第2話 米の異世界へ転生
「ミサ様」
声が聞こえた。今まで閉ざされていた視界が開かれた。
ここは——。
目の前には、ここに来るまでの列車で出会った神様、
「ミサ様、着きましたよ。目的地の異世界へ」
そうか、私は転生したのか。鬼人に。
「私って、鬼人に転生したんだよね」
「はい。ちゃんと鬼人へと転生していますよ」
ほら、と楕円形の光の壁のようなものを出現させた。そこには、白くて黄色い、お米のような色味の鬼人が立っていた。
これが私? 鬼人に転生した、私なの?
「かわいー」
おでこの上に、二本のツノが生えていた。大元は肌の色と同化しているが、半分より上は、クチナシの実で染めたような、黄色をしていた。
髪は白色。クチナシの花のようだと喩えると、何だかまとまっている。そんな白い髪を長くまっすぐに伸ばして、肩の辺りで縛っていた。結びもとには、二つの黄色いガラス玉のようなものが飾ってある。
召し物は、平安時代の男性が着る、狩衣を着ていた。ただし、下の袴の部分は、スカートになっている。同様に白メインで、アクセントに黄色が入っている。
本当、お米を鬼人化したような姿になっていた。
可愛い。
見惚れるあまり、足が勝手に進んで、可愛い鬼人ちゃんへと近づいていった。すると、向こうも、同じように、こちらへと近づいてきた。これは鏡だ。
手を伸ばしてみると、向こうもまた、同じように手を伸ばした。この可愛い鬼人ちゃんは、本当に自分なんだな。
「では、そろそろ行きましょうか」
帥天さんの声が聞こえて、鏡が消えると、目の前には牛車があった。この、車を引く牛は、私の知っている牛とは少し違い、ユニコーンの如く、額のど真ん中から鋭いツノが一本生えていた。
牛車の前で
車に乗り込み、
私が転生した異世界は、和のテイストの街並みが広がっていた。過ぎ去る建物も、行き交う人々も。
ただ、いつの時代の世界かはわからなかった。建物を見ると、江戸時代の宿場町のように思えたが、そう思えば、人々の格好に違和感を感じた。ポニーテールやショートヘアなど、明らかに現代の髪型をしている。江戸時代の髷を結っている人など誰もいない。ザンギリ頭の、明治や大正時代頃のイメージか。
その国に行くまで、三日かかるとのことで、道中、時には休息を取った。休息中の時間を利用して、帥天さんから、
これぞ異世界転生の醍醐味。胸をときめかせながら、教わった技能を試した。私の米素が多すぎるせいで、どの技もすぐに完璧にこなすことができた。
こうして準備を進めながら、御影のもとへと車を走らせた。
「君主、
片膝を付いた状態で現れた、家臣の鬼人。国の君主である御影へ、報告に参った。一切、顔を上げようとせず、ピンと張り詰めた面持ちでいた。
「何の用か」
「はい。
「ああ、あの
「ええ。鬼人と化して、この世に転生して参った様子です」
この世界で食べる、最上質の米よりも、更に質の良い米を、一日のうちに何杯も食い、それを毎日、毎日、繰り返して、30年を経過した。当然、その米素量も尋常ではなく、この世の最高記録を持つものでさえも、まるで歯が立たないだろう。
まさに無敵とも言えるその力を、あと少しで、この手の中に収めるのだ。
御影は、自らの掌に、あの娘の力を写しみて、その手を力強く握った。
すると、周囲がやけに騒がしくなったと感じた。魔物の襲来でもきたか?
