最後に笑ったんだろ?

「そう、かな」

:オレはそうだと思うよ。

:おまえは今もそのコを探してる。かくれんぼの続きみたいなもんだ。

:だったら最後は笑ってくれるさ。自信もって行きなよ。


 オレは目頭が熱くなるのを感じた。

 タクヤは本物の相棒だ。ゲームで出会えて、よかった。

 こいつの応援がなければ、とっくにつまずいたに違いない。


「けど、大丈夫かな。

 オレ、警備員に目をつけられてるかも」

:大丈夫だ。オレも一緒に行く。


 熱くなった目頭が、今度は点になった。

 オレはタクヤの顔も名前も知らない。音声通話ボイチャもしないから、声だって聞いたことがない。今もマイク越しに話してるのはオレだけで、タクヤは文字通話チャットだ。

 一度、外で会おうと誘ったことがあるが、断固拒否された。現実オフなつきあいは嫌いなタイプだと思っていた。 


「ななな、なんだよ急に!

 断固拒否じゃなかったのかよ!」


 オレの焦りが伝わったのだろう。

 次の文字列は、すこし遅れて、現れた。



:──




                             おわり


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かくれんぼの鬼 梶野カメムシ @kamemushi_kazino

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