転生しても米生活—マイライフ

桜野 叶う

第1話 お米一筋30年

 今晩も米が旨い。

 お気に入りの可愛い柄の入ったどんぶりのお碗に、山の如く盛りに盛った、艶やかふっくらな白米。そのひとかたまりを箸で救い上げ、大きく開けた口へと運ぶ。口に入ってきた、ひとかたまりの白米の、一粒一粒を噛みしめて、その奥底に眠る真価の味を呼び起こす。それを長らく堪能する。

 全ての粒の形が消え失せ、半固形の状態になったとき、ようやくそれを体内へと送る。

 ああ、旨い。

 もう30年近くずっと食べてきたこの味だが、一生飽きることはない。おいしいご飯を食べると、心がほっこりする。つられて顔の表情もぬくぬく緩んでくる。こんなひとときが何よりも大好きで、私が生きてきたこの30年は、大好きなお米を食べるために生きてきたと言っても過言ではない。

 私は、日本随一のお米県に生まれ、育ち、今も変わらずに住んでいる。実家はお米農家で、そのご近所さんも皆、お米農家である。だから、毎日三食、美味しいお米をたらふく食べることができた。それだけ沢山食べれば、次第に飽きて、嫌になってしまいそうだが、私はそうはならなかった。

 理由は、自慢のお米が大好きだから、というのもあるし、ご飯の上にお供をのせれば、色とりどりの味を楽しめる。これもご飯を食べる醍醐味の一つであろう。お供も色々と試した。納豆、ふりかけ、お茶漬けから、魚介類。お米県は、漁業も盛んなため、休みの日には水産市場にもたまに行くほどだ。

 私のお気に入りのお供は、イクラや明太子などの魚卵系。鶏卵も好きだ。卵をのせて、醤油をかけて食べるのが最高のご飯の食べかただと思う。あとは、甘辛い佃煮なんかも良い。

 楽しみ方のレパートリーも豊富にあるから、毎日ご飯を食べるのが、楽しみで仕方がなかった。

 私の中では、ご飯という存在は、私から見た世界の中軸であり、ご飯を中心として、時計の針は動いていた。私の元気の源は、朝に食べたご飯からなるエネルギーと、また昼や夜にご飯を食べたいという、欲求である。

 これらの源があって、幼稚園から、小、中、高、大の学校生活や今の仕事も頑張ってきたのだ。

 

「オハヨウ、ミサ」

「おはよー、マリア」

「Good morning、ミサ」

「Good morning、エリ」

 社会人になった、今現在の私は、食品メーカーの工場に勤めている。もちろん、ちゃんとしたホワイト企業である。給料だって正社員で入ったため、十分にもらえるし、務める時間も8時に出勤して17時には帰れる。共に働く人たちも、皆いい人たちだから、特にこれといった不満もない。

 一つ苦労ごとがあるとすれば、日本人の数よりも、外国人の数の方が多いということ。近年の社会問題によって人手が足りず、外国人も積極的に迎えている。

 飛び交う言語も、国籍も、千差万別だ。私は、普通のだが一応大学を卒業している上、飯を食うこと意外の趣味はなく、空いた時間は勉強をしていた。テストだって悪くない。

 はじめは苦労したが、次第に英語で話すことに慣れてくると、練習相手にしていた同僚とも仲良くなった。仕事もそれなりにこなしていくと、次第に出世していき、管理職を任せられるようになった。30歳で管理職って、早い出世であろうか。管理職の勉強を始め、その業務もそれなりにこなしている。

 全ては、朝昼晩と、美味しいご飯を食べるため。


 7月の頭に、新しいパートさんが入ってきた。ブラジル国籍の主婦で、マヤさんという。英語は話せるが、日本語は難しいということで、英語で自己紹介をした。

「Hi, Maya. My name is …… “Misako”. Please call me ……“Misa”.

(やあ、マヤ。私の名前は、実紗子みさこ。ミサって呼んで)」

「Oh, Misa. nice to meet you.

(おお、ミサ。よろしく)」

「Nice meet you too.

