第2話

 他の教会事務所の偵察を終え、自らの教会に帰ってきたブレアとクインは、すぐさま教会の奥にある一室へと向かう。そこでは、聖女リタが間近に迫ったデビューに向けて最終レッスンをしているはずだ。


「さーて、リタかレッスンしてるところ拝もうっと」


 奥の部屋へ向かう途中、クインがワクワク顔でそんなことを言う。リタがレッスンしている様子など、今まで数えきれないくらいに見てきているのだが、クインの場合できることならリタのいついかなる時でもこの目に焼き付けておきたいと言っているので、例え見慣れたレッスンであろうと眼福なのだろう。


 だが、部屋に入る直前、あることに気づく。


「あれ? 歌が聞こえない?」


 今日のレッスンでは歌を重点的にやると聞いていたが、それがさっぱり聞こえてこない。たまたま休憩しているタイミングなのだろうか。

 そんなことを思いながら扉を開けると、その瞬間、大きな声が聞こえてきた。

 ただし、歌ではなく雄叫びが。


「ぬぅぉーーーーっ! もう限界だーーーーっ!!!」


 叫んでいたのは、栗色の髪を肩まで伸ばし、キリッとした目が印象的な少女だった。

 服装は、白のブラウスに青いチェックのスカート。所々に派手めな装飾がなされているが、決して下品にはならず、むしろ精錬された雰囲気すらある。

 しかしそれを着る本人は、先ほどの雄叫びがのせいか顔の形が崩れるくらいにクシャリと表情を歪ませ、激しい怒気を発していた。

 彼女こそ、この教会が誇る聖女、リタである。


「いったいどうしたんだ。レッスンの出来に納得いかなかったのか?」


 担当聖女の心のケアも、マネージャーの仕事だ。最近のリタの様子を知る限りではそんな気配はなかったが、一応聞いてみる。


 しかし予想通りと言うべきか、リタは即座に「違う」とそれを否定した。

 そしてそれから、もっと予想外のことを言い出した。


「私、聖女やめる」

「…………は?」


 今、何と言ったのだ? 聖女をやめる?

 ブレアは、自分の聞いた言葉が信じられず、頭の中が真っ白になる。


 それから一瞬の間を置いて、ようやくその意味を理解する。そして、戦慄する。


「な、な、何を言ってるんだ! 聖女をやめる? どうしてそんなことを? デビューのためにどれだけ金と手間をかけてきたと思ってるんだ! お前がブレイクして信者を獲得することが、この貧乏教会を救う最後の手段なんだぞ!」


 本来なら、迷える子羊の悩みを聞く立場にあるとは思えないほどの狼狽ぶりだ。

 だがリタは、ムスッとしたまま決して意見を変えようとはしなかった。


「だってさ、元々聖女になるってのも、神様から信託があって加護を授かったからって強制的に決められたようなものでしょ。私も、それも運命って受け入れようかと思ったよ。だけどデビューが近づくにつれて、本当にこれでいいのかって思うようになってきたの。私は、もっとフリーダムに生きたい。冒険者になって高難易度のダンジョンに入って、超強いモンスターを倒したりレアアイテムをゲットしたり、そういう血湧き肉踊る生き方がしたいの!」


 拳を振り上げ、力強く宣言するリタ。

 そういえば、リタは子供の頃から、暇があれば棒切れで剣術の稽古をしたり、近くの野山を駆け巡ってはモンスターを片っ端からボコボコにしたりしていたのことを思い出す。

 趣味や行動が、聖女と言うより完全に戦士や冒険者側なのだ。


 聖女としての教育をしっかり行った結果、最近はそういう一面も見られなくなったと思ったが、ここにきて再発したようだ。


 しかしマネージャーとして、貧乏教会の明日を心配する身として、はいそうですかと簡単に認めるわけにはいかない。


「クイン、お前も何か言ってやれ。このままだと、リタのデビューが拝めなくなるぞ!」


 興奮したまま、クインにも言葉を求める。

 自分と同じリタのデビュープロジェクトの一員であり、狂信的なリタ推しである彼なら、自分以上に猛反発するに違いない。そう思っていた。

 しかし──


「ねぇクイン~。私、どうしても聖女じゃなくて冒険者やりたいの。クインなら、私の味方になってくれるよね。お願い!」


 両手を合わせてクインにお願いするリタ。それを見て、ブレアはなんだか嫌な予感がした。

 そして、その予感は的中する。お願いされたクインは、迷うことなく即座に答えた。


「もちろんだよ。僕はいつだってリタの味方だもん」

「うおぉぉぉい!」


 クインはリタの狂信者。こんな風にお願いされて、断るはずがなかったのだ。


 だがそれにしたって、ここまであっさりリタ側につくことはないだろう。思わずツッコミを入れるブレアだが、当人はいたって涼しい顔だ。


「ブレアさん、落ち着いてください。確かにリタがデビューできなくなるのは非常に残念で、冒険に行ってしまうのは寂しい。けれど、それはあくまで僕たちの勝手な都合じゃないですか。そんなのでリタの生き方を縛なんて、許されるはずがありません。自分らしく生きるというのが、その人にとって一番幸せな選択になるんじゃないでしょうか」

「お前、こんな時だけ司祭見習いっぽいこと言うな……」


 少し前まで、リタこそ至高の聖女などと言っていたのに、見事な変わり身であった。

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