本音

「というわけで、あなたは透子のAPに搭載されたってワケ」

『ワケ、じゃねーだろーがこんちくしょう。なんてことしてくれたんだ! 拉致監禁ってレベルじゃねーぞ!』

「ねえこれホントに本建もとたて先輩っすか? 人違いなんじゃ?」

『正真正銘の本建音前もとたて おんぜんに決まってるだろうが!』

「証明なんて出来ないけどね。だいいち、本建もとたては本物がちゃんと存在してるからね。あんたは彼の思考パターンを再構築した彼っぽい人格にすぎないのよ」

『俺は、俺だっ!!』


 私は混乱してる。

 昨日買ったばかりの私のパペットが、机の上で手や首を振りながら大きな声を上げている。

 百合ちゃんと海雪かいせつくんとの会話? を聞く以上、その中に入っているのは本建もとたてくんだと主張する。

 でも……。


「あんたってさ、けっこう口が悪いのね」

『うるせえよ! 誰だってこんな状況になりゃ口も荒くなるだろうが!』

「いや、あんたのそれは地ね」

『う……別にお前には関係ないだろうが』

「ま、どうでもいいわ。あんたは透子のパペットでしかないんだから」

『俺はパペットじゃねえ! 元に戻せ!』

「だから本体はちゃんと存在してるっていってるじゃない。あんたはコピー。そこが嫌なら消去して標準人格に戻すだけだけど?」

『鬼か、てめーは!』

「じゃあ諦めて新しい人生を歩むのね。女の子に貼りついて生きられるんだから幸せだと思いなさいな」


 中身が本建もとたてくんかどうかはさておき、この状態はどう考えても百合ちゃんが悪い。

 いや、元々は私のせいだ。


「ごめんね、私が頼んだことなの」

『……それは聞いたけど、なんで俺の人格だったんだよ』

本建もとたてくん、優しいから、こんな人と一緒にいられたらいいなって、その……」

『俺は、優しくなんてないし、お前らが想像してるような人間じゃねぇ』


 しばらく沈黙が続き、百合ちゃんが声を上げる。


「まあ過ぎたことはどうしょうもないからね。あんたも疑似人格って自覚して、APとして余生を全うしなさい」

『APとしてだと? 俺が虎古ここのアシスタントを?』

「そう。あんたのために有り金はたいた透子に尽くしなさいな」

『俺は頼んじゃいねえだろうが!』


 どこまで行っても平行線の議論は、帰宅を促すチャイムまで続き、私はパペットを連れて帰宅した。

 腕に抱き着くことを拒否され、胸に抱きかかえたら、慌てて腕に抱き着いてきた。

 パペットに備わっているのは視覚と聴覚、それと触感。

 何が原因で彼を慌てさせたのか、彼は黙して語らない。


―――

 

「ホンネ、今日の予定は?」

『古文、情報、英語、体育、昼を挟んで現代史』

「天気は?」

『晴れ時々曇り。傘はいらねぇ』


 慣れってスゴイな。

 オリジナルと全然違う人格だから、パペットの中身が本建もとたてくんだと思えないのも理由の一つだけど、彼も自分の置かれた状況をある程度許容していた。

 そうそう、彼の呼称は“ホンネ”と登録した。

 これはパペット側の命名機能なので彼に拒否権はないし、彼も特に嫌がらなかった。


『お前、もう少し炭水化物摂れよ。タンパク質も足りねえぞ』

「もともとそんなに食べない方だからね。ところでさ、ホンネは何か食べたいって欲求はないの?」

『体に起因した欲はまったく感じないな。睡眠も食事も、そのなんだそれ以外の欲求もないから、ある意味すげえ楽なんだよ。情報は取り放題だし、映画やマンガ、アニメもちゃんと知覚できるしな』


 登校時の会話も慣れた。

 彼の本音がどこにあるかなんて分からないけど、少なくとも私も彼も現状を容認してる。

 人権だとかデジタル権だとかはよく分からないし、こういった技術が過渡期であることを利用して、ある種の天才である百合ちゃんが実行した技術がどれほど異常なことか、ホンネに力説されたのも懐かしい記憶だ。