(こちらこそよろしくね)」

 そして少し、マヤと談笑した。早くも打ち解くことができただろう。

 

 17時の帰宅時刻になると、空の様子が怪しかった。7月の17時にも関わらず、辺りは薄暗くなっていた。予報では、午後も晴れるはずなのに、外れたか。不穏な突発的な雲だこと。

 これは、すぐに大嵐になると予測ができる。そのため、早く帰ってしまおうと、テキパキと身支度を済ませると、マリアと共に自転車で、家路を走った。

「コワイソラダネ……」

「だね」

 マリアとは、住む家が近い。工場から自転車で走って十分程度で着く。

 道を走っている最中、さらに不穏な音が聞こえた。体の内側では、恐怖の色が染み渡る。無事に家までたどり着きますように。

  

 そう思った瞬間、耳がかち割れるほどの凄まじい轟音と、目が灰と化してしまうほどの熱く眩しい光が落ちてきた。私は何かを思う間すらなく、目の前が真っ暗になった。

 

 

 静かに揺られていた。

 熱くも寒くもない、平常の室内にいるみたいだった。

 パッと目を開けた。

 そこは列車の中だった。

 それもどこか懐かしさを感じるような、木で囲まれた、レトロな列車の中。

「お目覚めになられましたね」

 私の向かいの席には、なんとも美しい青年が座っていた。あまりにも美しいから、思わず目を奪われてしまった。

 しかし不思議な青年だ。一言でいうと、星空を人に変化させたような、神秘のオーラを感じる。前を下ろし、丸く甘い髪型は、雲のひとつとない、夜空の如く暗い青のグラデーションを施している。髪色と同等に、暗い青の透き通った瞳を持った、凛と立派な瞳。格好は和装だ。古代の日本の殿方のような、色鮮やかで雅やかな格好をしていた。

「あの、えっと……」

 聞きたいことが一度に沢山出てきてしまって、何から話せばいいか、分からなくなってしまった。えっと、えっと……。まずは——

「ここはどこですか?」

 窓の外を見ても、真っ暗なだけで何もない。私とこの青年の他には誰も乗っていない。

「世界と世界を結ぶ列車の中です。貴女様はある世界の神に見込まれた者の魂。これから行くのはその世界で、そこに生きる者へと転生するのです」

 彼の言うことが、理解できなかった。頭の中が大混乱に陥っている。一旦、頭を冷やして、一から彼の言葉を整理する。

 ここは、世界と世界を結ぶ列車の中。私は、ある世界の神に見込まれた者の魂で、これから行くのは、その神のいる世界で、その世界に生きる者へと転生する。転生!? 

「え、転生って、私って死んだの?」

「はい。仕事からの帰宅中、雷に打たれて死亡しました」

 思い出した。私は、さっきまで家に帰ろうと自転車を漕いでいたんだ。同僚のマリアと一緒に。

 それで、雷に打たれて死んで、転生中と言うことか。

「あの、私と一緒にいた仕事場の同僚はどうなったんですか。すぐ近くにいたから、彼女にも影響は出ているでしょう?」

「はい。貴女様と共にいた女性も、雷の影響によって、死亡しました」

 そんな……マリアまで死んだなんて。思い返してみれば、あの雷はやけに不自然だった。季節雷雲が発生それから、悪寒が走るような考えが頭をよぎった。

「……あの雷って、もしや、その神様の仕業じゃないでしょうね」

 声を震わせながら、青年に尋ねると、彼はしょんぼりと俯いた。

「はい。神は、貴女様に雷を落として、命を奪い、自らの支配する者へと転生させようとしている」

 そうか。あの雷は、意図的に放たれたもの。だからあんな急に、不穏な雷雲が現れたのか。それで、私を、マリアを、殺した。

「その神の名は、御影ミカゲ。そして、僕は、御影の弟、帥天スイテンと申します」

 御影……帥天……御影の弟!?

「貴方、神様だったの?」

「はい。兄・御影の命令で、貴女様を迎えに参いりました限りでございます。……僕は、兄に逆らうことができませんので」

 逆らえない。帥天さんは、しょんぼりと項垂れてしまった。

「しかし、どうして私を?」

「貴女様は、これから行く世界での、生物たちの生命力、魔力の源となる物質、米素マイソを豊富に持ち合わせておられるからです。兄は、それを狙っているのです」

「マイソ?」

 なんだそれは。生物たちの生命力、魔力の源……ニュアンスは何となく分かった。実は私は、異世界転生とか、そういうファンタジー系の漫画やライトノベルのことはよく知っていた。マリアが大好きで、私にも色んな作品を勧めてきたからだ。どうせ暇だし、その全てに目を通した。特別気に入ったものなら、全巻読み尽くしたこともあった。

