第59話

      ◆


 地下の洞窟の中で、俺は目を閉じて座っていた。

 心は常に落ち着き払い、凪いだ水面のようだった。

 静かだ。

 些細な風が、感じ取れる。

 通路を誰かが進んでくる。あれは、ナルーか。

 呼吸、足運び、それらで見るよりもよくわかる。

「こんにちは」

 その声は確かに、ナルーだ。

 俺は目を開ける。霞んでいる視界は、もうどこにも焦点は合わない。

 しかし確かにそこにナルーがいる。

 俺は目を閉じた。

「意外に元気そうね」

 すぐ横にナルーが座った。俺はただ黙って、顎を引いた。

「長い時間が過ぎたね」

 俺は答えもせず、微動だにしなかった。

 そう、長い時間が過ぎた。

 ナルーは何も変わらなくとも、俺は、人間は、もう期限を迎えつつある。

 寿命という、避けられない期限。何をもってしても無視できない期限。

 決して変えてはいけないものだ。

「どういう気持ち?」

 可笑しい問いかけに、思わず笑っていた。

 そして俺は自分の声とは思えないしわがれた声で答えた。

「よくやったと思う」

 それは良かった、とナルーが嬉しそうに言った。

 よくやった。

 あの時、剣を地面に突き立てることを躊躇わなかった。

 それだけでも、俺は自分の命に、存在に、価値を見出せる。

 よくやったじゃないか。

 俺はまぶたの裏の暗闇の、その奥を見た。

 精霊王、見ているか。

 返事もなく、何も見えない闇の奥は、やっぱり闇だった。

 今は死も恐ろしくはない気がした。

 やりきった。

 生ききった。

 その一念が、俺の命と現実とを結ぶ線を今、切ろうとしていた。

 今、糸が、切れる。



(了)

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名もなき英雄 和泉茉樹 @idumimaki

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