ちょうど、こちらに駆けつける足音が聞こえた。勢いよく戸が開かれると、酷く慌てた様子の鬼人の家臣が、飛び込んできた。
「君主様!」
四つん這いの状態で、君主の呼称を叫ぶと同時に、凄まじい音が轟いた。部屋は壊され、外から砂埃が入ってきた。御影は思わず目を閉じ、口を袖で覆った。
竹を割ったような声が聞こえた。目を開けるとそこには簾はなく、大胆に切り落とされていた。頬に直接、砂埃が当たった。
目の前には、白と黄色の、一人の鬼人の娘が立っていた。腰を下ろしている御影を見下ろす瞳は、狂気に満ちていた。
「オマエが、私を殺してくれた、神か」
娘は御影に問いかけた。
「……貴様が、」
これ以上は、言葉が出なかった。
「何だ? 言ってみろ」
娘は冷淡に急き立てた。
言ってみろ、と言いながら、喉を握り潰されているような感覚だ。何も言葉は湧き出てこない。
「話は、だいたい弟から聞いたよ。私の持つ莫大な米素が目当てで、雷を落として殺して、ここへ連れてきたって。——ずいぶんと派手なやり方だね」
「な、何を」
「でも、とんだ愚策だ。まず、何でそんな軽々しく私がオマエの懐に入ると思ったんだ? 強さも米素量も、桁違いに私の方が上なのに。そして何より、私をここまで激怒させたのが、もっともの失敗さ。あの場には、私だけじゃない。私の友達、マリアがいた。オマエは、マリアまで殺したんだ」
「ふん、米素も微量しかない弱卒など要らぬ。あんなものに、何の価値があるのだ……」
【
知らずのうちに両腕を固定され、空高くに持ち上げられた。姿形は見えないが、それはまるで、十字架に貼り付けられているようだ。
【
大きな光の針が現れた、顔よりも下の、心臓のある位置に。
「さよなら」
針は放たれ、真っ直ぐ御影の体を貫いた。磔刑を解除すると、ぼとりとその体は落ちた。
我らの
「やりましたか」
振り返ると、帥天さんがいた。
「はい。大丈夫ですか、私、貴方の兄を殺してしまったけれど」
「いえ、大丈夫ですよ。兄には散々、酷い扱いをされて、国民たちにも横暴を働かせていて、皆兄を恨んでいたので。そんな日々からついに解放されて、感謝の気持ちでいっぱいです」
帥天さんは、私に向かって深々と頭を下げた。
「そんな……私はただ、友の敵を討っただけです」
「ですが、皆の英雄なのには変わりありません」
御影の横暴によって、多重の苦労を背負わされた、国の民たち。強き英雄の登場によって、暴君が倒されたと伝えると、皆は大歓声を上げた。涙を流して喜ぶ者もいた。
この有り様を見て、たった今、これだけの人たちを救い上げたことを悟った。
「我らを苦しめた暴君は死に、たった今から、この国は、英雄ミサ様の収める地となった」
「……え?」
たった今、とんでもない言葉を聞いた。
「あの、何だって?」
戸惑って帥天さんに尋ねた。
「ミサ様は、たった今から、この国の国王になったのです」
「え!」
「この世界の絶対的ルールは、弱肉強食です。弱き者は強き者に食われる。ミサ様は御影を食ったのですから、自然的に考えて、貴女様が次の国王になるのが当然でしょう」
(私が国王だって!? やったことないよ、そんなの)
「国王って、何をするの?」
「国の統治です。簡単に言うと国づくりですね。貴女様の理想の国にするのです」
何それ、どっかのシミュレーションゲームみたいだ。ただこれは、シミュレーションゲームではなく、れっきとした現実である。国を治めるって、かなり責任重大だ。
「あのさ」
「どうされました?」
「毎日、朝、昼、晩、三食分のお米、ちゃんと食べれるかな」
「はい。もともと、重い税として大量の米を納める義務がありましたから、もうすでに、たくさんの貯蔵があります」
「そっか、じゃあ、わかった。私がこの国の王になる。そんで、この国を、世界一のお米国にするよ!」
大衆の面々に向かって、こう宣言をした。
死んで転生した異世界でも、私の
転生しても米生活—マイライフ 桜野 叶う @kanacarp
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