話芸から文芸へ、ショートショートで刻まれるリズムの心地よさ

シェヘラザードは一晩で王に飽きられて殺されないために、物語を千一夜も王に語ったとされ、それがもとで千夜一夜物語が誕生した、という伝説がある。
それらは現代において文学となり、アニメや演劇となり、アリババやアラジンを代表に人気を博しているが、一方でこの伝説自体は全くの虚構であることも分かっている。
物語はアラビアの民話を集めたものであるし、この千夜一夜分という量も、欧米人がこの話を知った時、本当に千夜一夜分あるものだと思い、無理くりかき集めて形にしたものだ。

シェヘラザードとこの作品が似ているのは、単に毎日即興で物語を作っているという点だけではない。
三題噺という落語から生まれた話芸を文字として表現するのは、シェヘラザードが語ったとされる物語が文学となる過程に似ている。
実際この作品を読むと、ただ長々と語るのではなく、口に出すことで生まれた物語を文章として書き記したような、そんな読み心地のある文体である。

一方で、この作品がシェヘラザードと違うのは、一話で一夜を明かせるほど長くはないということだ。

この作品自体が面白い短編の数々であるが、三つの題目がどこに登場するのか、短くスパッと終わるために、次へ次へと読者が話を読ませたくなるような、落語家が客を飽きさせずに話し続けるために取る刻みの良いリズムが存在している。
もしこの作者がアラビアの乾いた砂漠によって伝説を真似するだけならこうはならない。ただ千一の物語をかき集めるための備忘録ではない。

日本での文化の潮流を受けたからこそ、宵越しの銭は持たないように、夜を越せるほどの物語でなく、その場の切れ味を最大限見せつける作品集だと感じた。






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