最終話 今はまだ言えないけれど

 ――はあ。

 なんでこんなことに。


 話すことすら叶わない(はずだった)イツキ君への切ない気持ちを、「歌ってみた」で発散していただけだった。

 なのに気づいたら、そのイツキ君が私――というかコトリのガチ勢になってて。

 急接近して、今では休み時間ごとに席にくるわ家でもLIMEくるわ状態。


 でも彼が見ているのは、私ではなく「銀髪の歌姫コトリ」。

 コトリの中の人が私だって知ったら、幻滅するかもしれない。

 きっとする。

 私は、ただの地味で目立たないカースト底辺女子なのだから。


 そうなったら、もう話せなくなるのかな……。


 コトリは、私とイツキ君を繋いでくれる大事な存在。

 分かってはいるけど、思わずコトリに嫉妬しそうになる。

 自分で作ったキャラに嫉妬するなんて、何やってんだろ私……。


 もういっそ、コトリは私ですって打ち明けてしまおうか。

 そしたら何もかも終わる。この恋も、コトリも。


 ――でもそんな終わらせ方、コトリを応援してくれているファンを裏切ることになるのかな。

 それにイツキ君も――


 仮に、万が一間違いが起こってそれで付き合えたとしても。

 きっとその先はない。

 イツキ君への片思いが、切ない気持ちがコトリの歌の原動力だから。

 イツキ君はきっと、変わってしまったコトリの歌に幻滅してしまうだろう。


 ああもう、なんだこの複雑な感情は!!!

 普通、好きな人が自分のファンになるなんて思わなくない!?

 VTuberも歌ってみた勢も、どれだけいると思ってんの???

 嬉しいのにつらい!!!


 でも、そんな私の気持ちとは裏腹に、コトリの存在はますます大きくなっていった。


『小鳥遊さん大ニュース!』

『コトリちゃん、今度ライブイベント出るんだって!』


 今日もまた、土曜だというのにイツキ君からLIMEが飛んできた。

 知ってるよ私です……。


「そうなんだ?」

『顔出しとかすんのかな?』

「VTuberのイベントだし、それはないんじゃない?」

『いやでもワンチャン!』


 ないです!!!


『それでさ、小鳥遊さん、よかったら一緒にライブ行かない?』


 ――――え? は?

 いやいやいやいや無理ですが!!!


 でもこれって、もしかしてデートのお誘――いやないない!

 私がたまたまコトリファン(だと思われてる)だからで!

 話ができる人と行きたいってだけだから!!!


「ごめん、その日は用事があって」

『そっか。残念』


 ――うう。泣きたい。


『じゃあさ、明日ってあいてる?』


 ???


「あいてるけど」

『駅前に良さげなカフェできたんだけど、興味ない?』

『おいしいってめっちゃ話題になってて。でも男1人じゃ入りづらいし』


 んんんん?

 え、なんで???

 いつものカースト上位組はどうした!?


 そんなこと言われたら、私――


「興味ある」

『まじで! 一緒に行こうよ!』

「うん」

『じゃあ明日、11時に駅前で!』

「分かった」


 …………。


 え、どういうこと?

 私、明日イツキ君とカフェに行くの? 本気?

 どうしよう……

 そんな急に言われても、着ていく服ないし!

 それにこれ以上好きになんてなりたくないのに……。


 でも、そんな思いとは裏腹に、心のどこかで喜んでいる自分がいた。

 それにどうせ報われないのなら――


「琴音ー! お母さん仕事行ってくるわね! 鍵しておいてね!」

「はーい! いってらっしゃい!」


 ――さて。

 今日はどんな歌を歌おうか。


 私は銀髪の歌姫コトリ。

 イツキ君への思いを奏でる、VTuber。


 今日は少しだけ、明るい曲にしてみようかな。

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好きな人への恋心をのせて「歌ってみた」してたら、好きな人が私ガチ勢になってた ぼっち猫@書籍発売中! @bochi_neko

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