聖女のマネージャーやってますが、この聖女は偽物、しかも女装していて中身は男です。
無月兄
第1話
聖女。それは、生まれながらに神より特別な力を賜りし女性。
その存在は、時として神と同等にすら扱われ、人々から尊敬され、崇め奉られる対象であった。
しかし、ここは数多の神々がいて、それを祭る教会のある世界。さらに、昨今のラノベにおける聖女ブームに神々も乗っかったのか、今や世の中は何人もの聖女で溢れかえっていた。
それだけいれば、いかに聖女といえどピンからキリまででてくる。聖女さえいれば自動的に教会の信者が増え、お布施でガッポガッポ儲かっていた時代は既に過去のものへとなっていたのだ。
各教会は、自らお抱えの聖女をいかにブレイクさせるため、あの手この手を使って売り出していくことになる。
その代表的な手段が、これだ。
「みんなに加護をお届け。ホニャララ神より力を与えられし聖女、ナントカリーナでーす! この日のために頑張って覚えた新曲、聞いてくださーい!」
聖女が
讃美歌を歌い始めると、その場のボルテージはさらに上昇。それぞれが手にした
歌に躍りにトークショーに握手会。今やこれらのイベント、及びファンサは、聖女にとって欠かせないものになっていた。
しかし、そんな熱気に包まれる会場で、複雑な表情を浮かべる男がいた。
「くそっ、相変わらず凄い人気だな」
男の名はブレア。近くにある他の
ただここのような大手と違い、売れっ子聖女の一人も抱えていない、
「一週間後にはうちの聖女がデビューするってのに、これじゃちょっとやそっとのことでは勝てないぞ」
ブレアはそんな新人聖女を売り出すためマネージャーでもあるのだが、すぐ近くにこれだけ人気の聖女がいるのだ。こに割って入らなければならないのかと思うと、今から気が重くなってくる。
だが、ブレアのすぐ横にいる一人の少年が囁いた。
「何言ってるんですか。確かにこの子も、可愛いしパフォーマンスもうまいし人気もある。だけど、リタには到底敵いませんよ。リタこそ、史上最高の聖女です」
「こら、クイン。滅多なことを言うな!」
ブレアは、ギョッとしながら少年の発言を嗜める。
少年の名はクイン。年は十六~七。パッチリと開いた大きめの目に、スッと通った鼻筋という美しい容姿は、男なれど美人という言葉が似合いそうだ。
クインもまた、ブレアと同じ教会に使える司祭見習いにして、聖女プロジェクトのスタッフの一員。つまりはブレアの部下だ。そして彼の言ったリタというのが、今度彼らの教会からデビューする予定の聖女である。
だが、今の発言はまずい。
何しろ、二人の周りは現在パフォーマンス中の聖女のファンだらけなのだ。そんな所で彼女を貶すような発言などしたら、袋叩きにあいかねない。
誰にも聞かれていないか辺りをうかがうが、幸いなことに皆ステージに夢中で、聞いている者は一人もいなかった。
「偵察はこのくらいにして、もう帰ろう。このままここにいたんじゃ、お前がどんな余計なことを言うかわからん」
ここに来た目的である偵察も、もう十分だろう。ブレアはクインを連れ、スタスタとコンサート会場を出て、自分たちの教会に戻ることにした。
「お前な。自分のところの聖女を推すのはいいが、かといって他を下げるような発言はやめろよな」
「すみません。誰だって、自分の好きなものを悪く言われたら嫌ですよね」
帰り道、ブレアは先ほどのクインの発言を、もう一度注意する。とはいえクインも素直に謝ったことだし、この一件はこれで終わり。そう思った。
だが──
「僕だって、もしリタを悪く言うような奴がいたら、即刻八つ裂きにして神の下に送ります」
「お前、なんちゅうこと言うんだ!」
申し訳なさそうな顔で、さっきよりも遥かにヤバいことを言うクイン。
この発言は、司祭としてアウト。いや、人としてアウトだ。
「嫌だな、もしもの話ですって。だって、リタを悪く言う人なんているわけないじゃないですか。リタは、至高にして完璧な聖女。一目見たら誰だってファンになっちゃいますし、歌って踊っているところなんて見たら、昇天したっておかしくありません。ああ、今度のデビューで、ついにそんなリタの晴れ姿が見られる。たくさんの人が、リタの存在と尊さを知ることになる。その時が待ち遠しいです」
クインはそこまで言うと、デビューの場面を想像しているのか、目をキラキラ輝かせながらうっとりとした表情を浮かべる。
一方ブレアは、それを見てドン引きしていた。
「お前がリタのことを大好きだというのは知っているが、いくらなんでもそりゃ言いすぎじゃないのか」
「そんなことないですって。だってリタですよ。ブレアさんこそ、自分の担当する聖女なんですから、もっと自信を持たないと」
「どれだけ頑張っても、お前以上にはなれんよ」
このクインという少年。幼き頃から教会に住み育ったため、同じく教会で生活していた聖女リタとは、幼馴染みのような間柄だ。そのためか、他の誰よりもリタのことを慕っている。
まあそこまではいいのだが、ブレアから見れば、それがいきすぎているのではと思えてならない。
黙っていればイケメンなのだが、中身は熱狂的なリタオタク。リタのデビューと同時にファンクラブも正式に発足する予定なのだが、色々あって会員No.1は既に彼のものとなっている。
一応、司祭見習いという立場ではあるのだが、彼の信仰は間違いなく神ではなくリタ本人に向けられているだろう。時々、それでいいのかと思うこともあるが、言ってどうにかなる気がしないので、もう放っておいている。
「まあとにかく、もうすぐリタもデビューする。ブレイクできるよう、引いては教会の信者を増やしお布施でガッポリ稼げるよう、我々も頑張らなくてはな」
「もちろんです。リタの素晴らしさを世界に伝えるため、全身全霊を持って務めます!」
しかし、彼らはまだ知らなかった。聖女リタのメジャーデビューに、思わぬ形で暗雲が立ち込めていることを。
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