 しかし、マイソとは聞いたことがない。

「米素は、主に、米を食べることによって得ることができ、生物そのものの強さを表すものです。要は、お米を食べれば食べるほど強くなるのです」

「じゃあつまり、お米を毎日沢山食べてきた私は、その米素が大量に備わっていると」

「そういうことです」

 な、なんだそれは!! どういう異世界よ!! 米を食べるだけ強くなれる世界なんて、私にとっては敵知らずではないか。なんせ私は、赤ちゃんの頃から離乳食にお米を食べさせられたのだ。それから歯が生えそろい、沢山食べるようになってからは、結構な大食いで、お茶碗に山盛りで出され、千差万別もある味わい方でモリモリ食べていた。美味しいお米を食べて食べて食べ続けて、約30年。

「あの、私の米素って、どれくらいあるかしら」

「そうですね。そういえば、貴女さまのお名前をうかがっていませんでしたね」

「私は、ミサ」

「ミサ様、貴女様の米素量は、推測するに、1億カロリーはありますね」

 米素の単位はカロリーなんだ。嫌だな……。しかし、1億。他の生物の米素量はどんなかは知らないが、取りあえず凄い量なのだろう。

「他の生物の米素量でいいますと、下級の魔物だと5万カロリー程度。上の位の魔物であれば、100万カロリーはあります。世界の最上級の強さを持つ神は2000万カロリー以上。もちろん、個体によって差はありますが大体このくらいですね」

「思ってたよりずっと少ないんですね」

「いえいえ、ミサ様が多すぎるのです。お米一粒に含まれる米素量は、そのお米の質によっても変わってくるので、貴女様はかなり上質なお米を日頃から多く食べられていましたから。僕からしても、恐ろしいほど圧倒的な差があるんです」

「わかるんですか」

「はい。貴女様は今、肉体を持たない、精神のみの状態ですから、所有する米素量の全てを感じ取ることができるのです。それは、僕も感じたことがないくらいに莫大なものですよ」

 衝撃の新事実。私、今、肉体ないの!? 魂だけの状態ってこと!? 本当に死んだんだな、私。

「それじゃ、私って、何に転生するの?」

「それは、神が判定することなので、僕の知ることではありません」

 帥天さんは、また項垂れてしまった。余程、兄のことが引っかかっているらしい。

「私が何に転生するかって、决めるのって、神様なんでしょう?」

「はい。……それも、神の中でも、より米素量の高い神が……少なくとも、僕にはできません」

 兄に怯えているのか、自信がないのか、ずっとウジウジしている。米素量2000万以上をもつ神だと言うくせに、ビッとしていない。

「どうして? 帥天さんも神様なのでしょう?」

「そうですが……僕はそのような命を受けていませんから」

「そんなの、無視すれば良いでしょう!」

 私はぴしゃりと言い放った。

「なぜなら、あなたは、たった2000万ぽっちの米素量の生物ではなくなったから」

「……ミサ様、どういうことですか?」

「私は貴方の味方に付きます、帥天さん。だから、実質、貴方の米素量は1億2000万はあるということ。兄よりもずっとずっと強い状態にあるということです」

 そう言い切ると、彼のウジウジがどこかへと飛んでいって、微かに希望を取り戻したような顔になった。

「だから、貴方が私を別の者へと転生させて、御影のもとへと案内して。あいつは、私にとってかたきだから、私が倒す」

 帥天さんは、少し考えたのち、

「分かりました。やってみましょう」

 勇気を振り絞って、強大な兄に立ち向かうことを決意したのだ。やはり彼に、強さはちゃんとあった。何せ、自分より何倍も強いと分かる者を目の前にしても、恐縮することなく、平然と話せているのだから。

 なかなかできることではない。それなりの度胸があるのは確かだ。

「では、ミサ様は、何に転生したいとか、希望はありますか?」

 さっそく尋ねてきた。私の希望か。

「どんな生物がいるんです?」

「神を最頂点として、鬼人……」

「鬼人いるの!?」

 その漢字二文字が聞こえた瞬間、私は舞い上がった。鬼人は、数あるファンタジー種族の中でも好きな種族である。

「は、はい」

「じゃあ、それで! 私を鬼人にして!」

「はっ、かしこまりました」

 やったー! 鬼人になれる!

「では、そろそろ転生するとしましょう」

 ここから、どう転生するのだろうと思うと、ゆっくりと視界が閉ざされていった。

 


 

 

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