見えないもの
空木 種
見えないもの
透明人間。
私の存在を君たちは信じるだろうか。否、信じないというこたえが大半だろう。だって君たちは目に見えるものしか信じようとしないのだから。君たち人間をずっと近くで見てきたから私にはわかる。しかしいま、私の目の前で試験管を持っている白衣の科学者は、我々の存在に気がつこうとしている。飲めば我々が見えるようになる薬を調合している真っ最中なのだ。誰も信じなかった我々の存在をこの科学者は信じ続けた。こういう人間が科学を、未来を、切り開くのかもしれない。
「で、できた!」
どうやらできあがったらしい。紫色の液体を手に持ってガッツポーズをしている。達成感と歓喜に満ちあふれたいい顔だ。実験過程をずっと見ていたが、調合は完璧。きっとあれを飲めば、目の前にいる私に会うことができるだろう。そしたら抱きしめてやる。そして言ってやるのだ。おめでとう。そして、ありがとう。私の存在を信じてくれて、ありがとう。
「よし、飲むぞ」
科学者はゆっくりと紫色の液体を口に近づけた。私もごくりと固唾を吞む。歴史的瞬間だ。人類が私の存在に気がつく、歴史的な瞬間だ。
液体が科学者の口に近づいていく。そして、ごくり、ごくり、ごくり。科学者は喉をならして、液体を一気に飲み干した。
「おめでとう」
私は言いながら、腕を大きく広げ、科学者を抱きしめた。科学者もすぐに、私を抱き返した。
「ああ、やっと会えたね。ずっと見ていてくれたのかい」
科学者は泣きそうな声を出す。
「ええ、もちろんですとも。ずっと信じてくださって、ありがとうございます」
私もつられて、泣き出しそうになりながらこたえた。
「そうかいそうかい。こんな大勢で祝ってくれるだなんて、私は嬉しいよ」
私の背後の壁を一目見て、科学者は言った。
「え」
鳥肌が立った。
「みんな、お友達かい?」
どうやら私にも見えないものが、世にはあるらしい。
見えないもの 空木 種 @sorakitAne2020124
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