本建くんの本音と建前
K-enterprise
建前
「
私が持つノートの山を、さりげなく半分以上取り上げながら
「あ、ありがと、すき……じゃなく! そう職員室です、お願いします!」
別に特別なことじゃない。
彼はクラスメイトはおろか、生徒だろうが、先生だろうが、道路を歩いているお婆ちゃんにさえこんな調子だ。
困っている人を見たら手を出さずにはいられないらしい。
そんな調子で誰にでも均等に、平等に、笑顔で手を出すもんだから、彼に特別な感情を抱かれていると誤解し、特別な感情を抱いてしまう人が続出したのは必然だった。
中には“胡散臭い”と、
「どうもありがとう」
「どういたしまして。困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
用を済ませ感謝を述べると、彼は笑顔で手を振りながら歩き去る。
職員室にいる先生方にも彼のファンが多いらしく、ニコニコと彼を見送る視線のなんと多いことか。
その影響度の大きさを改めて気付かされる。
(カリスマってやつなのかな)
そんな彼なので、彼を慕うというか好きと公言する人も多かったが、誰もが彼を独り占めしようとしていないのが不思議。もしくは抜け駆けしないという暗黙の了解ってやつなんだろうか。
そりゃもちろん私だって、好きっていうか、いいなって思ってる。
でもね、分相応って言葉も知ってるし、付き合いたいって思ってるわけじゃない。
ただ、聖人のような彼と、ずっと一緒にいられたらっていう願望はあるんだよね。
『ピピッ、透子、時間だよ部室に急げ』
上腕に巻き付いている猫を模したアシスタントパペット(assistant puppet)が設定しておいた予定を教えてくれる。
「了解。ああ、ドキドキするなぁ」
『心拍、血圧上昇。休憩を推奨する』
「大丈夫。緊張してるだけだから」
私はパペットの頭を撫でながら部室へ向かう。
これから行う秘め事に、期待と不安を抱きながら。
彼を独占せず、彼と一緒にいられるかもしれない可能性を探すんだ。
―――
「あれ? 百合ちゃんは?」
放課後のAI立証研究部で、引き戸を開け放った姿勢のまま、部室にいる見慣れない少年に問いかける。
「部長ならデータ取りとかで外出中です。二年の
「えっと、あなたは?」
「一年の
「APってこれ?」
私は左腕にしがみついている猫型パペットを指差す。
「はい。それって昨日から市販された第六世代なんですよね? 今回の実験に適応するか事前チェックさせてください」
“第六世代なら、あんたのリクエストも聞けるかもね”
そう言って笑う百合ちゃんの顔を思い出した。
そう。だから貯金の全てを費やして、お母さんにも前借して、この新型パペットを買ったんだ。
そして名前も付けず、初期設定も最少のまま、ここに来たんだ。
私はパペットを外し、
「通信させてもらいますね。“デーマ”ジョイント」
『了解です。接続しました。承認をお願いします』
「許可します」
『ロック解除……確認終了。事前チェック項目に問題なし』
私の音声承認から一瞬で調査は終わったみたいだ。
「こっちでも確認。さすがMONYの第六世代。スペックが公表値より高いですよ。これなら、かなりのリアクションが期待できます」
「ち、ちゃんと、会話できるってこと?」
専門的なことは何にも分からない私にも興奮が伝わる。
「会話どころか、ディープラーニングを駆使して、望みどおりの、まったくオリジナルな人格を作り出せるかも……こりゃあ確かに人格プログラムのオープンソースが出回らないはずだな」
「えっと、どういうこと?」
「人と遜色ない人格プログラムがコイツの中に宿るほどの機能があるけど、メーカーはそのプログラムを制限してるってことです」
「なんのために? 機能は高い方がいいんじゃないの?」
「人工的に、魂を生み出すほどの技術だとしても?」
え? なにそれ怖い。
私が百合ちゃんに聞いたのは、第六世代パペットなら
「ただいまー。お、透子来てるね。で、チェックは終わった?」
「へい部長。問題ないでさぁ」
百合ちゃんは早足で
「ちょ、ちょっと百合ちゃん、これ魂を作るって、どーゆーこと?」
「あん? 魂? まーそう言われればそうかな? 人と変わらない会話ができるんだから。そうか、あたしは神になるのか」
フフフと悪い顔をしながらいろいろと操作する百合ちゃん。
「わ、私がお願いしたのは、パペットの中に
「冗談よ冗談。あくまで現行AIレベルの応対しかできないから安心しなさいよ」
「
「ま、今回の実験でその辺も分かるでしょ。時間かけて脳内スキャンもできたんだし」
「ヒュウ、やりますね部長! 意図した脳内スキャンは違法ですぜ?」
「あら、あたしはたまたまスキャナーを起動状態で通路に放置しておいたら、
百合ちゃんは黒っぽい板をヒラヒラさせ、二人はワハハと笑い声を上げる。
よく分かんないけど、なんだか嫌な予感がする!
「ね、百合ちゃん。私やっぱり……」
「データ変換、通信、再構成と領域置換、っと」
「脳内環境値照合。おお、99.8%!」
オロオロする私の声は興奮する二人には届かない。
「百合ちゃんってば!」
「起動するわよ。えい」
思わず大きな声を上げる私と、百合ちゃんの宣言が重なり、彼女はターン! とタブレットの画面を叩く。
一瞬の静寂が過ぎると、机の上に座った状態の猫型パペットがハッとしたように顔を上げ、モーター音を響かせながらキョロキョロと周囲を見回し口を開く。
『……ここはどこだ』
「……実験は成功よ。ここに奇跡は舞い降りた」
百合ちゃんは額の汗を拭う。
「この声は
「そうよ。人格とは別に音声データも反映したの」
百合ちゃんがドヤ顔で答える。
『……
パペットは周囲を見回してから呟き、座ったり抱き着くことしかできない自身の体を眺める。
「記憶や認識能力もばっちりね」
百合ちゃんと
『……てめえら、俺に何をしやがった!!』
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