 それにね、ホンネがどう思ってるか分からないけど、私の左腕に抱き着いているホンネを見てると、なんだか一緒にいることが不思議で、それはとても自然な感じがしてるんだ。


「おはよう、虎古ここさん」

『……』

「おはよう、本建もとたてくん」


 ただホンネは、本建もとたてくんと出会う度に神妙になり、彼の前で口を開かない。


『あいつ、あんな顔で笑いやがって……』


 本建もとたてくんが離れると、ホンネはそう呟くのだった。


―――


『なあ透子、聞きたいことがあるんだが』


 就寝前、充電スタンドに載せられたホンネが私に問いかける。


「なに?」


 私はベッドにもぐりこみながら声を返す。


『お前、俺と付き合いたいとか思ってんのか?』

「……ホンネと?」

『違う。オリジナル。本建もとたてとだよ』

「なんで?」

『なんで……って、俺がいいと思ったから俺の人格を選んだんだろ?』

「あー、付き合いたいとかはないかな。優しい人だから穏やかにやり取りできるかなって思ったんだ」


 現実はずいぶん違ったけどね、と笑みがこぼれる。


『あいつは、やめとけ。お前が思ってるような人間じゃねぇ』

「あいつ、ってホンネのことでしょ?」

『だから、俺のことは俺が一番よく知ってる。だから、あいつのことなんか好きになるな』

「でも、本建もとたてくんはみんなに好かれてるでしょ?」

『それでも、お前が好きになる必要なんかない』

「ホンネ? どういうこと?」


 ホンネの状態を表す表示が緑から赤のスリープモードに入った。

 睡眠は必要ないはずなのに、ホンネの本音は聞けなかった。


―――


虎古ここさん、ちょっといいかな?」


 学校の帰り道、本建もとたてくんに呼び止められる。


「なに?」

「そのパペットって第六世代なんでしょ? どんな感じだか教えて欲しいんだ」

「興味あるの?」

「あー、うん。何だか会話も自然っぽいし」

『はっきり言えよ友達の代わりにしたいってさ』

「こら、ホンネ!」

「えっと、俺の声に似てるね」

『透子、こいつはさ対人恐怖症なんだ。人と揉めたくないから誰にでも優しく接し、誰とも深く関わらないよう生きてるんだ』

「お前、なんで……」

『関わりたくないけど一人は寂しい。だから、APと普通に会話してる透子に興味を持ったんだろ』

「パペットの分際で、聞いた風な口を……」

『おい、余裕がなくなってるぜ?』

「なんだか猛烈な嫌悪を感じる。虎古ここさん、そのパペット捨てた方がいいよ」


 二人? のやりとりに唖然としていた私に、本建もとたてくんは真顔で呟き、フラフラと去って行った。


「こら、本建もとたてくんに失礼でしょ?」

『頃合いだ。これ以上、透子に興味を持たれちゃまずいからな』

「どういうこと?」

『あいつの気持ちは、俺が一番よく分かるってこと』

「?……対人恐怖症ってのは?」

『そのまんま。家庭環境が複雑で、愛情を知らずに育った。それどころか人の負の部分を多く見てさ、誰とも深く付き合えない。だから建前だけで生きている』

「じゃあ、尚更放っておけないじゃない」

『……そんな透子だから、離れられなくなるんだろうが』


―――


「俺、何だか君のことが気になる」


 翌日、本建もとたてくんは真面目な顔で私に言った。


―――


「びっくりした」


 ホンネと二人きりの帰り道、本建もとたてくんのセリフを思い出す。


『クソ、予想通りじゃねーか』

「予想通り?」

『俺はあいつだぜ? 俺が思う事はあいつだって思うんだ』

「それって、ホンネも私のこと、気になってるってこと?」

『そ、そんなことどうでもいいだろ? で、どうするんだよ。あいつが言い寄ってきたらさ、その、なんだ、お前が望めば上手くいくかもな……』

「うーん、今は別にいいかな」

『なんでだよ。俺みたいな代用品じゃなく、本物なんだぜ? ヤツの中身はこんなだけどさ』


 ホンネは少し寂しそうに笑う。


 本建もとたてくんとは友達になりたいと思う。その先でどうなるかは分からない。

 でもね。

 ホンネは代用品じゃないし、私の本音はホンネを求めてる。

 

「私に三角関係は似合わないでしょ」


 言いながらホンネをギュッと抱きしめる。

 パペットに宿った疑似人格に恋するなんて、絶対誰にも言えないけどね。



― 了 ―

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本建くんの本音と建前 K-enterprise @wanmoo

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