最終話

 だがブレアも必死だ。


「しかしだな、もう新しい聖女がデビューするって告知は大々的にしていて、今さら中止になんてできないぞ」


 もしそんなことになったら、教会の損失はどれほどになるかわからないし、自分の立場だって危うい。

 けれど、リタは言う。


「そんなの、誰か別の人を替え玉にしてデビューさせればいいじゃない。告知はしてても、知らせているのは名前だけで、まだ顔バレはしてないでしょ。聖女って言ったって、歌って踊ってのパフォーマンスをするのがメインで、実質神の加護なんて二の次じゃない」

「お前……それ、誰もが思ってたけどギリギリ言わないでいたやつだぞ」


 そうなのである。聖女と言っても、今や神のご加護で何かをするという者はほとんどおらず、教会がマネジメントするための大義名分みたいになっている。

 そのため、どんな加護を受けているのかもわからず、実際は聖女でもなんでもないもぐりもいるのではと言われているが、そこにはつっこまないでいるのが暗黙の了解となっていた。


「そうは言っても、替え玉なんてどこにいる。レッスンもなしにいきなりステージに立てなんて言っても無茶だぞ」

「そんなの、そこにいるじゃない」


 そう言うと、リタは指を一本立て、真っ直ぐに指し示す。その先にいたのは、クインだった。


「えっ。僕?」

「そう。クインなら、私のレッスンにいつも付き合ってて、歌も躍りも完コピできるじゃない」


 そうなのである。クインはレッスン中のリタの一挙手一投足をこれでもかってくらい目に焼き付け、ファンとして覚えるのは当然と言い全てのパフォーマンスをこなせるようになった。その覚えの早さは、リタ本人をも凌ぐくらちだ。


 さらにリタは、一度部屋の隅に移動すると、そこに置いてあった箱の中からあるものを取り出した。長髪のカツラである。

 いつからそんなもの用意してたんだ。そんな疑問を挟む間も無く、それをクインに被せた。


「ほら、クインって元々美人顔だし、こうすれば女の子にしか見えないって。私、前からクインには女装が似合うと思っていたんだよね。そこに予備の衣装があるから、それも着てみなよ。もっと可愛いくなるからさ」

「そんな、リタの方が可愛いよ」

「どっちが可愛いかはどうでもいい!」


 確かに、カツラをかぶったクインを知らない者が見れば、女の子だと思いそうだ。

 だが偽の聖女を仕立て、しかもその正体が男などと、いくらなんでもこんなこと認めるわけにはいかない。


「クイン、お前はそれでいいのか! このままじゃ、女装してステージに立つことになるんだぞ! ──って、クイン。何をやっている?」


 いくらクインでも、羞恥心というものがあるはずだ。いくらなんでもそう簡単にOKはしないだろう。

 そう思い叫ぶブレアだったが、当のクインはもいうと、部屋の隅の物影に隠れて、何やらゴソゴソやっていた。


 そしてそこから出てきた時、彼はもう、ブレアの知っているクインではなかった。


「どう、似合う?」


 クインは、リタの指示した通り、予備のステージ衣装を身に纏っていた。

 リタとお揃いの、白のブラウスに青いチェックのスカート。どこからどう見ても、可愛い女の子である。しかも、ノリノリでポーズをとり、ターンまで決めていた。


「似合う似合う。せっかくだから、何かセリフ言ってみて」

「いいよ。みんなの聖女、リタでーす。名前だけでも覚えていってください!」

「完璧じゃない。いよっ、聖女様!」

「いやー。リタにそう言われると照れるな」


 誉めちぎるリタと、それを喜ぶクイン。女の子二人がキャッキャとはしゃぐ光景は、実に尊い。

 なんて言ってる場合ではない!


「クイン、お前には躊躇いってものがないのか! どうして何の迷いもなくノリノリで女装ができる!?」

「えっ? だって、リタの頼みですよ。そんなの、聞かないわけがないじゃないですか」

「この狂信者がー!」


 ダメだこりゃ。こんな無茶苦茶なことすら受け入れるとは、クインのリタに対する狂信ぶりをなめていた。


「もちろん、リタの代役となるとプレッシャーはあるけどね。下手なことをしたら、リタの評判まで下がる。だけど僕が頑張れば、その分リタが自由になれるんだ。誠心誠意頑張るよ!」

「わぁ、ありがとうクイン! じゃあ、話も丸く収まったことだし、私は自由を求めて旅に出るから」

「ちっとも丸く収まってない!」


 ブレアの叫びはもはや悲鳴になっていた。

 このままだと、本当にリタは旅立ち、男のクインが偽の聖女となってしまう。そして、その責任を負わされるのは自分だ。それだけは、なんとしても阻止せねば。


「待てリタ。そんなこと、私が許さ──」


 リタを止めようと詰め寄ったその時、後ろから首筋に衝撃が走った。

 薄れゆく意識の中、クインが自分に手刀を食らわせたのだと気づく。


「クイン、お前……」

「ごめんなさい。だって、リタが自由になるためなんだもん♡」


 可愛く笑うその姿が、ブレアにはまるで悪魔のように見えたという。







      ~数ヶ月後~





「いつでもどこでも神の御加護を。みんなの聖女、リタでーす!」

「「「うぉーーーーっ! リタちゃーーーーん!!!!」」」


 祭壇ステージの上で割れんばかりの拍手と声援を受けているのは、リタ。

 …………ではなく、その名を語ったクインである。


「ブレアくん。今日もリタのステージは大成功のようだね」

「あっ。これはこれは、いらしてたのですか」


 ブレアに声をかけてきたのは、教会事務所司祭長社長。つまりブレア達のボスだ。


「リタがいなくなり、クインが代わりに聖女になると言い出した時は、いよいよ教会事務所を畳まねばならんと思っていたが、まさかこんなことになるとはな。おかげで信者の数は急増。お布施はガッポリ。笑いが止まらんのう、フェッフェッフェッ!」

「まったく。何がどう転ぶかわかりませんな」


 あの後ブレアが意識を取り戻した時、リタは既に旅立った後だった。

 もはやこれまでかと諦めかけたブレアだったが、そこで張り切ったのがクインだ。


「リタの代役やるなら、全力でやらなきゃ」、「リタの可愛いさはまだまだこんなもんじゃない」などと言い、必死でレッスンをこなし、ファンサも完璧に仕上げた。さすがの狂信ぶりである。

 その結果、デビューしてすぐに大ブレイク。今や、押しも押されぬ人気聖女となっていた。


「そういえば、本望のリタから小包が送られてきました。なんでも、先日ダンジョンに入って倒した、レジェンド級のドラゴンの鱗だそです」

「おぉっ、それは素晴らしい。彼女もまた、幸せに生きているようだな。司祭長として、これほど嬉しいことはない」

「そ、そうですね」


 大ブレイクした偽物聖女と、冒険者として活躍中の本物聖女。二人の聖女に振り回されたブレアとしては複雑な思いがないわけでもないが、その辺はもう気にしないことにする。気にしたところで、今さら自分にどうにかできるとは思わなかった。


(想定していた事態とはだいぶ違うことになったけど、まあいいか)


 願わくば、ステージ上で歌っている聖女の正体が男であることを、誰も気づきませんように。もしそんなことになったら、自分はクビかもしれないから。


 そんな風に、マネージャーが内心で冷や汗をかいていることなど知らず、クインの演じる女装の偽聖女は、今日も元気に信者ファンを魅力するのであった。


「ラスト一曲! みんなを神の下へと昇天させちゃうぞーっ!」

「「「リタちやーーーーん!!!」」」



 完

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聖女のマネージャーやってますが、この聖女は偽物、しかも女装していて中身は男です。 無月兄 @tukuyomimutuki

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